第60話 お絵描き配信
勇海さんと会ったことで俺の心の中でなにかが変わったような気がする。昔、置き去りにした忘れ物が見つかったような感覚。あるいは、名前すら忘れていた幼稚園児だった頃の友人に会って思い出が蘇ったのと近いものを感じた。
要は、久しぶりに本気で絵を描いてみたい。そう思ったのだ。
俺だって、完全に絵を描くことをやめたわけではない。ショコラを作成するにあたって、キャラクターの原画を描いた。とは言ってもこれは本当にラフ画で、イラストと呼べるような代物ではない。俺の頭の中のイメージを固めるために描いたもの。それだけに過ぎないのだ。
お絵描きの山の配信だってしたし、絵を描くことそのものが嫌いになったわけではない。ただ、小学生の時のように本当に心の底から楽しく描けていたかどうかと言われるとそうではなかった。
今は3Dでモデリングするのが本当に楽しい。それは間違いない。けれど、久しぶりに筆を取ってみたくなったのだ。
俺はペンタブを手に取って、2~3度、深呼吸をした。そして、覚悟を決めた。よし、お絵描き配信をするぞ。
Amber:師匠。今日はお絵描き配信をしてみたいです
Rize:んーお絵描き配信か。この前みたいなお絵描きの山じゃなくて、ガチのお絵描きなのか?
Amber:そうですね。デジ絵を描く環境は整っているので、やろうと思えばいつでも描けたんですけどね
Rize:そうだなー。Amber君の画力は高いからな。お絵描き配信も悪くないかもしれない
ショコラのモデルを作成する前。キャラデザ案のラフを何枚か師匠に送っているのだ。つまり、師匠は俺の絵のクオリティを知っている。
Amber:描く題材が思いつかないんですよね。師匠。なにかいいアイディアはありますか?
ショコラとして配信しているのに、自分の絵を描くのは変だし。かと言って、セサミの絵を描こうにも、犬の絵を描いたところで需要があんまりない。たまにコメント欄に沸くセサミ推しもいるけれど、需要の範囲がいくらなんでも狭すぎる。
Rize:お題はAmber君の最推しでいいんじゃないのか? 例えば、とあるガールズバンドのギター担当とか
Amber:そうですね。考えておきます
師匠がなんか変なこと言い始めた。多分、頭かなんかを打ったんだろう。
さてと。どうするかな。最近気になっているVtuberとか描こうかな。たまには、ファンアートとか描いて交流したいな。
◇
『本日、ショコラのお絵描き配信をします。ショコラブのみな様はぜひいらして下さいね』
SNSで告知して、早速動画の配信をスタートさせた。とりあえず、描く題材は決まった。後はなるようにしてなるだけだ。
「あ、あー。聞こえます? 聞こえますか? はい。大丈夫ですね。ありがとうございます。それでは、本日の配信を始めます。よろしくお願いしますね」
『よろしくー』
『お絵描き配信と聞いて』
『お絵描きの山の時は上手かったよね』
『3Dモデル作れる人は大体絵心ある説』
『セサミたそを描いてくれるんです?』
「はい。よろしくお願いします。お絵描きの山はですねー。時間制限があるから、あれも中々に難しいんですよ。正確に描くことよりも特徴を捉えて描くことが優先されますからね。それに、私もそこまで上手くないですよ。私よりも上手い人は世の中にいるんですから」
謎のセサミ推しの人がまた来ている。残念ながら、彼? 彼女? の需要は満たされることはないだろう。
「それでは、描き始めるので、私がどのVtuberを描いているのか当てて下さいね」
俺はお絵描きを始めた。まずは、アタリだ。まずは楕円を描く。この時点で人間を描こうとしているのはリスナーに伝わったと思う。一部残念がるコメントが見受けられたが、あえてスルーして全身図を描き続ける。
この体の曲線具合は間違いなく女性のそれだ。体型で男女どちらかを絞ることができるだろう。男性Vtuberを描いてくれることを期待した勢が落胆している。
『女性Vtuberなのかな。もしかして、最近絡みがあったマルクト様?』
『セサミ擬人化説を諦めない』
『もしかして、ショコラちゃんは自分自身を描いているとか?』
「ふふふ。正解は出ているのでしょうか。それはまだひ・み・つです」
思わせぶりなことを言ったけれど、まだ正解は出ていない。全身の線は既に描き終わった。ざっと描いた線を体の輪郭として見えるように丁寧に描いていく。
『輪郭エッッッッッ』
『これをエロく感じる兄貴はマネキンでもイケそう』
ある程度仕上げたところで、画面から目を離して全体像を確認する。バランスは取れている気がするが、少しだけ腕の角度が気に入らない。ちょっとポーズを変更するか。
その工程を数回繰り返して、全身図を完成させた。ドレスを身にまとった女性の体形をしたなにか。まだ首から上は手を付けていないので目も鼻も口もないし、髪もない。これから、それらを描き上げていく。
まずは目を描き入れることにした。特徴的な釣り目の形を適切な位置に描いていく。デジ絵は修正が容易だから大胆に描けるのがいい。
そして、瞳を描き入れていく。キャラクターイラストは瞳がかなり重要であるから
、念入りに実物の資料と見比べている。それにしても、このキャラクターのキャラデザの完成度は本当に高い。本当に絵が上手い人が描いたんだな。と思えるくらいだ。
『もしかして、カミィ?』
『あ、本当だ。この目の特徴がまんまカミィだ』
『よく見たら、ドレスもカミィのものだね』
「ふふふ。正解です」
リスナーたちは正解に気づいたようである。そう。俺が描いていたのはギャル吸血鬼Vtuberのカミーリア・アンデルセン。通称カミィである。
そう。以前カミィのアカウントからショコラのファンアートを貰ったことがあったのだ。今回はそのお返しとして、カミィにファンアートをプレゼントしようと思って、この題材を選んだ。
『眷属の俺大歓喜』
『やっぱり、ショコラちゃんってカミィと出来ているの?』
『魔族コンビ尊すぎるぜバーロー』
その後も配信を続けて、サイドテールの髪まで描きあげた。なんとか全体の線画を描き終えることができた。色塗りはまだ終わっていないが、時間的にもそろそろキツくなってきたので一旦配信をストップすることにした。
「ふう……とりあえず今日はここまでにしましょう。次回は、お絵描き配信。色塗り編をやりますかね。配信に遊びに来てくれたみな様。ありがとうございます」
こうして、ショコラのお絵描き配信は終了した。結構絵を称賛するコメントが多くて、救われた気分になった。正直言って、少し叩かれるんじゃないかなと思って心配してたのだ。
配信が終了して、カメラも切ってパソコンの電源も切ろうとしたその時、メッセージが来ていることに気づいた。これは……師匠からだ。
Rize:お絵描き配信お疲れ様ー
Amber:師匠。見てくれていたんですか? ありがとうございます
Rize:ねえ。Amber君。まさかとは思うけど、Amber君ってギャルが好きなのか?
Amber:いえ。別にギャルが特別好きってわけじゃありません
Rize:え? じゃあ最推しってわけじゃないのか?
師匠がなにに拘っているのかよくわからないけれど、今回カミィを描いたのは、カミィを推しているからとかそういうのではない。ただ単に、ショコラがまだ活動を始めたての頃、ファンアートを送ってくれたからそのお返しを描こうとしただけだ。
Amber:推しもなにも……前にファンアートを送ってくれたお返しを描いているんですよ
Rize:よし、許す
Amber:許すってなんですか!? 俺、怒られる寸前だったんですか?
最近の師匠はよくわからない。仕事やバンド活動が忙しいみたいだし、色々とストレスが溜まっているのかもしれない。大人は大変だなあ。
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