第96話 ローカルだから致命傷で済んだ

 本当になんにもない1日。そういうものは日常の中に存在する。特に予定もないし、学校でも特別変わったこともない。そんな凪のような1日に嵐が飛び込んできた。


 スマホの通知音が鳴る。どうやら、賀藤家の家族のグループにメッセージが届いたのだ。そのメッセージの送り主は姉さんだ。十中八九ロクなメッセージ内容ではないが、一応見ておこう。


真鈴『ねえねえ。きいてきいて。とんでもないビッグニュースがあるんだよ。腰を抜かして驚かないでね』


 早くそのビッグニュースとやらを言って欲しい。無駄に引き延ばしていいのは、あるあるネタくらいなものだ。


真鈴『私のバンド、エレキオーシャンがテレビ出演することに決定しました!!!! しかも生放送!!!!』


 は? テレビ局のディレクター頭おかしいんじゃないか? 企画する方もおかしいし、それを通すプロデューサーもおかしいだろ。他のバンドメンバーはともかく、姉さんは生放送で出していい存在じゃないだろ。


 テレビってことは全国区か? 嫌だなあ。全国に身内の恥が晒されるなんて。ネットで動画を公開しているから既に全世界に発信されてはいるけど、テレビはまた視聴層が違ってくる。ファン以外が開かないであろう動画と違って、テレビは興味ない層にも発信されるし。


真珠『おー。凄いねお姉ちゃん。なんのテレビ番組出るの?』


真鈴『夕闇ワールドワイドだよ』


 良かった。全国区の番組じゃない。ローカル番組だ。なんとか致命傷だけで済みそうだ。


大亜『良かったな。真鈴。ところで、ギャラ入ったら借金返してくれよ』


 まだ借金返済してなかったのか。CDの売上伸びたんじゃなかったのか。


真鈴『ごめん。ギャラはあんまり高くないんだ。CDの時のように四等分されたら返済額に届かない』


大亜『そうか。それなら真面目に働いて返せ』


真鈴『ひー。私が安月給なの知ってるくせに』


千鶴『とりあえずおめでとう。スタッフさんに迷惑かけるんじゃないよ。母さんの仕事相手かもしれないんだから』


 母さんも姉さんに対して、「おめでとう」なんて言うことがあったんだな。底辺とは言え高校に受かった時も「受かって当たり前。あの高校に落ちる方がどうかしている」とか全く相手にしてなかったのに。


彩斗『おめでとう真鈴。お前ももういい大人だ。父さんがどうこう言うような歳ではないが、しっかりやるんだぞ』


真鈴『はーい。パパとママもありがとねー』


琥珀『おめでとう姉さん』


真鈴『琥珀。友達に自慢してもいいよ』


琥珀『いや。この事実は永遠に隠匿する』


真鈴『なんで!!??』


 俺のクラスメイトで姉さんがいることが知っているのは政井さんくらいだし、別に俺は政井さんと特に仲がいいわけではない。政井さんはエレキオーシャンのファンだし、自力で情報を得るだろう。だから俺から言う必要もない。



 姉さんからの報告があった翌日。エレキオーシャンの公式アカウントがSNS上でテレビ番組に出演する旨を伝えた。全国区の番組ではないだけに、対象外の区域に住んでいる一部のファンが嘆いているのが散見された。というか地元以外にもファンいたのが地味に驚きだ。マリリン推しのアカウントが対象内地域ということで発狂してたけど、なんか関わったら負けな気がしたのであえて触れないことにした。


 そして、案の定師匠からメッセージが来ていた。


Rize:Amber君聞いてくれ。今度私たちのバンドがテレビに出演することになったんだ


Amber:おめでとうございます師匠。昨日、姉さんから聞きました


Rize:ん? おかしいな。今日が情報解禁日のはずだけど


 あのアホは情報解禁日も守らなかったのか。家族とはいえ、先にお漏らしするとかどうしようもないな。


Amber:師匠がテレビに出るのを楽しみにしてますね


Rize:ああ。あんまり気乗りはしないけど、バンドの今後のためだ


Amber:でも、師匠がテレビに出たら人気者になったりして


Rize:やめてくれ。私は人気者なんてガラじゃない


 バンドをやってる人は目立ちたがり屋な人が多いってイメージだったけど、師匠はそんなイメージではないな。どちらかと言うと一匹狼タイプというか。


Amber:でも師匠が人気者になったらそれはそれで嫌だな


Rize:それはどういう意味だ?


Amber:だって、師匠が人気者になったら、俺に割いてくれる時間がなくなるじゃないですか


 俺もまだまだ師匠に教えを乞いたい立場ではある。現状ですら繁忙期の時は、あんまり作品を見てもらえない。そこにファンへの対応が追加されたら、師匠の負担が更に増えてしまう。


Rize:そんな心配しなくても、私はAmber君を優先するぞ


Amber:師匠優しいんですね。ありがとうございます


 師匠の優しさが身に沁みた。さて、夜も遅いしそろそろ寝ようかな。ただ、少し喉が渇いた。寝ている間にも水分が失われるから、脱水症状を防ぐためにも水でも飲みに行くか。


 俺は自室を出てリビングに行こうとした。リビングには電気がついていて話し声が聞こえる。もうすぐ日付が変わる時間帯なのに一体誰が話してるんだ?


「あの子の活躍が世間に認められつつあるのね」


 母さんの声だ。あの子? 誰のことだ?


「やっぱり子供の活躍は嬉しいものか?」


 もう1人は父さんの声だ。会話内容が気になるな。バレないようにこっそり聞き耳立ててみるか。


「当たり前じゃない。子供の活躍を喜ばないほど親として不出来なつもりはないわよ。真鈴も私の反対を押しのけて自分の道を進んだんだもの。それくらいやってくれないと逆に困る」


 姉さんの話をしているのか? だとするとこの会話内容はテレビ出演のあれについての話か。


「いい加減面と向かって応援してやればいいんじゃないのか?」


「そうね。もう少し名が知られるようになったのなら考えてあげなくもないかな」


 母さんが姉さんを応援している? そんなバカな。だって、母さんは姉さんを見限ってるような態度を見せたはず。なのにどうして。


「ウチの子たちは千鶴が思っているより強いと思う」


「そうね。でも、一見強そうに見える子たちが潰れていったのを私は何度も見てきているの。子供たちの目には私は厳しく映るかもしれない。けれど、創作者として表現者として活動するなら、世間はもっと厳しい目で見る。ただ厳しいだけじゃない。悪意を持って接してくる人たちも中にはいる。私の発言程度で根をあげて夢を諦めるなら、そんな夢は捨てた方がいい」


 悪意のあるコメント。幸い俺のところにはそこまで酷いコメントは来たことがない。けれど、他の配信者のコメントにそこまで言うのかって思うものもいくつか見てきた。


「それに、自分の最も身近な存在である肉親。それの心1つ動かせない人が、他人の心を揺さぶる創作ができるのかしら? 肉親である以上、感性も似通ってくるし、どうしても贔屓目で見てしまう。その状態で私の心を動かせなきゃ、大成するのは絶望的ね。中には親と絶縁してでも自分の道を貫いて成功する人もいる。どちらにせよ親と対立してでも夢を追いたいと思わなければ素質はないと私は思うわ」


 随分とハッキリものを言ってくれる。悔しいけど母さんの言っていることにも一理ある。自分の能力に見合ったことをしなければ、伸び悩む。それは勇海さんの一件があったばかりだから、痛いほどよくわかる。


「私は、手放しで子供を応援するほどいい親ではないのかもしれない。けれど、素質がない子を戦地に赴かせるほど残酷な親でもないつもり」


 やっぱり、俺と母さんは親子なんだなと痛感した。俺は自分の絵に限界を感じたから……素質がないことを悟ったから夢を諦めた。そして、勇海さんには実況者の素質がないから別の道を模索させた。それは悪意があってのことじゃない。勇海さんのことを想ってのことだ。


「まあ、それにしても真鈴のあの時の説得には笑ったな」


「ええ。そうね。あれでは、納得せざるを得なかったもの」


 説得に笑った?


「『私が公務員になれると思う? 私が安定している大企業に就職できると思う? その可能性は0だよね? だったらバンド活動の方が可能性あると思わない? 私にとっては内定貰えない勝負をするより、音楽の道の方が安定しているんだよ』 ここまで反論の余地がない説得されたのは初めてだったわ。もう心が動いたというよりかは諦めざるを得なかったわ」


 確かに姉さんの場合はその通りすぎることだ……だけど、俺はその手法だけは使わないようにしよう。なんか人としての尊厳を失う気がする。

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