異世界転生の被害者たち〜現地勇者は失業中〜

拙井松明

第1話 キャラの強さは、後出しジャンケンと同じ

「俺も世界救って、遊びほうけたいなぁ」

にでもなるしかないだろ」

「まぁ、オレらには無理な話だ」

「それもそうだな、ワハハ!」


 夢心地で話をする酔っ払いたち。顔を真っ赤にしながら、騒ぐ彼らは見るからに幸せそうである。そんな男たちが集う酒屋の端には、哀愁漂う勇者の姿があった。


 正確には勇者男、アルサーである。アルサーは幼少期に誰かが地面に刺した剣を抜いてから、世界を征服せんとする魔王を討つべく、師匠である兄とともに修行に明け暮れてきた。

「なんで魔王は、こうも呆気なく討伐されるんだよ!クソが!」

 勇者とは思えないほどの口の悪さだが、彼にはそれ相当な理由があるのだ。

 わずか1週間前、からやってきたという小太りの男が、いとも簡単に魔王を倒したのだ。しかも、両手に美女を抱えた状態で。


「どうしたんだよ、こんなに呑んだくれて」

 アルサーに声をかけてきたのは、近所の雑貨屋店主だった。

「お前には関係ないだろ、綺麗な奥さんもいるんだから。俺は唯一のアニキすら、どっか行っちまったんだ...」

「また、あのとかいう救世主の話か」

 アルサーの気に障っている一番の要因は、オタクが使う不思議な力のことである。それは“モテ”と“無双”の二種類が存在し、魔王討伐だけでなく、ハーレムを作ったり、名だたる騎士をなぎ倒したりしているらしい。


「何が“俺Tueeee”だよ!ふざけやがって。俺だって、女の子と喋ってみたり、可愛い子と手繋いでみたり、綺麗な方とイチャイチャしてぇのによ」

「お前の願望は“モテ”の方しか言及してないですけどー。言い方変えながら、女の子と触れ合いたいことしか言ってないから(笑)。“無双”要素はどこ行ったんですかー」

「うるせぇ、俺はいつでも無双でき......」

 酔いが完全にまわってきたアルサーは、そのまま寝落ちしてしまった。



 -翌朝

 魔王討伐の達成によって、失業者となったアルサーの家は荒れ果てた小屋一軒であった。修行中は師匠でもあった兄に食わせてもらっていたものの、失業ともに都へ行ってしまい、アルサーは無料で借りたボロ小屋に住んでいる。


「頭痛いわぁ。全く昨日は飲みすぎた」

 おそらく馬用であった水飲み場で、顔を洗ってから仮設ベッドに座ってみると、床に一枚のチラシが落ちていた。


 そこには、雑貨屋店主の汚い文字で書かれたメッセージが付け加えられており、

『この大失業時代に生きる勇者よ!良い仕事を見つけたぞ!いつまでも落ち込んでないで、行ってこい!!』


「余計なことしやがって」

 独り言で文句をたれつつも、求人チラシに目を通してみる。どうやら城の修理に人手が必要だそうで、肉体派のアルサーには確かにピッタリな仕事内容であった。


「悪くない。暇だし行ってみるとするか」

 ここでアルサーの心に引っかかることがあった。

(リストラの嵐はあっても、実際の嵐なんて起きてないよな。地震か?いや、最近は自然災害も大きな戦争も無かったと思うんだが。あの野郎オタクが起こした“無双”以外)


 肉体労働でありがちな“動きやすい服装”に着替え、アルサーは早速チラシに描かれた地図を頼りに城へ向かった。




 -昼ごろ

 どこか道にも思えたが、辺りには瓦礫が散らばっていて、少しばかり危険な道だった。とはいえ、日々の修行で鍛えあげられたアルサーにとっては造作もない。

「あれか、ずいぶん酷く壊れてるな」

 城門はかろうじて片方だけあり、その奥の庭園は穴ぼこだらけ。城自体も原形をとどめないレベルの有り様である。

「やっと来てくださいました!」

 砂ぼこりで汚れているメイドさんが出迎えてくれた。容姿は銀色がかった髪にクリっと大きい瞳をしていて、まさにアルサーのタイプ。


「良ければ、夜一緒にバーでも行きませんか?」

 アルサーは隼のようなスピードでメイドをお誘いした。

「私はニーアって言います。では行きましょう!」

「あのぉー。お誘いはガン無視ですかぁ?」

 都合の悪い話題は無かったことにするニーアのメンタルに辟易しながらも、城内へ進んでいった。



「ここです!どうぞ」

 天井に穴が開いているため、ところにより光が差し込んでいる。この城の主は玉座に座っているようだが、ちょうど日陰になっているため顔を拝めない。


「ようこそ、いらっしゃいました」

 渋い声がアルサーを呼ぶ。アルサーは嫌われては困ると、礼儀正しく頭を下げてひざまいた。城主も玉座から立ち上がり、顔を見ようとアルサーへ寄ってくる。


 アルサーが気になって、少し顔を上げてみると......


 光に照らされた禍々しい角と見るものを惑わす赤い眼。

 人間すら丸飲みしそうな大きな口。

 鋼をも切り裂く強靭な爪。


 城主の姿は、アルサーにとっての宿敵魔王そのものだった。


「貴様!!!」

 そう言いながら、斬りかかろうとするアルサー。その手には瓦礫の木の棒が握られている。魔王は、その一撃を頭で受け止めつつ、


「───魔王です。ご無沙汰してます」

 頭から血を流しながら、涙目で挨拶するのであった。



 つづく

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