第246話 年寄りはすぐに若者に斬新な意見を求めがち

 虎徹さんからのアドバイスのお陰で自分が進むべき道が見えたかもしれない。そう思っていると虎徹さんが更なる口を開く。


「もう1つ教えてやる。コンテストの選考基準で重視されることについてだ。これは受賞作品に対する審査員のコメントを元に分析された結果だから、まあまあ正しいと思う」


「受賞作品に対するコメントってことは、虎徹さんもコメントを貰ったんですか?」


「ああ。俺が貰ったコメントは……『この作品は若者らしい自由で斬新な発想で作られている』から始まっている……過去に金賞を受賞した作品も同じようなコメントをもらってる」


「若者らしい自由で斬新な発想……?」


 俺としては、若者全員が自由で斬新な発想を持っているとは限らない気がする。若者の中にもテンプレに当てはめて自分の作品を作るのが得意なスタイルを持つ人だっているはずだ。テンプレに当てはめて作品を作るのも、中々に大変な作業である。


「ああ。その他にも、若者らしく夢や希望に満ち溢れた作品だと評されたものもあったな。まあ、何が言いたいのかと言うと……大人が考える理想の若者像……それが作品を通じて伝わるのが受賞の最低条件だな。要は良い意味でも悪い意味でも擦れてない作品ってのが、審査員の理想みてーだな」


「理想の若者像ですか……なんかそのワードを出されると自信がなくなってきました」


 擦れてないという意味でも、俺はもうプロに揉まれに揉まれまくって擦れているどころか磨き上げられているレベルである。あれ? 意外と俺って不利な状況だったりするのか?


「ははは。笑っちまうよなあ。小学生ならまだしも、高校生相手にも若者らしい……まあ、ハッキリ言えば子供らしいと言い換えてもいいな。その“らしい”夢や希望を求めんだからよお。忘れがちだが、高校は義務教育じゃねえ。同年代の中には既に働いてんのもいる年代だ。それこそ、若者らしい夢や希望なんて言ってられない現実を見ている人だっている年齢なんだよ」


「ですね。現役の高校生の俺からしてみれば、現実主義者の同級生もいるので、若者全員が夢や希望を持っているとは限らないと思います」


「ははは。わかってくれるか。流石ミサちゃんの弟子だな。それでいて、自由過ぎる意見……それが自分たちの地位を脅かすほどのものだったら、途端に排除の対象になる。全く、年寄りっていうのは都合がいい生き物だな」


 虎徹さんは確かに見た目やスタイルが自由っぽい気がする。主に年寄りの立場を脅かすほどの何かを感じる。


「ところで参考までに訊きたいんですけど、虎徹さんが金賞を取った作品ってどんな作品なんですか?」


「ああ……それなら過去のコンテストの作品を紹介しているサイトがある。そこを見て貰えればはえーな」


 俺は虎徹さんに言われるがまま。過去のコンテストの受賞作品一覧のページをスマホで開いた。そこには、でかでかと虎徹さんの作品が展示されていた。テーマは冬。そして、その冬を表現するのに枯れた大樹の下に1体の氷像が佇んでいた。その氷像は……忍者だった。


「ああ。懐かしいな。この作品が評価されたのをきっかけに、和風テイストを取り入れ始めて今のスタイルを確立できたんだよな。この受賞が正に俺の人生を変えたと言っても過言じゃねえな」


 大樹と氷像の忍者の取り合わせ。確かに、発想としては自由にも程がある気がする。


「虎徹さん。この作品の解説とかってありますか?」


「ああ。当時の俺は、大樹は季節によって様変わりする。それがまるで忍者の変化の術のようだと感じた。だから、忍者を配置しようと思った。でも、普通の忍者を配置したら面白みの欠けると思い、忍者の氷像で冬らしさを更に表現した……というのが当人が意図したところだ」


「なるほど……氷像まで発想を飛ばすとは流石ですね」


 俺はなんとなくスマホの画面を下にスクロールしてみた。そこで、俺は銀賞の作品を見つけてしまった。その作品自体はハッキリ言って大したことがない。金賞の虎徹さんに負けたのも納得の出来だった。本来なら気にも留めるほどでもない作品だったけれど、俺は作者名を見て心臓が止まるかと思った。


「蝉川 ヒスイ……!」


「んあ? 急にどうした?」


「虎徹さんが金賞を受賞したコンテストで、蝉川 ヒスイの名前があったんです」


「ん? あ、本当だ。こいつ銀賞を受賞してやがる。去年は俺が勝ってたんだな」


「気づかなかったんですか?」


「んー。確かに名前は見たし、授賞式で会っているはずだ……しかし、1年前にチラっと見た名前と顔を一々覚えてねえな」


 虎徹さんはスマホの画面をじっと見ている。そして、ため息をつく。


「おいおい。これが蝉川の作品だっつーのか? そこまですげえ作品じゃねえ。高校生にしては出来ているってレベルだな……でも、それは去年までの話だ。今年の蝉川はとんでもねえ実力を身に付けているのは琥珀君も知っての通りだろう」


「そうですね。例のコンペでの作品を見ました。やはり、この去年の作品に比べてずば抜けてクオリティが高いです」


「これは予想以上にやべえ相手かもな」


「どういうことですか?」


「蝉川のコンディションは現在絶好調の可能性がある。去年は実力が出し切れずに敗北したのか、それとも能力が飛躍的に上昇したのか。それはわからねえ。前者なら蝉川は所謂いわゆるゾーンに突入して、勢いづいている期間だろうし、後者なら成長期の真っただ中ってことだ。例のコンペの時よりも成長して強くなっている可能性は十分ある」


 あれほどの実力があったのに、まだ成長の最中の可能性もあるのか……そう考えると本当に恐ろしい相手だ。彼女が同じ高校生だとは信じられない。


「さてと。もうそろそろ俺は戻らなきゃいけない時間だ。まだ何か聞きたいことはあるか?」


「いえ。大丈夫です。十分有益な情報は聞けましたから。お忙しいところ、俺のために時間を作ってくれてありがとうございます」


「ははは。気にすんな。ミサちゃんの弟子が困ってんだから助けんのは当たり前だ」


 こういう風に言ってくれる人がいるってことは、それだけ師匠の人望が厚い証左だろう。改めて良い人の弟子になったなと思った。



「それでは本日の打ち合わせはこれにてお開きですね。ありがとうございました。そして、お疲れ様でした」


「ありがとうございました」


 ボクは先輩の深山さんに釣られて、仕事相手である賀藤さんに挨拶をした。


「こちらこそありがとう。おたくに依頼して正解だったよ」


「ひゃう。ありがとうございましゅ!」


 嬉しい言葉を頂いたので噛んでしまった。誰に褒められてももちろん嬉しいけれど、それが有名な演出家であればその喜びもまた格別なものがある。


「ああ、蝉川君。ちょっといいかな?」


「はい。何ですか? 賀藤さん」


「仕事とは関係ない話だけど、蝉川君が今度参加するコンテストってどれくらいのレベルなら入賞できるか教えて欲しいんだ」


 なんで賀藤さんが急にボクが参加するコンテストについて訊いてきたのかはわからない。理由もない世間話を振られた程度の認識で良いのかな?


「レベルですか? 入賞だけならそこまで難しくはないと思いますよ。ただ金賞は枠が1つしかないので、運が絡んでくると思います……とんでもない実力者が同じ世代にいたとか……」


 去年までは本当に貰い事故のようなレベルで運がなかった。兼定 虎徹。あの人がいなかったら、ボクが金賞になれていたかもしれなかったんだ。1年の時も2年の時もボクは金賞が取れなかった。だから、兼定パイセンが卒業した今が絶好のチャンスなのだ。ラストチャンスにて、最高の状態が整っている。本音を言えば、兼定パイセンを下した上で金賞を取りたかった。けれど、年齢的にそれは仕方のないことだ。でも、リベンジしたかったなあ。代わりになるかはわからないけれど、同名の虎徹さんって人には動物のコンペで勝ったし、それでヨシ! とするか。


「そうか。今から3Dモデルの勉強を始めた場合で賞を取れる可能性は?」


「あー……流石に今からだと厳しいかもしれませんね」


「やはりそうか。ありがとう」


 賀藤さんが一瞬寂しそうな顔を見せた。打ち合わせの時には見せなかった表情かおだ。


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