エピソード20

都立国分尼寺魔導高校 2-B教室―― 朝


 静流が留学してから、もうひと月近く経過している。

 一部の生徒のみ、静流が男子禁制の「聖アスモニア修道魔導学園」に女生徒「井川シズム」として「短期交換留学」したことを知っている。他の生徒には「ある施設」で検査を、日吉ムム先生は「研修」としてお茶を濁している。


「おい、仁科? 静流のヤツ、うまくやってんのかなぁ?」

「柳生先輩の話だと、学園潜入ミッションは無事に終わったみたい。今は軍の基地で検査とかやってるって」


「何だよ、検査って」

「女神モードでやる施術の効果がヤバいらしいって事を軍が嗅ぎ付けたみたい」

「アレか。あの動画って再生数がヤバいらしいな」

「私も見たわよ。シズムちゃんも女神様もカワイイよね。周りにいる子もスゴい美人だし」


 シズルカの話に朋子が食いついた。


「あのパツキンナイスバディの子だろ? くぁぁ、羨ましいぞ、静流ぅ」

「アイツの事だから、そういうの全然分かってないんだよね。心配だわ」


「そういやぁ、風呂とかってどうしてんだ? アイツ」

「井川シズムとして生活してるんだから、そりゃあ一緒に入ってるでしょ?」

「何ぃぃぃ?!」

「変装が完璧だったから、バレはしなかったのよね? でも挙動不審なんじゃない?」


「アイツだったら、多分問題無いよ。最近まで美千瑠ちゃんとお風呂入ってたし。私は……幼稚園までだけど」

「いくら五十嵐君が女の子に無関心だって、鼻血ぐらいは出すんじゃないの?」


 周りの生徒から見て、静流は「女体の神秘」には無関心と見られているらしい。実際それに近いわけだが。


「なぁ、アイツこのまま帰って来ないって事、無いよな?」

「ムムちゃん先生も一緒なんだから、帰って来るわよ……多分」

(確かに気になるわね。放課後、生徒会室に行ってみるか)


 真琴は睦美に詳細を確認すべく、生徒会室に行く事にした。



生徒会室―― 放課後


 放課後になり、真琴は生徒会室に足を運んだ。

 コンコン「失礼します」ガラッ


「何でシズルカ様の使用については、あの学園を通す必要があるの?」

「そりゃあコッチが元だって、実際に女神像は向こうだし、あんなPVまで作ってるからには、版権元は学園でしょうからね。先手を打たれたわね」

「PVだって最初に仕掛けたのはコッチなのに!」


 入るなり、黒ミサと通常モードの睦美が討論している。


「あ、真琴ちゃん、ごきげんよう。もしかして、静流キュンの最新情報、かな?」

「ええ。まあそんなトコです」

「黒ミサ、その件は先方のイケメン神父と詰めるから、心配無用よ」

「じゃあ頼んだわよ! シズムンの件もね?」

「わかってるわ」


 黒ミサとの話を切り上げ、真琴に向き合う睦美。


「ふう。黒ミサちゃんには参るわ。早く静流キュンに帰って来てもらいたいのよねぇ」

「今のって、女神像がらみの件ですか?」

「そうなの。あの子、シズルカ様のフィギュアを売りに出す野望があるみたい」

「確かに、今の波に乗れば一獲千金ですね?」

「その場合、ウチにも利益が入る事になるんで、歓迎すべきなんでしょうけど、色々と面倒なことばっかりで……」


「で、最近のアイツの動向はどうなんです?」

「そうねぇ、あの学園に潜入してた時はずぅっとモニターしてたんだけど、留学期間終わったでしょ? つまらないから最近はオシリスの定期連絡だけなんだけどね」

「つまらないって、そう言うのでイイんですか?」

「大丈夫。もっと静流キュンを信じてあげて」


 以前の睦美からは想像出来ないほど落ち着いている様に見えるが。


「前にチラッと聞きましたけど、今は軍の施設で具体的に何をやっているんですか?」

「主に検査よ。そういえば静流キュン、レベル3になったみたい」

「へぇ。そうなんですか」

「あら、あまり嬉しそうじゃないみたいね」

「アイツがレベルアップすると、いつもロクな事が無いから……」


 話し込んでいると、奥から会長がお盆に紅茶とお菓子を載せて近づいて来た。


「いらっしゃい。真琴さん」

「どうも。東雲会長」

「軍隊って女っ気無いなんて思ってるでしょ? 実は結構いるのよねぇ、これが」

「は? どういう事です?」


 会長の言葉に、真琴は戸惑いを覚えた。


「どうも静流キュンの世話係を始め、数人の女性軍人が静流キュンの周りにいるらしいわね」

「うっ。でも軍人ってことは年上なんですよね?アイツなんてガキだから、相手にされてないですよ……多分」


「それがそうでもないのよね。世話係は価値観がドンピシャみたいで、何でも戦闘ヘリに二人で乗って、ドラゴンを討伐したらしいわ」

「ド、ドラゴンですか? いきなりファンタジーですね?」


「『吊り橋効果』ってやつ、あったりして」

「ま、まさかぁ、でもなぁ、アイツってば『お姉さんキャラ』弱めなんだよなぁ」

「ふむ。やはり静流キュンは『年上好み』なのね? 真琴ちゃん?」


 睦美は静流が「年上好み」だという仮説が濃厚だと確信し、顔が緩んだ。


「確か中学の時、4歳くらい上の高校生に好かれてたなぁ」

「その頃から頭角を現すとは。さすが静流キュン。オールラウンダーって言うの?」


「楓花? あまり煽らないで頂戴。私まで不安になっちゃう」

「年上って言っても10歳くらい上とか、ですよね? 母性本能くすぐった、とか」

「う~ん、近くて4つ上、遠いと、100越えもいるわよ」

「100歳上ですか!? お母さんと同じ位じゃないですか?」

「歳の差なんて、ってやつかしら?」


「そう言えば、学園の先生で例の『施術』の効果で『女の喜び』を取り戻したって人がいたわね」

「じゃあ、そのクチって事でしょうか?」

「後は、庇護欲? かしら? あの子の『ハニカミフラッシュ』はある意味【魅了】を超えてるから」

「学園の生徒にも親密な関係の子がいたんですよね? あのタラシ野郎めぇ……」


 真琴は嫉妬の炎を燃え上がらせている。


「問題は、本人にその自覚がゼロだから厄介なのよ。静流キュンに『憎みきれないロクでなし』の二つ名をあげようかしら」


 会長は腕を組み、「全くもう」と呆れながらそう言った。


「ちょっと心配になってきたから、オシリスとの定期連絡を始めるわ」


 睦美はノートPCを立ち上げ、オシリスと通信を始める。


〔オシリスちゃん、起きてる?〕

〔なぁに、睦美。もうそんな時間?〕

〔まだ寝るには早い時間よね〕

〔今のところ、特に問題無しよ〕

〔そう。真琴ちゃんに代わるね〕


 睦美はヘッドセットを真琴に渡した。


〔オシリス? 私、真琴よ〕

〔ああ、幼馴染ちゃんか。なぁに?〕

〔最近の静流に、何か変わった事ない?〕

〔ちょっと呼ぶね。静流ぅ〕

〔何だよ、オシリス〕

〔今、真琴と繋がってるのよ〕


「真琴? 何だろ。おーい、元気かぁ?」


〔ば、ばか、近いよ〕

〔バカ、近いって言ってる〕


「そっか、こっちは映像なしの念話だからちょっと不便だなぁ」


〔ん? 真琴って『精霊族』の血が濃いって言ってたわよね?〕

〔うん。そうだけど?〕

〔試してみるか。真琴? 私の掛け声に続けて『アイ・ハブ・コントロール』って言うのよ?〕

〔何だかわからないけど、わかった〕

〔行くわよ?『ユー・ハブ・コントロール』〕

〔『アイ・ハブ・コントロール』〕ピピピピー


 オシリスと真琴の間で、何やらやり取りをしていた。すると、


「へ? ここ、どこ? って静流が巨大化してる!?」


 モフモフ小動物に入れ替わった真琴は、何が起こったのかわからない。


「どうしたオシリス? 変だぞお前」


 抱き抱えられ、顔を覗き込まれている。


「きゃあ、静流に食われる!」

「ん? お前、真琴か?」


 小動物は顔を小さい手で隠し、クネクネしている。


〔成功ね。今私と真琴は中身を入れ替えたの〕

〔そんな事出来るんだ。すげえじゃんか、真琴〕


「え? そういう事、なの? はぅぅ」


 静流にグリグリされて、まんざらでもない真琴


〔ちなみに真琴の身体は私が頂いたわ〕


「ええっ!? やだぁ、もう」


〔ふむふむ。発育は順調みたいね〕


オシリスは真琴の身体をまさぐり、確認している。


「ちょっと、静流? 何とかしてよ! バカ」

「その口調、やっぱり真琴だ」

「放してよ、恥ずかしいよ」


 静流の手の中でもがいている真琴


「今晩、一緒に寝るか?」

「ぶーっ、本気なの? 静流」

「嫌じゃなかったら、だけどね」

「嫌じゃ、無い……です」


 小さい体に慣れて来たようで、暴れなくなった。


〔ちょっと真琴、お取込み中悪いんだけど〕

〔何よぅ、今イイところなのにぃ〕

〔どうやら時間切れ、みたいね〕


「ふぇ? そんなぁ。静流が添い寝してくれるって時に」


〔初めてだから仕方ないわよ。経験値が増えればシンクロする時間も長くなるわよ〕


「もう戻らなきゃダメ、みたいなの」 


 小動物は悲しげな仕草をした。


「そっか、じゃあ、また今度な」


〔行くわよ?『ユー・ハブ・コントロール』〕

〔『アイ・ハブ・コントロール』〕ピピピピー


 数秒フリーズ後、


「はっ! 元に、戻った。はぁ」


 真琴は自分の身体に戻れた事に安堵した。


〔結構刺激的だったでしょ? 真琴〕

〔刺激的なんてもんじゃないわよ! もう〕


 周りで見ていたものたちは、何があったのかわからない様子だ。


「真琴ちゃん? 一体何があったの?」


 睦美は今のやり取りを見て、心配そうにわけを聞く。


「えとですね。私とオシリスの中身を交換したんです」

「え? そんなこと、出来るの?」

「オシリスが言うには、私の家系とオシリスは近いみたいです。確かに、『オシリス』って名前、おばあちゃんから昔、聞いたような覚えあるんですよ」


「それで言わば『魂』を入れ替える事が出来た……と?」

「そうみたい、です」

「カナメにも確認しとかないとね」


「残念だったわね? 添い寝」

「はっ! 聞かれてた」ポッ


 会長にしっかり聞かれていたようで、真琴は赤い顔をして照れている。


「そうか、そう言う事か。隅に置けないなぁ、真琴クン?」


 睦美の「大佐モード」が発動した。


「で、どうだった? 静流キュンは」ゴゴゴ

「相変わらず……バカでした」ポッ


 真琴は顔を赤らめ、身をよじった。


「今後はオシリスとのシンクロ訓練を、随時やっておくと良いだろう」ゴゴゴ

「はい……そうします」



         ◆ ◆ ◆ ◆



 真琴が帰った後、睦美は……。


「うわぁぁん、静流キュンがまた遠くへ行ってしまいそうで、不安だわぁ」


 いきなり頭を抱えて、苦悶に満ちた表情を浮かべた。


「さっきまでの強がりはどうしたの? 睦美」

「年上の軍人たち、中には仙人レベルの強者、発育の良い寮の仲間、そして、ガチの幼馴染! ついにこのカードが来てしまった……」ガクッ


「睦美? そんな事でクヨクヨしてられないわよ? この先まだまだ増えるんだから」

「やっぱりそうなんだ……。この先は『いばらの道』なの? 楓花?」

「まあ、ほとんどが『遠くで愛でているだけで幸せ』なモブたちでしょうね。まぶし過ぎてとても近寄れない」


 睦美はモード切替が追い付かない位に動揺している。


「客観的に見て、あなたの位置は結構上だと思うのよねぇ……」

「ふ、気休めはよしてくれよ」


「だって、静流キュンがあなたを見る目が、他のひとと違うのよ」

「む? そうなのか?」


「もっと自信、持ちなさいな」

「フフ。そうだな。あの『聖人君子』をモノにするんだ。これしきの試練など、造作も無い事だ」


「私しかいないからイイけど、とんでもない事を考えてるのね? 睦美は」

「ああ。私は、他の輩とは違い、遠くで愛でているだけでは満足出来んのだよ! 強欲・貪欲大いに結構! フハハハ」


「はいはい、その調子。ようやくいつもの睦美を取り戻したわね」



「心配かけたな、楓花!」 



「もう慣れました」

(ふう。疲れるわ、このやり取り。二日置き位にやってるのよね……)


「もう、早く帰ってきてぇ、静流キュン」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る