ニャゴン(猫vs冒涜的な存在)
なみっち8
プロローグ 子猫、夜明け前の路地を走る
茶トラのオスの子猫――虎丸は必死で走っていた。
苦しくてハアハアと口で呼吸しているのは自覚しているが、足を止めるわけにはいかない。
野良猫の集団に追われているからだ。
――ただ話しかけただけなのに、どうして?
見知らぬ猫の集団にいきなり殴る蹴るの暴力を受けた子猫は、ひどく混乱していた。
傷ついた全身がズキズキと痛む。
全力で逃げる子猫の背後では、恐ろしい猫の怒声が飛びかっている。
「待てッ!」
「ぶっ殺す!」
あんな恐ろしい奴らに捕まってしまったら、ただではすまないだろう。
最悪、殺されてしまうかもしれない。
――早く、ひな子お姉さんを助けに行かなきゃいけないのに。
4日前の晩、家主の駐在さんがパトロールに出掛けている隙に、飼い主が誘拐されてしまった。
兄の虎徹と力を合わせて必死で阻止しようとしたが、犯人はぼくたちを振り切って行ってしまった。
――まさか、あんなに優しい町長さんが。
あの人が、飼い主を誘拐するなんて。未だに信じられなかった。
兄の虎徹は「すぐ戻るから、お前は留守番しておくように」と言い残すと、町長の後を追って家を飛び出してしまった。
ところが、いくら待っても帰って来なかった。
大事な一人娘が行方不明になった駐在さんは、見ていて気の毒なほどに憔悴しきっている。
昨晩にご飯をもらった時、駐在さんの目の下にはくっきりとクマができていた。おそらくは寝ないで辺りを探し回っているのだろう。
走る虎丸がくわえている紙の切れ端が、風を切ってパタパタと音を立てる。
何が書かれているかは知らないが、駐在さんはひな子お姉さんの写真が印刷されたこの紙を読みながら、ボロボロ泣いていた。
駐在さんはよほど気が動転しているらしく、愛猫の虎徹が自宅から姿を消していることにまだ気づいていないようだ。
――あぁ。さっき、あの野良猫たちが話していたことは、本当なのだろうか。
詳しい話は聞けなかったが、猫集会をしていた彼らは確かにこう話していた。
『あの虎徹の死体が、西灯台の近くの浜に打ち上げられたらしいぞ』
『虎徹? ああ、駐在の所のあのでっかい雄猫か』
その言葉に動揺して、思わず家を飛び出してしまった。猫集会をしていた野良猫たちに話しかけたところ、現状に至る。
虎丸は、必死で進むべき道を探して走り続けた。
外に出るのはこれが初めてだが、この島の地図は家で見たことがある。
兄の虎徹はこの島の探検が大好きで、色々な場所について見聞きしたことを、面白おかしく語って聞かせてくれた。
『お前がもう少し大きくなったら、いっしょに探検に出かけような』
外に出かけたいとせがむ自分を、優しくなだめる兄の声を思い出した。
――確かめに行かなくては。
虎丸は顔をキッと上げると、息を思いっきり吸った。
そして、西灯台に向かって全速力で走りだしたのだった。
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