20 戦う猫軍団

 人間どもが寝静まっている中。


 若の放った伝令により、その噂は瞬く間に島全体の猫に広がった。


 今朝がた、南海岸に打ち上げられた茶トラ猫。そいつを殺した魚面の化け物の仲間が、この島に大群で攻めて来るという。


 あまりに現実離れした内容に、真偽を疑う者も多数いたが、廃港に残されたあの正体不明の化け物の死体が、その噂が事実であることを雄弁に物語っていた。


 何匹かの猫が確認のために廃港の洞窟を訪れたが、凄惨な現場に息を飲むこととなった。


 少なくとも、通常では考えられないようなことが起こっていることは明白だった。


 各地域のボス猫たちは緊急事態を宣言し、縄張り争いをしていた猫たちも一時停戦して事態の収拾にあたることを約束した。


 野良猫も飼い猫も雄雌も関係なく、腕に覚えのある猫たちが続々と集結し、人間の目に触れないように夜の闇に紛れてゾロゾロと移動していく。


 こうして無数の猫たちが、島の海岸全てをぐるりと包囲したのだった。


 敵を見つけ出し次第、返り討ちにしてやる。


 そんな血気盛んな猫とは対照的に、町長はすっかり怯え、座り込んだまま「もうダメだ」とか「殺される」等とブツブツ言っている。


 また、化け物を間近で見た上、目の前で凄惨な殺され方をするところを目撃してしまったひな子については、さらにひどい状態だった。


 精神的なショックが大きすぎたらしく、完全な放心状態となり、虚空を見つめたままその場に座り込んでいる。


 しびれを切らした猫たちがつついて回っても、2人とも動き出す気配がなかった。


 今のところ特に害はなく、戦力にもなりそうにないため、事態が収拾するまで放置しておくことにした。


 それから数時間後。


 北部を見張っていたクロネコ団たちが、敵襲ならぬ敵臭の知らせをよこしてきた。


 敵の上陸はまだ確認されていないようだが、島の北西の方角から特有のあの生臭い臭気が漂って来るという。


 風は漁港のある南の方から吹いてきているが、そちらの方角からは異変が感じられなかったことから、島内の戦力を重点的に廃港周辺に配置した。


 正面から叩きつぶす作戦だ。


 第一陣が陽動である可能性も視野に入れ、万が一、隙をついて南の方から攻めて来ても対応できる数を残してある。


 西から南の漁港にかけてはヤシチが、東部の住宅街沿いから東海岸にかけてはブッチが担当している。


 今のところソンチョーは戦いに参加する意思を表明しておらず、前線はクロネコ団と若の率いる西部の若い衆で固められていた。


「ケッ。こういうのは、頭が出て来るべきところだろ。幹部の奴らも威張っているだけで、腰抜けばっかじゃねーか」


 ヤシチや取り巻きの幹部から一番危険な役を押し付けられた若は、不機嫌そうな顔をしていた。


「頭数が少なくて、東部の防衛で手一杯なブッチの旦那は仕方ないとして。あのタヌキジジイども、俺を盾にしやがって。いや、別に戦うのが嫌なわけじゃねーけどよ。部下に丸投げして自分だけ安全な場所にこもるってのは、頭として全然ダメだろ。戻ったら、絶対ボスの座から引きずり降ろしてやるからな」


 ここに集まった西部の猫たちも、上層部には心底失望しているように見える。おそらく、近い未来に西部は若の勢力で塗り替えられるだろう。


 マグロは周囲の様子を見渡して、たんぽぽに言った。


「あーあ、あのオジサンたち、やらかしちゃったね。前線に出てきていれば、仲間たちからの信頼が得られただろうに。あの分じゃ、今の体制は先が短そうだなぁ。ま、誰がボスになっても人間に愛されて世話をされているボクには関係ない話なんだけど」


「え? もしかして、若が次のボスになるってこと?」


 驚くたんぽぽに、マグロは興味なさそうな声で答えた。


「さぁね。でも、いい感じで流れに乗れてると思うよ。といっても、まずはこの正念場を生きて乗り越えなきゃだけど」


「ふーん。そっか。……それにしても、ハカセの帰り、遅いねぇ。このままだと、開戦に間に合わないかも?」


「全速力で走って行ってたし、いろんな場所に伝令して回っていたんでしょ? さすがにヘバって休んでるんじゃないの? ハカセの分もがんばってね、たんぽぽくん」


「もちろん!」


 と、まったり雑談しながら水平線を監視していた二匹だったが。


 マグロが突然大きな鳴き声を上げて、周囲の猫に警戒を促した。


 ずば抜けて視力が良い彼は、海面の一点を見据えて鋭く叫ぶ。


「敵影を確認! その暗礁の辺り! 無数の目と泳ぐ影! みんな、敵襲に備えて!」


 呼応するように、猫たちが一斉に雄たけびを上げ戦闘態勢を取る。


 その声で敵に発見されたことを悟った相手方が、一斉に水面下から飛び出してきた。


 魚面の化け物の軍勢が、鋭くとがった槍を手に続々と上陸してくる。


 辺りは一瞬で戦場と化した。


 一見するとただの混戦状態に見えるが、よく観察するとそうでないことが分かる。


 猫たちは昔からの慣習にのっとり、7匹以上で1個班を組むことを徹底し、ボス猫たちの統率に従って規律正しく徒党を組んで敵を切り崩していく。


 士気の高い彼らだが、ただ的に突っ込んでいくだけではなく、引き際の見極めも上手かった。


 体力が尽きて動きが鈍くなったり、負傷して戦えなくなった者は後退させ、背後で控えている戦力と入れ替えて行く。


 頭数が少なくなった班は、再編成のためにいったん解散し、前線から後退して次の班を組み直す。


 猫たちは前線を崩さないように陣形をガッチリと固め、戦闘要員を順次入れ替えていくことで一糸乱れぬ戦闘を継続した。


 猫社会における地位の高さが階級のような役割を果たしており、グループのトップがいなくなってもその次、その次と指揮官役がスムーズに引き継がれていく。


 そのため、都度構成メンバーが変わっても、猫たちの7人班は指揮系統が乱れることなく、軍隊として適切に機能した。


 魚面の軍団も指揮官らしき人物が統率しているように見えたが、頭を潰すと周囲の戦闘員は統率をするものを失うようだ。


 そうなると、作戦どころではなく場当り的に戦うだけとなる。


 敵陣は、指揮系統が失われたグループから切り崩され、猫たちの集団戦法に翻弄されて次々と倒れて行った。


 かくして滑り出しは好調、圧勝ムードな猫たちだったが。


 戦いが長引くにつれ風向きが不穏な方向に傾きつつあった。


 相手の質は猫の軍勢に劣るものの、物量がすさまじく倒しても倒しても次の敵が現れる。


 戦闘員の疲労が蓄積するにつれ、猫たちの勢いも弱まってきている。戦況を見つめる若は、イライラとした声を上げた。


「おい、後衛の交代要員はどうした? ヤシチの親分は何をやってるんだ?」


 そんな若に対し、戦闘要員の補給を統括している幹部の猫が悲鳴のような声を上げた。


「若! 一部の猫たちが化け物の軍勢に怖気づいていて、前線に出ようとしません! その上、前線に出ようとしないヤシチの親分の求心力がガックリ下がっています。指示に従おうとしない猫も出てきているようで、バラバラになっていてまとめることが困難です! このまま戦闘が長引くと、前線が崩れてしまいます!」


「クソ! こんな時に仲間割れしやがって! ボス猫どもも何をやっているんだ!」


 その時。


 背後から、援軍らしき猫たちが勝鬨を上げる声が響いた。


 思わず振り返ると、すさまじい数の猫の軍勢がこちらへ向かって走って来る。


 敵の間に動揺したようなどよめきが広がった。


 純血統から野良猫まで様々な猫を含む、てんでバラバラの集団。


 彼らは猫流の集団戦法に慣れていないのか、いい年の成猫ばかりなのに初陣のようなぎこちなさを見せた。


 総じて士気は高いものの、特定のボスに率いられていないらしく、雑多な群衆のような様相を呈している。


 彼らは西部の猫たちに素直に従い、戦い慣れした友軍にけん引される形で前線軍に吸収された。そして、軍隊の一部として問題なく動き出したのだった。


 何となくだが、戦場の勝手をつかめてきたらしい。


 新しく加わったメンバーにより欠けていた班が再編成され、そこかしこで勇猛果敢に戦い始めたのだった。

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