第171話 決戦前夜

 使用人の少年の女装展開以外は特に大きな問題に見舞われなかった俺は、ついにコンペの作品を完成させた。一旦、万一の時のために、完成品のバックアップをきちんと取っておく。その後に手直しをして、更なるブラッシュアップをはかる。バックアップをきちんと取ってあるので、手直しの段階で復元不可能な問題に直面しても安心だ。この作業を怠ると本当に泣きを見る。こうした、転ばぬ先の杖をきちんと用意しておくのもクリエイターの資質とも言える。どんなに優れた作品でも、たった1つの失敗で取り返しのつかないことになる可能性がある。


 そうした最終調整を済ませて、最後に自分の作品を通しで何度も何度も見返して、不具合がないかを確認した。よし、大丈夫だ。期日2日前だけど提出しよう。今日、明日、明後日に提出できない状態に追い込まれるアクシデントが起こらないとも限らないしな。そう考えると、ここが調整できるギリギリのラインだ。


 俺は再度応募要項を確認して、提出形式に問題がないかを確認した。この形式を間違うだけで、最悪コンペの参加資格を剥奪はくだつされることだってありえる。


 慎重に再度見落としがないかを確認して、いざアップロードして提出! もう後戻りはできない。そして、長かったコンペ制作についに終止符が打たれた。俺ができることはもう何もない。正に【人事を尽くして天命を待つ】という奴だ。


 さてと、ここまでお世話になった昴さんに提出したことを報告しにいくか。


「昴さん。今、提出が終わりました」


「おお、お兄さん。お疲れ様。審査は約1週間後に始まるから、それまでゆっくりと休んでね」


「はい。今までありがとうございました。昴さんのサポートのお陰でここまで来れました」


「俺は大したことしてないよ。お兄さんが頑張ったからここまでこれたんだ。コンペ、いい結果が出るといいね」


「はい!」


 ショコラの配信はコンペが終わるまではやらないと事前にチャンネルの方で通達してある。提出した今は暇になったので、配信する余力はある。しかし、配信してしまったら、参加者を含めた関係者のみに伝えられている締め日が推測されてしまう可能性がある。一応、守秘義務のような固い感じのものではないからバレたところで問題はないんだけど……なんかバラしたくない。


 今回のコンペは外部の人間にも協力を要請できるし、普段会社勤めをしている人もいる。その関係上、彼らと連携を取ったりスケジュールを調整をするために締め切りの日を伝えることは許されている。不特定多数の人に公言することは控えて欲しいと言われたから、俺は昴さん以外の人に締め切りの日は伝えていない。


 まあ、配信をする予定がないし、コンペで創作意欲の大半をつぎ込んだ。今は制作モチベがないから、充電期間として普通の高校生活を過ごすか。たまには、こういうのもいいだろう。



 1週間限定の普通の高校生生活を送ろうと思い立ったものの……三橋や政井さんは普通に放課後は部活をしているから遊べない。藤井は帰宅部だったけど、あいつはあいつで囲碁の勉強で放課後は忙しいらしい。将棋を指せ将棋を。


 つまり、3Dモデルを制作してない場合は、俺は単なる帰宅部でしかない。大半の高校生は何かしらの部活に所属しているし、俺の友人で帰宅部はいない。放課後の遊び相手がいないというしょうもない1週間を過ごすことになったな。


 一般的な帰宅部の普通の高校生って何するんだ? そんな答えの出ない疑問を解決できないまま、壺に入ったまま登山をするゲームをするだけの虚無な1週間を過ごした。


 審査前日だし、そろそろ審査の方法を改めて確認しよう。まず、最初に行われるのはリスナーによる審査だ。某企業の監修の元、不正を検知する公平公正な電子投票で、1人1票の投票が行われる。


 最初にVストリームのセフィロトプロジェクトの公式チャンネルで、ライブ配信が行われる。その配信で、コンペ参加者の動画がランダムに流される。これがリスナーに対する初お披露目となる。


 リスナーは、誰がどの作品を制作したかの情報を知らない。公平を期すために、クリエイターの人気ではなく作品の質だけで勝負するのだ。仮に名前を公表されていたら、投票者の層的に、社長で露出が多い匠さんや多くのファンを抱えている公式ライバーのティファレトさんが有利すぎるし、俺としては助かるルールだ。


 そして、この審査で得られる得点は最大110ポイント。これを参加者全員で得票率を元に奪い合う採点方法になる。


 全員の得票率が同率の9パーセント程度だった場合、全員に10ポイントが加算される。もちろんそんな奇跡はおきないので、1位の得票率が50パーセント、2位が25パーセントだった場合、1位の人には110点の50パーセントの55点が与えられる。2位の人は25パーセントの27.5点。小数点の端数は四捨五入されるので28点となる。もちろん、得票率も小数点になるだろうし、それを元にした割合も小数点になりやすいのでこんなわかりやすい計算にはならないだろう。四捨五入の結果次第では、全員の合計点が111点になったり、109点に丸まったりもするだろう。


 そして、リスナーの投票期間は約2週間。その集計が終了したら、5人のプロの審査員による点数付けが始まる。もちろん彼らもリスナー同様、誰がどの作品を制作したかを知らない。彼らの持ち点は1人、110点である。これらを自由に作品に振り分けることができる。全員に10点を付けることもできれば、1人だけに110点を付けることも可能だ。


 そして、最も恐ろしいのは、審査員には点数を余らせる権利を有している。つまり、ありえないだろうけど、参加者全員の作品が点を付けるに値しないと思ったら全員0点を付けることも可能なのだ。


 まあ、1人だけに110点や全員0点なんて八百長疑惑が出るような不審な点の付け方をする審査員もいないと思う。リスナー投票の小数点の丸めや審査員のポイントの余らせを考慮しなければ、合計点は660点。これを参加者11人が奪い合うのだ。


 下馬評が9パーセントを確保していれば、とりあえず期待されている部類に入る基準だったけど、このコンペでは60点が基準になるということだ。


 ルールを改めて自覚したところで、師匠からメッセージが来ているのに気づいた。


Rize:Amber君。いよいよ明日から審査が始まるな


Amber:そうですね師匠。どっちが勝っても恨みっこなしですよ


Rize:ああ。私に勝てるくらいの成長を見せてくれAmber君


 師匠のメッセージを見ていると燃えてきた。今日は眠れるかどうか怪しくなってきたな。


Rize:ところで、Amber君は明日、兄貴の会社に行くのか?


Amber:ええ。行くつもりでいます


 公式生放送の最中、コンペ参加者は控え室でその様子を見ることができる。コンペ参加者と交流しながら、作品についてのアレコレを語れるいい機会だ。


Rize:そうか。でも、他の参加者にキミの正体がバレないか?


Amber:その辺を匠さんに相談したら、師匠の付き添いと見学を名目に特別に許可したていにしてくれるそうです


Rize:ああ……兄貴が考えそうな方法だな


Amber:一応、建前上は師匠と一緒にインしなきゃまずいですかね?


Rize:そうだな。それでは一緒に待ち合わせしてから、向かおうか


Amber:はい!


 師匠と待ち合わせの時刻と場所を擦り合わせてから、俺は就寝した。明日は、多くのクリエイターに会える日だ。色んな意見交換もしてみたいし本当に楽しみだ。流石に全員来るってことはないだろうけど、誰が来るんだろうか。ズミさんは来るかな。


 そうした考えをぐるぐると頭の中で回転させている内に俺は眠りについた。



 待ち合わせ……Amber君と2人きりで待ち合わせ。これは実質デートなのでは……おっといけない。私は修行をしたんだ。この程度で精神を揺らがせてはいけない。また邪念に囚われてしまう。


 やっとAmber君と連絡を取れたし、明日はAmber君に会えるし本当に楽しみだ。明日の服は何着ていこうかな……これくらい迷うのはいいよな……?

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