第382話 マスク・ド・クワガーV

 仕事から帰ってきてからスマホをチェックすると友人の鳩ちゃんからメッセージが届いていた。


『ヒスイちゃん。記事ができたから読んでみて』


 鳩ちゃんは、たまにボクにこうして新聞部で作った記事の出来を確認しに来る。鳩ちゃんはある意味で優秀な記者になれるとは思うけれど……なんというか、記事を作るセンスは独特だから、もう少し大衆好みに寄せた方が良いとは思う。


 気になる記事の内容は……Vtuberの魅力をファン目線で解説しているものと……琥珀君がVtuberハッカソンで優勝したとどちらもVtuberに関係するものだった。そういえば、鳩ちゃんと琥珀君は同じ高校に通ってたんだっけ。本当に凄い偶然だなあ。


 琥珀君が頑張っているのを見るとボクもなんだかやる気が出てくる。コンテストでは負けて当時はものすごく悔しかったけれど、今にして思えば琥珀君に負けたんだったら悔いはないと思う。彼は確かに才能という土台に恵まれてはいるけれど、それにおごることなく努力を重ねている。ボクより年下なのに、不思議と実力が高いことに対する嫌味みたいなのがない。これで才能にかまけて人生舐め腐っているような人だったら、憤死していたと思う。


 それにしてもVtuberか。最近は結構、色んなところで見かけるし、身近な存在になっていると思う。ボクもこの仕事を続けていれば、いつかはそういう人たちと関わる機会が出てくるんだろうか。



 翌日、出社するとなにやら社内全体がザワついている気がする。


「深山さん。なんか社内がざわついているけど、なにかあったんですか?」


「ああ。ヒスイちゃん。このディスプレイを見て」


 深山さんが、場所を移動してくれると社内の人たちの視線が集中している先にあるディスプレイが見えた。そこに映し出されていたのは……


「社長?」


 なんかピッチリとしたスーツを着て変な機械を取り付けている社長とやたらと筋骨隆々のクワガタの仮面をつけた深山さんの趣味全開であろう怪人の姿があった。


「なんですか。この怪人は」


「ちょ、ヒスイちゃん。社長を怪人呼ばわりはまずいって。いくら温厚な社長でも傷つくって」


「いや、怪人はそっちじゃなくて、クワガタの方ですよ」


「え……どこからどう見てもヒーローなのに、ヒスイちゃんにはこれが怪人に見えるの?」


 まるで宇宙人を見るような目でボクを見る深山さん。え? ボクの感覚がおかしいの?


 それはそれとして、ディスプレイの社長が動くとそれと同じ動きを怪人……じゃなかった奇怪なヒーローがする。これは一体……


「驚いたかい? ヒスイちゃん。これこそが我が社のVtuber事業への参入の足掛かりとなるプロモーション映像だ!」


「えー……Vtuberと言えば可愛い女の子じゃないですか。こんな怪人みたいなヒーローが人気出るわけないじゃないですか」


 3Dプリンターでクワガタ仮面を作るだけに飽き足らず、本当に何してんだこの会社は。


「これは、謎のクワガタ仮面Xがバーチャルの世界で活動する時の姿だ。名付けて、マスク・ド・クワガーV! つまり、謎のクワガタ仮面Xのマスクが売れれば、マスク・ド・クワガーVが伸びて、マスク・ド・クワガーVが伸びれば、謎のクワガタ仮面Xのマスクが売れるという完璧な作戦だ」


 なるほど。


「それで、売れる見込みはあるんですか?」


「売れる見込みしかないかな。と俺は思うんだけど、ヒスイちゃんはどう思う?」


「会社が傾く前に転職したいです。貴重な新卒カードを切って入った会社が速攻で倒産だなんて笑えませんから」


「ヒスイちゃんなら第二新卒で行けるって」


 親指を立てて爽やかな笑顔を向ける深山さん。できれば、第二新卒で就活はしたくないけど、ボクの今後の命運がこのクワガタにかかっていると考えると……なんだかやるせない気持ちになってくる。


「そういえば、このクワガーVは……」


「マスク・ド・クワガーVね」


「……マスク・ド・クワガーVの中の人って誰なんですか? まさか、社長がやるんですか?」


「まさか。社長がヒーローじみたアクションができるわけないでしょ」


「確かに……アクションが得意な人に心当たりがあるとか?」


「そこは、緑色の5歳児の恐竜と同じ方式を取るしかないでしょ」


「子供の夢を壊すようなことは言わないで下さい。緑色の恐竜も赤い雪男の子供も中に誰もいませんよ」


 まあ、スタントマンをその都度雇うってことなんだろうね。


「ヒスイちゃんもマスク・ド・クワガーVの中の人をやってみるかい?」


「ははは。嫌です」


「そっか。まあ、普通の女の子にはアクションはキツいよね?」


 仮にボクが運動神経抜群のアスリート系女子だったとしても、この中の人にはなりたくない。


「実はね。マスク・ド・クワガーVの活動は今夜開始されるんだ」


「へー」


「どれくらい人気がでるのか楽しみだね」


「そうですね」


「ちなみに、初回配信のタイトルは、マンティス帝国の逆襲だ」


「初回のタイトルに逆襲って入れるセンスはなんなんですか。ボクにはマンティス帝国がなんなのかすらわかりませんよ。知らない相手に逆襲されるなんて恐怖でしかないです」


「それは、その場のライブ感で乗り切るしかないさ」


「もしかして、脚本って深山さんが考えたんですか?」


「ん? そうだけど何か?」


「なんでプロに頼まなかったんですか?」


「ヒスイちゃん。お金って無限にないんだよ?」


「知ってます」


「脚本にかける予算がないから以上の理由が必要かな?」


「いらないですね」


 脚本にかける予算がないにしてももう少しなんとかならなかったんだろうか。多分、ボクの方がマシな脚本書ける自信がある。少なくともマンティス帝国の逆襲よりかは……


 それにしても、このマスク・ド・クワガーV。どの層にウケるんだろうか。全く予想できない。



「私の名前は、マスク・ド・クワガーV! この世界の平和を守るために日夜戦い続けている戦士だ!」


「ふぉおおおお! この筋肉たまらんねええええ」


 この筋肉の造型は絶対に理解わかっている人の作り方だ。それに、アクションも実際に筋肉がないとこんな動きはできない。ウチにはわかる。モデラーも中の人もかなりの手練れだ。


『第1話 マンティス帝国の逆襲!』


「久しぶりだね。マスク・ド・クワガーV!」


「その声は! 女帝トウロウ! あの致命傷を受けて生きていたのか!」


「ああ、そうさ。アタシは地獄の底から舞い戻って来た。夫の肉を食らい、傷を癒してな!」


「なんて奴だ。自分の夫を食うなんてイカれてやがるぜ!」


「アンタのせいで、夫が死んだんだ。夫のカタキ! 覚悟しろ!」


「く……ただの逆恨みでないか! だが、マンティス帝国はここで滅ぼさなければならない。この世界の未来のためにも。温室効果ガスを平気でまき散らすマンティス帝国の産業をSDGsの名の下に成敗する!」


「きえええええい!」


「うおおおおおお!」


 マスク・ド・クワガーV! がんばえー!


「く……バカな。このアタシが敗れるなんて……」


「女帝トウロウ。貴様がなぜ負けたかわかるか?」


「なぜだ!」


「それは……カマキリよりもクワガタの方が子供たちに人気だからだ!」


「ぐ……悔しいけれど、負けを認めるしかないようね」


『こうして、女帝トウロウを打ち滅ぼしたことにより、マンティス帝国は再び歴史の闇に消えた。だが、この平和も一時のものに過ぎない。我々を襲う邪悪なる存在は、今もなお身を潜めていていつ牙を剥くかわからないからだ。真の平和が来るまで。マスク・ド・クワガーVの戦いは終わらない! 続く』


 話はクソつまらなかったけれど、良い筋肉が見れたからチャンネル登録しておこう。

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