第224話 素材の味
「では、続いていきますよ。次の3Dモデルはこちら」
清楚な服装の黒髪ロングストレートのお姉さんキャラが画面に映る。見た感じは本当に何がおかしいというものはない。ハッキリ言ってしまえば、先程の宇宙人と比較対象にするのが失礼なレベルで出来が良い。
「さて、この作品の問題点。みな様はわかりますか?」
『わからない』
『肘が顎につく』
「いいえ。それはさっきやりました」
『顎が肘につく』
「なんで逆にすれば正解になると思ったのかわかりませんが、不正解です。まあ、今回のはちょっと意地悪な質問でしたね。この作品は人体の構造上特に何かが問題というわけではありません。というより、この3Dモデル1つで問題点を把握するのは絶対無理です」
『騙したな!』
『サキュバスの本性を現した爆発メイド』
「実はですね。この作者さんは、黒髪ロングのお姉さんが好きとコメントを頂いております。今度、今まで制作した黒髪ロングの子だけを集めたCG集みたいなのを制作する予定だと言ってました。物はついでということで、この子以外の子も見てみましょうか」
これを見れば誰がどう見ても問題点はハッキリする。
「これがメインヒロイン」
清楚な服装の黒髪ロングストレートのお姉さんキャラが画面に映る。
「これがヒロインの姉」
清楚な服装の黒髪ロングストレートのお姉さんキャラが画面に映る。
「そして、これがヒロインの親友」
清楚な服装の黒髪ロングストレートのお姉さんキャラが画面に映る。
『全部同じじゃないですか』
『俺はまだループの世界に囚われているのか?』
「はい。キャラクターの表現の幅が全くありません。服装がマイナーチェンジしているだけで、同一人物と言ってもいいレベルです。ハンコ絵の3Dモデルバージョンですね。髪型が同じなので使いまわしを疑いましたが……中身を確認したところ、全部ポリゴン数が違っていたので同じタイプだけど違うモノでした」
本当に細かい差異しかないのである。これからその一例を紹介しよう。
「一応、本当に違いはあるんですけど、こんなの気づくかってレベルですね。まずはメインヒロイン。この子は“なで肩”です。そして、姉の方は少し“いかり肩”ですね。姉妹で骨格の傾向が違うのは、隔世遺伝が働いているのでしょうか。肩をすくめるアクションをするだけで、区別がつかなくなる違いしかありません。この作者さんはずっと直立不動のCG集を作るつもりなのでしょうか……こんなのポーズと角度変えたら違いなくなりますよ」
『本当に違くて草』
『これ気づくの無理ゾ』
こんなちょっとの違いしかないのなら、本当にコピペで良いレベルだ。注視すれば見分けられるレベルなのが地味にムカつくし、それを発見する程観察してしまったという時間の無駄が苛立つ。
「親友の方は違いを見つけられませんでした。と言うか……仮に違いがあったとしても見つける気になりませんでした。なんと言うんですかね。違いがわかるほど観察したくなるような気になりませんでした」
『自力で見つけたのか……お疲れ様です』
「そうですね。私も一応添削を引き受けてしまった以上は、きちんと観察する義務はありましたからね。親友の方はそんな気になりませんでした」
『作者です。ショコラちゃんが姉だと言っているのが親友で、メインヒロインだと言っているのが姉です。間違えないで下さい』
「ああ、作者さんが降臨してますね。あ、すみません間違えました」
間違えたから一応体面としては謝っておく。けれど、俺の本心は完全に開き直っている。正直、そこはツッコミところではないと思う。というか、このコピペ3姉妹が誰が誰だとか……そんなのハッキリ言ってしまえば【作者以外どうでもいい】情報である。こだわりを持つことは悪いことではないが、それが技術に反映されてないのならば、意味がないのだ。彼女たちは量産型ではないと主張するのであれば、最低限区別がつくようにデザインをすればいいだけなのである。
「まあ、作者が見ているので、丁度良い機会なので言いたい放題言いますが……」
『作者がいなくても言いたい放題の人間が言っている』
『ええ……普通、作者がいたら遠慮しない? 逆に言いたい放題言えるとかやっぱりサキュバスはちげえや』
「黒髪ロング属性というのは、デザインする人のセンスが最も問われるものと言っても過言じゃない程奥が深いものなんですよ。需要がある属性であるが故に確かにメジャーですが、その分供給も多い。そしてそこに、ストレート縛りまで付けるとなると更に他クリエイターとの差別化を図るのが困難になるのです。受け手、消費者はその中で自分の推しを選びます。その判定基準は、キャラクターの性格や背景などの中身を考慮しなければ、造形の良し悪し……つまり、クリエイターの腕次第になるんですよ。つまり、素材の味そのままが出るというものです」
一度落ち着いて息を整える。少し多く喋りすぎてしまったけれど、まだ言いたいことはある。
「そして、あなたの腕の部分で言えば素材の味だけで戦える程はありません。ハッキリ言って、黒髪ロング1本で活動していくには厳しいですね。それでいくつもりなら、もっとデザイン技術力の部分を鍛えるべきだと私は思います。現状の地力で即戦力としてやっていくつもりなら、黒髪ロングの拘りを捨てて、別のサブ的な要素も混ぜながら活動していくのも手だと思います」
『バッサリ言って草』
『ショコラちゃんの言っていることもわからんでもないけど……もう少し言い方というものが……』
「ここからはちょっと自虐が入りますが……私も正直言って、あなたのことをとやかく言える程、技術力が優れているのかと言われるとそうではありません。私が今まで制作した作品を見てくれればわかりますが……私の作品は本当に需要の隙間を縫うよう……そんなある種邪道的な道を選んでいるのです。そうしたものが入る余地がない技術力での殴り合いなら私はここまで来れなかったと思います」
サキュバスメイドという組み合わせ勝負から始まり、ちょっとしたお遊びで作ったのになぜかヒットしたケルベロス。キャラ設定を変な方向に盛っているビナー。罰ゲームで作ったのになぜかヒットしたクマ。確かにアイディア勝負で持ってきたことは否定できない。
『王道で戦うことの厳しさを知っているショコラちゃんだからこその言葉か』
『確かに深いわ』
『自分の強み弱みがわかっているからこそ、見えてくるものもあるんだなあ』
なぜかコメント欄では俺が深いことを言った流れになっていた。俺としては、「王道で戦えないお前が言うな」と言われるかと思った。
「クリエイターが目指すところを決めるのは他人ではなく、自分です。私はこうした方向に進んだ方が良いんじゃないかというアドバイスしかできません。厳しい道であることを覚悟しつつ黒髪ロングへの拘りを捨てられないというのならば、それも良いと思います。色々と失礼なことを言いましたが、あなたはまだまだ伸びしろがあるので、これからも頑張ってください」
ここまで言って俺は理解した。俺の決定的な短所。弱点。それは、供給量が多い王道で勝てないということだ。そこで点数を落としてしまうから、どうしても全体的な流れで見るとムラがあるように見えてしまうのだ。
「さて、そろそろここで評定、添削の方は終わりましょう。残りは、ちょっとした雑談タイムを」
紹介するものも終わったので、雑談配信に切り替えてから、そのまま流れ的に配信を終えた。
他人の欠点を指摘することで、自分の中にあった弱みの正体が見えてきた。本当に俺にとって有意義な配信になれたから、この配信をやった意味はあった。後はこの情報をどういう風に向き合っていくかだ。
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