第29話 新しい動画編集ソフトとネタ探し

 Vtuber活動をして初めて得た収益。それの使い道は決まった。俺は、震える手でマウスをクリックして、購入手続きをする。もう後戻りはできない。やっぱり他の製品が欲しかったと言っても手遅れだ。


 有料動画編集ソフトを購入が完了した。無料の動画編集ソフトでもある程度のことはできるが、トップ勢の動画投稿者は有料のものを使って時間を短縮するという。


 やはり、動画を作る上で一番時間がかかるのは編集作業だ。たかが10分の動画を作るのに数日かかることもあると言う。際限なく凝れる世界なのでそうなってしまうのは仕方のないことだろう。


 今回買った動画編集ソフトは動作が軽いと言われている。俺のパソコンはスペックが高めに設定してあるが、それでも動作が軽いに越したことはない。


 俺は早速、動画を編集してみることにした。俺もエレキオーシャンのリゼさんみたいな動画を作れるようになりたい。その思いで動画に派手なエフェクトをかけることにした。


 俺は手あたり次第に、色んなアクションエフェクトを突っ込んだ。動画を再生させると画面内がエフェクトの暴力に支配されている。凄い。これだけエフェクトかけても全然処理落ちしない。流石有料ソフトだ。馬力が違う。


 しかし、どうにも画面が下品だ。ただ、エフェクトをかければいいというものではないか。どうすれば、リゼさんみたいな動画を作れるようになるのだろうか。師匠に相談してみようかな。


 そう思って、俺はメッセージアプリを立ち上げた。すると、1通のメッセージが届いているのが確認できた。


Rize:Amber君。忙しいのでしばらくの間返信できません。ごめんね


 なんだ。師匠も仕事で忙しいのか。それは大変だなあ。師匠も社会人だし、しょうがないか。多忙の身でありながら、俺の面倒を見てくれる師匠には感謝しかない。


 さて、次の動画のネタ探しのためにSNSを巡回でもするか。新しい編集ソフトを手に入れたところで、編集する動画がなければどうしようもない。なにかバズってるネタないかな。


 SNSを開いて真っ先に目に入ったのが、エレキオーシャン公式アカウントの投稿だ。


『現在、急ピッチで血塗られたお茶会のMVを作成してます。もうしばらくお待ちください』


 あー。これか。血塗られたお茶会が急に人気になったせいで、「MVはないのか?」って声が殺到したんだっけ。


 普段は、新曲発売から数ヶ月後にMVが投稿されるみたいだけど、今回は急に人気が出た異例中の異例だからな。エレキオーシャン側も折角、波に乗っている時期を逃したくないから必死になってMVを作っているんだろう。


 なんか。ショコラのせいで急に忙しくしてしまったみたいで申し訳ない。元々細々とやっているバンドだったのに。


 これからエレキオーシャンが有名になって資金力も手に入れられるようになったら、リゼさんもMV作成から手を引いて別の業者に委託するんだろうか。そうしたら、リゼさんのMVが見れなくなる。それはそれで寂しいな。


 少し切ない気持ちになりながら、俺は画面をスクロールさせた。


 次に目についたのが、女子更衣室脱出ゲームを作った作者のアカウントだ。


『新作フリゲを公開しました。女子トイレ脱出ゲームです』


 また変なゲームを作ってる……でも、動画の撮れ高が凄いゲームであることには間違いない。撮影してなかったらプレイしたくはないけど。


 これも一応、実況候補に入れておくか。まだ再生数を稼げるような新作ゲームを買うお金がない。だから、こうして隙間産業的な方法で再生数が取れるネタを探していかないと。


 この辺は本当に資金がない個人勢特有の悩みだ。企業勢だったら、こんな悩みとは無縁なんだろうな。ゲームとか機材とかも全部、会社の経費で落としてくれるんだろうな。いいなー。


 俺も会社のお金でゲームをやってみたい。おっと、いけない。思考がVに染まり切るところだった。俺が目指しているのはCGデザイナーだ。会社のお金でゲームしている場合じゃない。


 その他には……目ぼしい情報はなかったな。なんか、『男子が告白してきそうな雰囲気で呼び出して来たけど違った』とか謎の投稿が拡散されてきたけど、無視しておこう。俺の第六感がこいつとは関わるなと言っている。


 他の投稿は……とあるゲーム実況者が【女子更衣室脱出ゲーム】の実況動画をあげたって宣伝が回ってきた。ふむ。俺が実況したゲームを他の人が実況したらどうなるんだろう。ちょっと見てみようか。


 俺はURLをクリックして、動画のページを開いた。見覚えのあるタイトル画面が表示される。


「はい……どうもみなさん。緋色ひいろです。今回プレイするゲームはですね……」


 声色が暗い。ボソボソとしゃべりすぎ。マイクの音質が絶望的なまでに悪い。なんだこれ。視聴者に対する配慮とかそういうものが感じられない。最低限度の音質というかそういうものはやっぱり欲しい。自分で動画を見返してみて、音質が悪いとかそういうの気にならなかったのか。


 俺はすぐに下をスクロールしてみた。そしたら、そこに表示されていたのはチャンネル登録者数12人の文字。12人!? え? 嘘だろ。は、始めたてだよな? 流石に。


 俺は嫌な予感がして、その緋色とかいうゲーム実況者の投稿した動画本数を見てみた。その数なんと143本。実に俺が投稿した動画の数より多い。


 最古の動画は2年前になっている。この実況者は2年間。陽の目を見ずにずっと投稿し続けたというのか。


 なんか。動画投稿サイトの暗部みたいなものを見た気がする。俺も初動の動きが悪かったら、この人と同じように地下に沈んでいたかもしれない。そう思うとなんだか身震いがした。


 いや。でも。マイクの音質と喋り方が悪いだけでトークは面白いかもしれない。このまま視聴を継続してみよう。もしかしたら、トークスキルとかそういうものが学べるかもしれない。やっぱり、俺もトークスキルは欲しいところだ。話す力というのはVで活躍するにはもちろん必須だし、日常生活や社会生活を送る上ではあって損するものではないからな。


「女子更衣室脱出ゲームというゲームを実況します……俺はもちろん、女子更衣室には入ったことはありません。まあ、あったら犯罪なんですけどね……ふふ」


 自分のギャグで笑うな! しかも大して面白くない。笑ったとしても失笑レベルだぞ。


 なんかもうギブアップしたくなってきたぞ。でも、一応動画を開いた以上最後まで見てあげるか。


「このタイトル画面の体操服の女の子可愛いね。やっぱり、体操服姿というものはいいものですな。俺は体育が苦手だったんだけど、体操服姿の女子が見れるから体育は好きだったんだ。ああ、でも体操服が好きだからって盗んだりはしないよ。盗んだら犯罪なんですけどね……ふふ」


 前置きが長い! 早くゲーム始めないか! 視聴者はゲームのプレイ動画を求めて動画を再生しているんだぞ。そんなクソどうでもいい変態自分語りを聞きに来たんじゃない。そういうのはせめて、ゲームやりながら話すことがなくなった時に言え。


 ダメだ。この動画を見ても反面教師にしかならない。多分、2度とこのゲーム実況者の動画を開くことはないし、関わることはないだろう。


 俺は全てを見なかった、聞かなかったことにして動画をそっと閉じた。低評価を押したくなったけれど、既に15もついているから押さないでおこう。チャンネル登録者数より低評価多いとかちょっとかわいそうになってくる。


 ってか、この動画を拡散したの誰だよ。ショコラがフォローしているアカウントの中に犯人がいるな。よーし。ちょっと犯人捜しをしてみるか。


 そして、少し調べてあっさりと犯人は見つかった。それはギャル吸血鬼Vtuberのカミーリア・アンデルセンことカミィ。お前かー! お前がこのお世辞にもクオリティが高いとは言えない動画を拡散させたのか! 一体なんの目的で拡散したんだよ。


 カミィはなにを思ってこの動画を拡散しようとしたんだろうか。全くもって謎だ。

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