想像の中に自惚れて、あなたはきっと騙される
陰陽由実
私達の視点
最初は、なんだかあったかくて、優しくて、安心するところ。
次は、ガチャガチャ動かされて、掴まれたり、置かれたりしたところ。
またその次は、なんだか冷たくて、とっても寂しいところ。
さらにその次は、ものすごく眩しくて、溶けそうなくらい暑いところ。
次は、どこへ行くんだろう——?
◆◆◆
私は今以前の記憶が無かった。はっ、と気がつけばこのなりでここにいた。
見渡せば沢山の似た物同士がいた。姿形は違えど、根本的なものは同じだと本能が言った。
私達はいくつかの台の上に立っていた。広かったり、狭かったり、大きさはさまざまだ。私は少し小ぶりな台の上だった。
私は右隣にいた、私と似た存在に話かけた。
「あの、どうして私はここにいるのでしょう?」
「えーっと、自分にもよくわかりません。気がつけばこの場所にいたもので……」
「僕もだよ!」
後ろから声が上がった。
「僕も気がついたらここにいた。ここどこなんだろー?でも仲間いっぱいいるね!この台には僕の左側にも仲間がいるけどそれだけだし」
そう言ったさらに後ろにはまた違う、しかし私達に似た存在がいた。私達が存在に気がついても黙ったままで、。どうやら無口な方なのらしいと察しがついた。
「これからどうしましょう?」
「うーん……ちょっと自分は動くのが怖いです。ここがよく分からない場所だからだと思うのですが……」
「僕は単純にめんどくさいなっ!」
にぱっと笑う笑顔がある意味眩しい。
「私は……」
自分の意見を言おうとしたとき、別の台から悲鳴のような叫び声が上がった。
見ると、暗いような眩しいような天から長い棒が降りてきていた。その棒は先が細い形状をしていた。
そして、急に2つに割れた。
「なんでしょうか、あの棒というか細い柱のようなものは……えっ!?」
柱は、大きな台まで降りたかと思うと、そこにいた仲間を挟み、持ち上げた。
「なんだこれは!おい離せ!はな…うああああ!!」
喚きもがくも虚しく、そのまま土台からどんどん離れてゆき、すぐに姿も悲鳴も掻き消えた。
あたりは少しだけしんとして、一瞬ののちには絶叫の嵐が空間を満たし、一瞬にしてパニックの海と化した。
「おい、今の何だったんだ!」
「仲間持ってったぞ!」
「何か罪でも犯していたっていうの!?」
「扱い乱暴じゃないのか!?」
「かえして——!!」
皆が思い思いの声を出す。
そんな中、私はかすれるような声で呟いた。
「なんですか……今のは……?」
「わから、ない、です」
「……ねえねえさっきのってなんだったんだろー?」
棒のような声。ゆるゆると首を動かして見ると、皆の目の焦点が合っていなかった。
「ねえねえ、さっきのってほんとなんだったんだろー?なんかなかまもっていかれちゃったけどまたおりてくるのかなぁ?ねえ、さっきのはしらどこいっちゃったのかな?あのなかまはもどってくるよね?ねえ、ぼくたちのかんちがいだよね?あのみんながおおげさにさわいるだけだよね?ねえねえねえ」
言葉に力がこもっていない。ただ淡々と喋っているだけだ。もしかしたら本人は言葉にしたことにすら気付いていないのかもしれない。
よくよく考えてみれば、見ず知らずのただの事実上の仲間がどこかへ行った。それだけのこと。しかし、動揺している自分がいるのも否めなかった。
ざわざわと騒がしい中、固まっていた私は一言のひときわ大きな声を聞いた。
「また降りてきたぞ!」
ばっ、と天を仰ぐと同じ柱が降りてきていた。
そしてさっきと同じくらいのところでまた2つに割れた。その先は少し濡れているようだった。
「ま……さか……」
さっきの仲間の、体液の一部では。
やっぱり殺されたんだ。
だから、あんな色が付着しているんだ。
殺られていないとあの色はあんなに付着しないはず。
そうだ、そうとしか考えられない。
「きゃああああああ!」
また、誰かが柱に囚われた。
そのあと、一体何が起こったのか少しよく覚えていない。
気がつけば、同じ場所には囚われた仲間の体の一部が無くなっていた。
失神したように倒れている仲間も近くにいて、その体にはまるで自分が殺りましたと言っているように感じられるほどの独特の色をした点が沢山ついていた。
まるで地獄絵図のような現実は、止まらなかった。
2度あることは3度ある。
3度あることは4度もあり、5度もあり、6度も7度もあった。
懲りもせずにおかしな柱は天から降りてくる。持っていかれた仲間は帰ってくることもなく、時折綺麗になる柱の先は必ず空だった。
絶叫は鳴り止まない。
柱には抗えない。抗える訳がない。
とうとう恐怖が限界を突破してしまった私は右足を引いた。そして左足を引いてダッと逃げ出そうとした。
「なっ……」
が、その足は走り出すことはなかった。
左足を引くことは出来たものの、それ以上離れた所へ行こうとすると金縛にあったように動かなくなる。足を戻せば金縛が解ける。
見えない壁があるわけではない。足踏みをしようとすれば動きに自由がある。なのに一定以上の距離を歩こうとすると急に足が動かなくなるのだ。勢いをつけてもだめだ。
「なんで……なんでよ……!」
立って居られなくて座り込んでしまった。
「私達が……何をしたっていうの……?」
記憶があるなら、どんなに楽だっただろうか。
なのに何一つ覚えていない。自分の生い立ちも、過去の出来事も、自分の名前さえも、なにもかも。
ぱた、と地面に雫が落ちた。一つ、また一つと雫が落ちていくたびに自分の頬が濡れていく。
と、ふいに声が聞こえた。
「だいじょうぶです、よ、多分」
ゆるゆると顔を上げる。
自分の右隣にいた仲間だ。声が震えている。
しかし大丈夫という言葉に疑問を持った。どう考えても私達が助かるという保証はどこにもない。
どうゆうことだろうと訝しんで首を傾げた。
「だってほら、他の台では必ず誰かが殺されているのに、自分達の方に柱は一度も降りて来ていないじゃないですか。自分達よりも小さな台だってあるのに」
その言葉にはっとした。なぜ今まで気がつかなかったのか。
「ほら、大丈夫ですって!自分達は生きることができますよ!」
「そ、そうですよねっ、だ、大丈夫ですよねっ!」
正直、そんな子供騙しのような根拠のない理由を聞いて、これほどにも安堵するとは思わなかった。それほど追い詰められていた証拠なのかもしれない。
「分かった」
ボソッと、小さな声が聞こえた。あの黙ったままで未だ一言も言葉を発していない仲間だ。
「神に選ばれたのだ、私達は」
は?と思う間もなく、さっきまでのだんまりが嘘のように狂ったように喋り出した。
「あの柱を操っているのはこの世に君臨いたしまする神々が一柱。あそこで生死を弄ばせておられるのだ。つまり我々以外の物どもはただの愚民!死してよいほどの罪深き物どもなんだ!一方で我々はどうだ?全くもって柱に狙われていないではないか。それはすなわち神に選ばれたと同等と言える!神々に課せられた使命があるから我々はこの場にあるんだ!使命、それはかの物どもの末路を見届け、後世に語り継がせることなのだろう!恐れる必要はない。堂々と自信を持って使命を全うしようじゃないか!?」
はっはっは、と笑いながら両手を掲げている様を見て思った。
この開祖もどきはこんなに喋れたんだでもなんかよく分からない新しい宗教的なもの切り開いちゃったし勝手に巻き込まれちゃったうわあすっごく迷惑。
そして私は座り込んで見上げるような姿勢だったから気がついた。
「……え?」
柱が、とうとう私達の誰かを連れ去ろうとこちらへ迫っていた。
「え?」
柱は、開祖もどきを捕まえた。
「なぜだ!私は選ばれたのではなかったのか!?かの物ども同様、なぜ連れていかれなくてはならんのだ!私には使命があるのではなかったのか!?私はっ、まだ屈する訳にはいかないというのに……っ!」
喚き散らすものの、柱は容赦なく天へと戻っていく。同時に声も小さくなっていく。
やがてまた、静寂が訪れた。
気がつけば、私達の台以外は仲間がいなくなっていて、寒々しい空間がそこに居座っていた。
「僕、もういいや」
ぽつりと小さな声が聞こえた。見ると私の左隣で仰向けに寝転んでいる姿があった。
「僕達もどうせ連れて行かれちゃうんだもん。死ぬの嫌だけどしょうがないもん」
「諦めちゃ駄目ですよ!」
突然に近い所から大きな声で叫ばれたものだから驚いた。
「まだ何か手があるはずです!思考を放棄しちゃ駄目ですよ!生きましょうよ!」
「でも、さ」
腕をもたげ、天を指差した。
つられて一緒に見上げる。視界に入ったのは。
「もうそこまで来てるんだもん、柱」
「なっ……」
そのまま柱は死を受け入れたことを承知するように寝転んだ仲間を捕まえた。
「じゃあね」
「待ってください!もがきましょうよ!待っ……」
手を伸ばすも虚しく、何もない空間を掴むだけで何にもならない。
捕らえられた側よりもこちら側が騒がしかったのは初めてなんじゃないかと思えるほど、私の右隣は待てとか生きてとか言っていた。姿が見えなくなっても届くはずのない声でぽそぽそと何か言っていた。
「……大丈夫ですか?」
「あなたこそ既に立っていられないのにそんなこと言われても虚しいだけなんですけど」
「すみません」
「いえ……あの」
ゆるり、と顔をこちらへ向けた。
「あなたは、生きたいですか?」
返答に迷いが生じたことを自覚した。
「……できることなら生きたいです。でもどうすればいいか分からないです」
「……そうですか」
「生きるとかどうとかは柱が来てから考えます。なんかもう、恐怖に疲れました」
「それ頂いていいですか?」
「何をです?」
「柱が来てから考えるってやつです。どうにもならないのも確かですし、いっそのことそうしてみようかなと」
「ああ……それなら待つ時間が省けましたね」
「……本当だ」
柱は、もう近くまで来ていた。
「じゃあ、自分はちょっと先に行ってみるんで。死ぬことから抗うために」
柱は静かに、私の右側にいた人を捕らえた。
「かっこつけますね」
「かっこ悪いよかいいじゃないですか」
柱はつうううっといつも通りのスピードで登っていく。
そして、天へと近づいていきながら叫んだ。
「生きてください!!自分も生きるんで!!」
私は小さくひらひらと手を振って見送った。
すぐに天に姿が消え、あんなに仲間がいた場所はとうとう私だけになってしまった。
「次は私かぁ……」
ぽつりと呟くと突然、ドクンと鼓動が跳ねた音を聞いた。
床に手をつき、ぜいぜいと呼吸の荒くなった息を必死に鎮めようとする。
次は、私。
生きたい。死にたくない。……本当に?
心のどこかでは。
生きたくない。死にたい。……本当に?
そんなこと思っていないのでは。
私が未来に望むのは、どれだ。
柱はまだ降りてこない。
生きたいのか、死にたいのか、生きたくないのか、死にたくないのか。
未来に使命を見出す物がいた。
未来を放棄する物がいた。
未来も生きようと模索する物がいた。
みんな、連れて行かれた。
私は、未来に何を見出そうとしている?
柱はまだ降りてはこない。
私が望む結末は、何だ。
落ち着け私。
大きく息を吸い込んで大きく吐いてを繰り返すうち、だいぶ呼吸は収まったものの鼓動は速いままだ。
ふと顔を上げると、暗く眩しい天に柱の姿は無かった。
おかしいな、そろそろ来るはずなのに。
まさか。
「助かった……?」
震えながらも立ち上がり、天を見渡した。
あの、柱にしては少し細い先端も、それらしき影さえも見つけられなかった。
いつの間にか口角が上がっていた。
「助かった……!」
まるでそれが合図のようだった。
あの柱が、茂みから顔を覗かせた蛇のように姿を現した。
とっくの昔に乾いていた頬に、一筋の滴が綺麗な曲線を描いて落ちていく。
ああ、やっぱり、私も行かないといけないのかな。
柱はあっという間に私の所まで降りてきて、私を捕らえた。
やんわりと掴まれている感じなのにしっかりと固定されていて、暴れても落下しないことに納得した。
足が地面から離れ、どんどん視界が広くなっていく。
ちょっとまって。
この台の並び方、まるで——
なんとなく、横を向いた。
「……っ!?」
赤い、不思議な形をした洞窟があった。柱は私をその中へ運ぼうとしているようだ。
中には天井と床に白い置物が固定されて並んでいる。床は赤く、柔らかそうで、そして動いた。
「まさか……っ!」
◆◆◆
「ごちそうさまでした」
1番最後の卵焼きを食べて、俺は箸を置いた。
洗面所に行って歯磨きをしていたら母さんの声が飛んできた。
「圭!朝ごはん食べ終わったら食器下げといてって言ったでしょー!?」
「あーい、ふんまへーん」
泡だらけの口でもごもごと伸びた返事を返して口をゆすぐ。
食器についてはちゃっかり忘れたふりをしてリュックを背負って靴を履き、玄関の扉を開けた。
「行ってきまーす」
「行ってらっしゃい、気をつけてねー」
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