第34話永倉の不満

「副長、お話が有ります」


なんだ永倉が珍しいな、と土方は思った。


小野田家では話をするのもはばかれる。近所の公園まで行った。晩秋の公園は時間帯もあるだろうが誰も居ない。二人ベンチに腰掛けた。


「副長は我々の今の現状を甘んじて過ごすおつもりですか!」


永倉は腕は立つ。神道無念流の免許である。しかし生真面目で頑固であり、度々隊士と意見が衝突する事が有った。


「しかし永倉君、我々が活躍しない世こそ平和だとは思わないかね」


土方は缶コーヒーを二人分買い、永倉に放り投げた。隊士一同、この缶コーヒーがお気に入りである。


「しかし我々が未来に来ている現在も、残った隊士達はお役目で命を落としているのですよ」


祐介の書斎への出入りを許されているのは近藤と土方のみだった。隊士一同は現代の社会において順応しつつ、乗り切るしかない。


「永倉君の言う事はもっとも正論だ。しかし我々が過去に帰る手段は有るかね」


「いえ、それは‥‥」


永倉は言葉に詰まった。時として事の善悪について白と黒にきっちり分かれる、と言う事はなかなか無い。永倉の正論は時として窮屈なのだ。


「永倉君、私が思うにこれは我々の働きに応じた休暇だと思っている。考えてもみてくれ。訳もわからず未来に連れてこられて、運良く小野田家に居候になり、三度の飯にも困らない。今はこの現状でも良いのではないか?」


土方はどんな時も状況を冷静に判断できる。だから局中法度きょくちゅうはっとなどを掲げて浪人をまとめ上げ、壬生狼とよばれた新選組を世に知らしめることができたのである。


「すっかり冷えてきたな、永倉君。今日は俺も道場の稽古に出よう。今は全てを忘れて、現状に甘んじようではないか」

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