エピソード16-2

戦闘ヘリ ジェロニモ内―― 午前

     

 高度を上げ、空と雲しか無い景色を小一時間散々眺めた静流は、やっと落ち着いたようだ。


「ふう。佳乃さん、状況はどうですか?」 

「視界良し、風向き良し、全て良しのオールグリーンであります!」

「大体あとどの位なんです? アスガルドまでは」

「そうでありますね、二時間弱といった所でありますな」


「映画一本分くらいか……」

「転移魔法の使い手とかがいれば良かったんでありますが」

「そんな都市伝説級魔法、大賢者クラスじゃないと使えないんじゃないですか?時間と空間を操るんですから」

「そこが『ロマン』でありますよ静流様」

「『ロマン』ですか……つかみどころがありませんね」


「静流様は『薄っぺらい本』はお嫌いでしたね」

「まあ、苦手ですね。でも、アレを一生懸命作っている子がいて、少し見方が変わりました」

「そう、そうであります! アレは作り手の『想い』がこもっているであります」

「まあ、内容にもよりますが、自分に似たキャラがいろんなことをやっているのを見て、ある意味『可能性』のようなものを感じましたね」

「素晴らしいであります! もう同人誌の深淵に辿り着いているとは」

「でも、わいせつな表現は頂けませんね! 下品なタイトルとかも」

「くぅっ、手厳しいでありますな」


 そんなことを話していると、レーダーに何かが写った。


「ん? 何でありましょうか、この反応」

「どうしましたか? 佳乃さん?」

「もうすぐ肉眼で視認出来るはずなのでありますが」

「ん? 何だろ え?ゼロ戦?」

「いや、あの胴体、局地戦闘機『雷電』だと思うであります!」

「そんな博物館に置いてあるようなものが、何でここに?」


 思いもよらない珍客に二人は驚きを隠せなかった。

 無線に雷電からの通信らしきものが入った。


「こちら雷電、ジェロニモ応答せよ」

「こちらジェロニモ、感度良好であります。どうぞ」

「貴君らを歓迎する。付いて来い!」ブゥーン


 腐っても戦闘機。全速で飛ばれてはジェロニモでは追い付かない。


「友軍機でありましたか。もしかして、勝負を挑まれている? でありますか?」


 佳乃は舌なめずりをして、操縦桿を握り直した。


「佳乃さん? 安い挑発に乗っちゃダメって、あぁ~れぇ~!」


 ジェロニモのジェットエンジンがうなっている ギュイィィーン


「武装を外した結果、機体が軽くなったであります。メーター読みで400km、記録、であります」


 少し先を飛んでいた雷電に追い付き、追い越そうとした時、通信が入った。


「前方、15km先、アンノウン発見!」

「は? 何だって? 敵?」

「ん? 何でありましょうか?」


 「アンノウン」と呼ばれたものは、体色は赤、首が長く羽がある爬虫類、つまり竜のようだった。


「個体はレッドドラゴンと確認。直ちに撃墜せよ!」

「は? 無理でしょう、だって実弾積んでないって」


 タタタタ…とドムドム…と言う機銃の発射音から、雷電が20ミリと7.7ミリを赤竜に向けて撃っているようだ。


「そうでありますね、やってみますか、静流様」

「やるって、何をです?」


「魔法を打ち出すであります!」


 ヨシノは減速し、戦闘態勢に入った。 

赤竜は雷電の銃弾を受け、正気を失っている。



「グルゥゥゥゥゥゥ!!」



「静流様、先ずそこのスロットルを握るであります」

「こ、こうですか?」

「右手の安全装置を外して、『FIRE』の文字を出すであります」

「よし、出たよ!」

「攻撃対象をレティクルの中央に持って行き、弾を射出する様をイメージするであります!

「イメージ? ってどうすればイイの?」


 赤竜が深く息を吸い込んでいる。


「まさか、ブレスを吐く気でありますか!? マズいであります!!」

「撃ち出すイメージ? どんなイメージ? ああ、もう!」


 静流は何かをイメージしようとするが、これというイメージが浮かばない。


「静流様! 『サイコパス・ガンは、心で撃つ』であります!!」


「サイコパス……ガン?」


 静流にはアノ光景が脳裏に浮かんでいる。シュウゥゥゥ

 静流の身体を赤いオーラが覆った。


「今こそ、心の小惑星を燃やすであります! ファイヤーであります!」


「やってやるじぇぇぇ!!」カチッ


 破れかぶれの静流は引鉄を引いた。



「うおぁぁぁぁぁ!!!」 ブブゥーン



 30ミリバルカン砲が火を吹いた。しかしそれは弾丸ではなく、例えるならガトリングレーザーに近く、6条の赤く発光したレーザー光線が螺旋状に発射されている。



「グギャァァァァァァ!!」



 ブレスを吐こうとしていた赤竜は体中にレーザーを浴び、蒸発した。

 バルカン砲は薄煙を上げ、やがて沈黙した。シュゥゥゥ



「やった、でありますか?」

「ハァハァ……え? 本当に、出たの? レーザー砲」

「試してみるものでありますな、結果は予想以上であります!」

「何かいつも結果オーライみたいなノリなんだよな……」


 雷電から通信が入った。


「目標蒸発。貴君らの協力に感謝する!」

「ふう、少し、疲れたかも」

「お疲れ様であります! もうすぐ基地に着くようですので休んでいて下さいであります」

(ああ静流様、素敵……です。いつまでも傍にいたい。遠くで愛でているだけで良かったはずなのに……私ったら)ドキドキ


 村雨佳乃はこの時、乙女となった?のでありましょうか?



          ◆ ◆ ◆ ◆



アスガルド駐屯地 ヘリポート―― 夕方


 その後はトラブルも無く、無事にアスガルド駐屯地に着いた。

 ヘリポートに降り立ったジェロニモを、大勢のクルーたちが迎えてくれた。

 キャノピーが跳ね上がり、ベルトを外した静流は、ヘルメットを脱ぎ、立ち上がった。


「いよっ! ドラゴンスレイヤー殿、ご到着」


 しゅたっと操縦席から降りた静流と佳乃は、あっという間に取り囲まれた。


「災難だったな、坊主」

「望遠カメラで見てたんだけどよぉ、アレは何だ? 魔法か?」

「あんた、ブラッディ・シスターズの『スレンダー』だよな?」

「お前、顔色悪いぞ? どうかしたのか?」


 静流の顔は、青を通り越して紫に変わろうとしていた。


「す、すいません、洗面器かバケツ、ありますか?」

「それならあっちにあるぞ」

「ちょっと失礼しますっ」タタタタッ


 静流は全速力で走り、掃除道具が置かれているところにあったバケツに、



「ウグゥェェェェ」



 思いっきり嘔吐した。


「静流様、大丈夫でありますか?」

「だ、大丈夫、じゃない……かも」


 佳乃が心配そうに見守る中、静流は椅子に座り、うなだれている。

 すると、コツコツと革靴の音が近づいて来た。 


「先程はレッドドラゴン討伐にご協力頂き、感謝いたします」ビシッ


 茶色い飛行服に身を包んだ、きれいなブルーの髪と目をした女性だった。


「石川仁奈少尉よ。静流君、大丈夫?」


 にこやかにウインクをした。


「何とか。五十嵐静流です。よろしくお願いします」

「先輩! いや、少尉殿でありましたか」

「フフッ相変わらず騒々しいわね? 佳乃」

「はは、面目無いであります」

「お知り合いでしたか?」

「ええ、彼女とは同じ訓練校だったの」

「自分たちにとって、仁奈先輩は憧れだったであります!」

「買い被り過ぎよ。現に操縦技術ではあなたの右に出る者はいないでしょう?」

「へへへ。照れるでありますよ」

「まあ、ここではなんでしょうから、詰所に荷物を置いた後、厚生施設で軽くお茶でもいかが?」

「はい、喜んで!」


 静流はどっかの居酒屋の店員みたいに返事した。


アスガルド駐屯地 厚生施設内 喫茶ロプロス―― 夕方


「いきなり来るなんてちょっと驚いたわ?佳乃」

「謝罪するであります。今朝、急に決まったものでありますので」

「いいのよ。そちらの司令から伝令を受け取ったので、出迎えに私のコレクションを見せびらかそうと思ったの」

「それで『雷電』を使ったのでありますか?」

「調子が上がればぶっちぎりだったのよね」

「まあ、カタログデータでは博物館ものの戦闘機でも速さではかなわないでありますから」

「それで、レッド・ドラゴン登場って落ちがついたわけ」


「すいません、少尉、殿?」

「仁奈、って呼んでくれると嬉しいわ。静流クン?」

「じゃあ、仁奈さん、ここでは『ドラゴン』て日常茶飯事に出没するんですか?」

「まさか。でも出現頻度はココが一番高いわ。さっきのは15年ぶりらしいわね」


「『黒竜ブラム』はご存じですか?」

「勿論よ。あれの討伐作戦は伝説になってるし」

「先輩、静流様はあの『クィーン』に認められた方なんですよ?」

「え? ローレンツ准将閣下に?」

「退役された後、聖アスモニア修道魔導学園の寮長先生をやっておられて、そこでお世話になりました」


「ちょっと待って? 確かあそこって、女子校よね?」

「そ、それはでありまして、これには深い事情が」

「まあ、イイわ。それで閣下に可愛がられたのね?」

「うっ、勘違いするようなことは無かったですよ。確かにお世話になりました」

「ふうん。で、さっきレッド・ドラゴンに使った技、何て言うの?」

「はい? 名前は特にはありませんが」

「何せ、ぶっつけ本番だったでありましたから」


「はぁ? 静流クン、あの技ってさっき初めて使ったの?」

「ええ、まあ」

「驚いた。よくもまあ無事にいられたもんね?」

「良く言うではありませんか? 極限の状況に追いやられて開花するってヤツであります」

「でも15m級よ? あの質量を蒸発させるって、並大抵の火力じゃないわよ?」

「え? そんなに凄かったんですか? 僕は無我夢中だったものですから」


「実に興味深い。あなたが欲しいわぁ」

「じ、冗談はよして下さいよ。高校生をからかっては困ります」


「気を付けて。あなた、狙われてるわよ?」

「え? 僕が?」


 周りを見渡すと確かに様子が変だ。


「きゃあ、本物よ!本物の静流様よ」

「桃色の髪、素敵ィ」

「ムフゥ。彼女いるのかなぁ?」


 工員らしき女性たちが、静流に生暖かい視線を送っている。


「周りはみんな敵と思いなさい、気を抜かないで」

「わかりました。気を付けます」

「大丈夫でありますよ。自分が付いているでありますから」

「それが一番心配です!」


 ひとしきり静流をからかった後、仁奈は今後のスケジュールを確認した。


「あなたたち、夕食時にウチの司令を紹介するから、1900時に将校クラブに来る事。いいわね?」

「了解したであります!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る