綺羅星の如し夢

 穏やかな凪の世界に佇むストレンジャー。


 奴は一体、何を思うのであろうか?


 奴にどれ程の殊勝しゅしょうな考えがあった所で、そんな事は関係無い。


 奴が子供の未来を壊すのならば、僕は、今ここで、奴を全力で止めるのみだ。


 僕は奴の体を拘束する為の鎖を創造する。


 何もないくうから現れた光の鎖が、奴の手足を拘束しようかという、まさにその瞬間とき、奴は、とても人間のそれとは思えない身のこなしで、それら全てをかわした。


 どういう事だ?

 とても、人間の動きとは思えない。


 まるで怪人。

 それも、とても強力な怪人の動きだ。


 奴は何者だ?

 

 怪人なのか?人間なのか?


 そんな事を考えていると、数瞬前まで目の前にいたはずの奴が、姿を消し、次の瞬間には僕の背後に現れて、ヘビーなハイキックを放ってきた。


 それを、光の盾で防いだあとで、僕は光の警棒を創造する。


 本当は、光のつるぎで、あっという間に方をつけたいのだけれど、奴が人間という線が消えた訳じゃない。


 奴がどれ程の悪党であったとしても、人間である以上は殺す訳にはいかない。


 ヒーローって、本当に大変だよね?


 そんな事を言ってても始まらないから、僕は奴に飛びかかる。


 同時に、更に10本の光の警棒を創造して、奴めがけて飛ばすが、奴はまたしても人間離れした動きで、全て躱すのであった。


 10本の警棒を躱して体勢を崩した奴に、僕は間髪入れずに殴りかかるが、またしても躱されてしまう。


 息が上がる。


 胸が苦しい。


 どうやら、力を使い過ぎてしまっている様だ。


 早くケリをつけなければ。


 僕は、数千個の光の弾を創造し、逃げ場の無い様に、奴を360°包囲する。


 殺さない様に出力を調整してから、数千の弾を奴めがけて放った。


 光の弾は、的確に奴の体にダメージを蓄積させる。


 全ての光の弾が消えたあと、そこには奴が横たわっていた。


 あとは、この時の為に家から持ってきた縄で奴の手足を縛って、警察に引き渡すだけである。


 今回はちょっとヤバイかと思ったけど、何とか乗り越え…


 ドクンッ!!


 やばい。


 上手く息が出来ない。


 もう、立っていられない。


 力を使い過ぎたのだ。


 世界が…崩れる。


 ボリビアのウユニ塩湖の様な、青い空と白い雲だけがどこまでも広がる、僕の素敵で美しい世界が、ガラスが粉々に砕け散るかの如く、あっという間に崩壊した。


 臭くて、醜くて、汚らしい現実が、その姿を現した。


 まだだ!


 立ち上がれ!


 奴が意識を取り戻す前に、この縄で奴を拘束するんだ。


 亀の歩みで、奴の元へとって行く僕の体は、まるで自分の体では無い様に、全く言う事を聞いてくれない。


 奴がむくりと立ち上がった。


 こちらをじっと見つめている奴の、その木のうろの様な顔からは、感情を読み取る事が出来ない。


 その時であった。


 微かに吹く夜風に乗って、

 『君だったのか』

 という、聞き覚えのある優しい声が、微かに僕の耳に飛び込んできた。


 『お前は…』


 『やぁ、こんばんは、王時きみとき君。君は、私が思っていた以上に、随分と頑張っているようだね。関心したよ』

 そう言って、フードを脱いだ奴の首の上には、優しい微笑を浮かべる優人ゆうと先生の顔があった。


 『先生っ!どうして!?』


 『夢はね、確かに希望にあふれる素晴らしい側面を持っていて、一見すると、それはまばゆく光り輝く星の様であるけれど、その光を手に出来るのは、この世界のほんの一部だ。ほとんどの人間は、その光を手にする事が出来ずに、自分と折り合いをつけて、その光を見上げる事を諦めるか、さもなければ絶望して、自らの命を絶ってしまうなんて事もある』


 優人先生は、憧憬しょうけいの眼差しを、遥か遠くにきらめく星に向ける。


 『だから、壊したのさ。彼・彼女達の見た夢を…ね』


 『でも、あなたに子供たちの夢を奪う権利なんて無い。どうしようもない現実に押し潰されそうな子供がいたら、側にいて、支えてあげるのが、背中をそっと押してあげるのが、あなたの役目でしょう?』


 『まったく、君の言う通りだよ。もう、こんな事はやめにしようと思うんだ』


 『本当ですか?』


 『あぁ、なんだか君の事を見ていたらね、夢を持つ事は、そんなに悪い事ではないのではないか?いやっ、むしろ、とても素敵な事なのではないか?って思えるんだ』


 優人先生の顔は、泣いている様にも、笑っている様にも見える。


 まるでピエロみたいだ。


 とても優しい心を持った、あわれなピエロ。


 『それじゃあ…』

 『あぁ、もう終わらせよう』


 あっという間であった。

 コートのポケットから、バタフライナイフを取り出した先生は、それで、一思いに自らの頸動脈けいどうみゃくを切り裂いた。


 『ありがとう…。君の夢が、どうか、叶いますように』


 優人先生の首から飛沫しぶきを上げて飛び散る鮮血は、月光に照らされて、この世の物とは思えない程に綺麗であったので、僕は思わず見とれてしまった。


 力を使い果たした僕は、ブラックアウトして、暗闇の世界へ引きずり込まれた。


 この街からストリートデーモンが消えた。


 だけれど、その為に払った代償はとても大きい。


 一人の心優しき青年の命は、遥か彼方の遠い銀河へ旅立ってしまった。


 僕には、何も出来なかった。


 素敵な結末を創造する事が出来なかった。


 もう二度としくじらない。


 僕は、僕の夢の実現を願ってくれた、敬愛する師匠に誓って、空を見上げた。



        つづく

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