第134話 水平思考クイズ②【証拠隠滅】(前編)

「さて、1問目が終わったけど、ビナーちゃん。どうだったかな?」


「個性的な問題でしたね。私にはない発想でした。私だけだったら多分解けてなかったと思います」


 獅子王さんのフリに答えるビナー。確かに女の子が答え辛い問題を出すのは少し酷いと思う。


「はい。というわけで、この問題は丸々カットして、次の1問目にいきます。私の先程の回答の功績もなかったことになりますね」


 急に獅子王さんがカット宣言をした。収録だから、使うところと使わないところがあるのは当然だけど、問題をバッサリカットするとは思い切ったことをする。


「おっけー。わかった。カットね」


 問題を出した佐治さんはアッサリと受け入れた。いいのか……それで。


「え? どういうことですか?」


 ビナーはすっかり混乱している。ライブ配信が主体で、動画の収録経験が少ない彼女は、状況を良く飲み込めていないようだ。


「ごめん。ビナー君。最初からそういう段取りだったんだ。水平思考初心者がいきなり、私たちと同じくらいに質問できるとは限らない。こちらもゲストを立てなければならない都合上、ビナー君とショコラ君がどこまでのレベルかを測る必要があったんだ。だから、これはそのための捨て問題だったというわけだ」


 コクマーさんの言い分を聞いて、俺は納得した。だから、最初の問題のクオリティがちょっとアレだったんだ。捨て問題前提だからこそのおふざけだったのか。


「そうだったんですか……なら、リハーサルでやってくれても良かったのに」


「リハーサルと本番ではどうしても勝手が違うと思ってね。緊張具合が全然違うし……だから本番という環境で2人を試したかったんだ。それに、2人のどっちかが活躍を見せたり、正解してくれたならそのまま採用する予定だったし」


 確かに俺も始まる前はかなり緊張していたと思う。そのせいかわからないけど、あんまり質問できなかったし。でも、気になる点が1つあった。


「あの。質問いいですか? 私たちの実力をはかるためだったのはわかるんです。でも、だったら何で獅子王さんは正解したんですか? 問題が早く終わったら、意味ないじゃないですか」


「そうだな。ショコラちゃん。それは。私が問題の答えに気づいてしまったからだ。あの答えを女性の口から言わすわけにはいかないだろ? もちろん間違っている可能性はあったが、それはそれでその可能性を潰すことができる。そうしたら、私は傍観側に回る予定だった」


「なるほど。そうだったんですね。配慮していただきありがとうございます」


 別に俺の中身は下ネタに対して抵抗がない男子高校生だからいいけど……世間一般では俺を女性だと本気で信じている層がいるからな。


「さて。佐治。お前いくらこの問題がボツになるのがほぼほぼ確定だからって、よくもまあこんな問題用意したな」


 福下さんは佐治さんにツッコミを入れた。やっぱり、女性がいる場でこの問題を出したのはみんながまずいと思っていたのか。


「キミに俺の気持ちがわかるのか? ボツになるのが確定の問題を作らされたり、人の2倍の労力を与えられた俺の気持ちが!」


 確かに不採用になるのがわかっていて、本気で仕事に取り組むのは中々に心に来るものがある。俺だって、CGを作る際に「どうせボツにするけど、本気で作ってね」って言われたら、やる気を90パーセント削がれる。


「自分から率先して立候補したのはキミだろ」


「だって、司会もやりたくなかったし、ゲストの招待もしたくなかったから……」


 佐治さんの想いをコクマーさんがバッサリと斬った。一瞬、同情しかけたけど、結局自業自得だった。


「というわけで収録再開するぞー……では、1問目。先陣を切るのはこの獅子王ツバサだ」


 佐治さんの問題がなかったことになったので、獅子王さんの問題が1問目になった。


「タイトル。【証拠隠滅】」


 証拠隠滅。タイトルからして、最早事件の臭いしかしない。流石にさっきと違って下ネタ要素はないよな? 少年が成人向け書籍の痕跡を親にバレないように消したなんてオチだったら、流石にキレるぞ。


『女は夫が浮気をした決定的証拠を見つけたが、それを処分した。なぜ?』


 おお。今度はまともな問題っぽい。ゲームが開始したが、リドルトライアルのメンバーは動こうとしない。先程は全く遠慮せずに初手に質問をぶつけたのに。もしかして、ゲストである俺たちの見せ場を作ろうとしているのか? なら、最初に俺が質問するか。


 まず、詰めなければならない要素を考えてみよう。今回は女が“夫の”浮気の証拠を消したという理由を問う問題だ。女が自身の浮気の証拠消した。それなら当たり前だが、夫の証拠を消すのは奇妙。それがこの問題の肝だ。


 俺は1つの仮説を思いついた。それが当たっているかどうか確認するために質問しよう。


「はい。女が消した証拠は写真ですか?」


「いいえ」


 違ったようだ。浮気の証拠の定番と言えば、写真。夫と浮気相手が逢瀬している瞬間を捉えた。しかし、その写真には女にとって不都合なものも一緒に写っていたというパターン。例えば……女が犯罪者で女の犯罪の証拠も一緒に写っていたとか。


 写真が否定されたとなった以上、別の仮説が必要だ。それとも仮説を唱えずに、浮気の証拠の分類を狭めた方がいいのだろうか。獅子王さんは「写真ですか?」という問いに「いいえ」と答えた。「関係ない」ではなくて、「いいえ」だ。つまり、写真ではこの設問は成り立たない。証拠はなんでも良いワイルドカード的な立ち位置ではない。つまり特定する必要がある情報の可能性が高くなった。


 俺が次の一手を考えていると、ビナーが「はい」と自己主張した。質問が思いついたのだろうか。


「浮気の決定的証拠は、メッセージのやりとりですか?」


「いいえ」


 写真に次ぐ王道の証拠パターンのメールやSNSアプリでのやりとりではない。うーん。浮気したこともなければ、そもそも彼女すらいない俺には難しい問題だな。それに獅子王さんは、俺とビナーの質問に即答で「いいえ」を返したから、悩む要素がない遠い位置ということか。


「質問。女が見つけた夫の証拠……それは、消した決定的証拠以外のものも存在する?」


 福下さんが質問を開始した。俺とビナーが質問したのを見て、動き出したのだろう。やっぱり、初手は俺たちに譲ってくれたみたいだな。最初の捨て問題で、俺たちがきちんと質問できる能力があることを見越した上での判断ということか。水平初心者だと、最初の質問すら浮かばなくて停滞する可能性も十分ありえるからな。


「はい」


 存在するんだ。しかし、それが重要な要素かどうかわからない。解答にストーリー性を持たせるフレイバーテキスト的な要素かもしれない。


「その証拠を消さなければ、女に不利益はあるのかい? 獅子王君?」


「別に不利益はないよ。佐治ちゃん」


 女に不利益がないのに、証拠を消してないのか? これは結構重要なことじゃないか? 俺は証拠が存在すると女が困るから消したものだと思っていた。実際、最初の考えも、証拠が残ることで女の犯罪者であることが白日の下に晒される。つまり不利益があるという前提で物事を考えていた。俺の考えの根本が違っていたことになる。この思考のロックが解けたのは大きい。佐治さんの質問に助けられた。こうなったら一から考え直そう。


 そう思った時に、俺はなんか気持ちの悪い。不安が残るような感覚に襲われた。俺の勘が働いているのか? 最初の思考をまっさらにしてはいけないと……最初の俺の考えの中で、まだ1つ確定していない事項があった。それは、女が犯罪者だということだ。立てた仮説は立証か反証の根拠がなければ気持ち悪くなる。ここに来て、学者の父さんから受け継いだ血がうずきだしたというのか。間違っているならそれでいい。また振り出しに戻るだけだ。ただ、目の前に正解に続く扉の鍵があるのに振り出しに戻るのが最もやってはいけないことだ。どうせ損はしないし、俺は質問することにした。


「もしかして、女は犯罪者ですか?」


「はい。凄くいい質問だねえ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る