第21話 姉が作った曲を歌ってみた

 俺の姉、賀藤 真鈴が所属してるインディーズのガールズバンド【エレキオーシャン】。彼女たちはネット上でも活動をしている。動画サイトにバンドの公式チャンネルを登録していて、そこに自分たちが作った楽曲のMVミュージックビデオを載せている。姉さんが言うには、MV再生で入ってくる広告料はバンドの活動資金に充てているとのこと。とは言っても、広告料は1月あたり1万いかないと嘆いている。


 再生するだけで姉さんの活動が楽になるのなら、応援してあげるか。というボランティア精神でMVを再生してみた。そこまで規模が大きくないバンドだから、MVの出来は期待していなかった。しかし、いざ再生してみるととてもMVの枠で収まるほどのものとは思えなかった。


 演奏とヴォーカルの歌声、歌詞。それらが映像やストーリーとリンクしていて、まるで1つの物語、映画を観ているような気分になる。


 それに背景に映るCGアニメーション。それも、明らかに大量の資金が投入されているであろう出来だ。俺はCGに関する知識があるので、この制作者は相当な手練れであることを瞬時に理解できた。


 俺はすぐに姉さんに電話した。このMVを作った人物がどんな人物が気になった。数コールの後、姉さんが電話に出た。


「琥珀? どうしたの?」


「姉さん……MV観たよ」


「MV? ああ、凄いっしょ」


「凄いなんてもんじゃない。よく、あんなMVを作れるほどのお金があったな」


 俺は素直な気持ちを口にした。というか、MVにあれだけのお金をかけるとかお金の使い方が間違っているような気がしないでもない。アレは、もう少し資金力に余裕があるところがやるものだ。


「いいや。お金は殆どかかってないよ。だって、あのMV作ったのウチのメンバーだし」


「は?」


 まさかの自作MVだった。まさか、ガールズバンドのメンバーにこれほどの技術力を持っていた人がいたとは完全に予想外だった。


「もしかして、その人の本職って映像関係だったりする?」


「ん? 確かそうだったね。3年くらい映像関係の会社に勤めていたけど、最近独立してフリーランスになったとか。前の会社では残業続きでバンド活動の時間が取れなくて愚痴ってたからね」


 独立してフリーランスで仕事している。そんな凄い人物がまさか姉さんの知り合いにいたとは。既にCGで稼げるほどの技術力と営業力を身に付けている。正に俺が目指しているところだ。


「凄いな。姉さんの知り合いは」


「まあね」


 別に姉さんを凄いと褒めているわけではないのに、なんで姉さんが気を良くしているんだろう。電話越しでもドヤ顔が透けて見える。


「ちなみに、そのMV作った子はリゼって名前で活動しているから、後でバンドメンバー紹介動画見てみるといいよ」


「ああ。ありがとう。見てみるよ。じゃあ、そろそろ切るわ」


「うん。MV褒めてくれてありがとうね。リゼに伝えておくよ。きっと喜ぶと思うよ。ばいばーい」


 姉さんとの通話を終えた俺は、早速、バンドメンバー紹介ページを見てみた。動画を再生すると、収録スタジオらしき場所に4人の女性が映っていた。


「みなさん! 初めまして。私たちは4人組のガールズバンド【エレキオーシャン】です。よろしくお願いします」


 姉さんがでかい声で挨拶を始めた。まあ、姉さんは元気と料理だけが取り柄みたいなところはあるから。


「私はマリリン。ベース担当です。現在彼氏ぼしゅ」


 俺は動画のシークバーを動かして姉さんの自己紹介を飛ばした。姉さんの自己紹介は別に興味ない。


 カメラの視点が、髪をピンク色に染めた背が低い女性を映す。体格は小さいが、顔つきは大人の女性で幼い印象はあまり受けない。胸もそれなりにあるし。終始、笑顔で和やかな雰囲気のメンバーとは違って、女性は少し硬い表情をしている。


「私はリゼだ。ギター担当。苦手なものは甘いもの。嫌いな虫はクモだ。生理的に受け付けない男性のタイプは、店員に偉そうな態度を取る奴」


「ちょ、リゼ。なんで嫌なものばっかり紹介してんの。もっと、ポジティブな紹介してよ」


 確かに。苦虫を噛み潰したような表情をしているし、自己紹介動画としてはいい印象を持たれないかもしれない。


「ああ。そうだな。前職はCGや映像関係の会社に勤めていた。そのせいか、映像制作は得意だ。だから、その時の経験を活かしてMVとか作っていきたいと思う。このチャンネルに投稿するMVは私制作のものばかりになると思う。だから、MVが気に入ってくれた人は感想をくれたり、高評価ボタンを押してくれると私はとても嬉しい」


 MVの話しをしだしてから、顔が笑顔になった。一見、クールに見えるけど表情に出やすいタイプなのか?


「あ、後、バンドのホームページのガイドラインにも書いてるけど。歌ってみた動画とかを投稿するのは許可しているけれど、MVの映像を使うことは許可していない。その辺のガイドラインは守ってくれるとありがたい」


 リゼが切実なお願いをしている。そりゃそうか。あれだけ、魂を籠めて作ったMVを無断転載なんてされた日には泣いても泣ききれないだろう。


「一応、歌ってみた用のカラオケ音源は私が作って公開しているから、自由にダウンロードして楽しんでね」


 姉さんが作曲担当だったのか。それにしても、姉さんのバンドの楽曲は歌ってみたを許諾しているんだな。


 丁度いいや。次の歌ってみた動画の題材探しに困っていたところだ。姉さんのバンドの曲を歌ってみよう。そういえば、姉さんは新曲を出すとか言ってたな。新曲のMVはまだ投稿されていない。作っている最中なのかな。でも、新曲のカラオケ音源はホームページにあったし、CDも発売されている。歌うことはできるはずだ。


 新曲の【血塗られたお茶会ブラッティータイム】。魔界の屋敷に仕えるメイドがお茶会を開くというもの。アップテンポで過激な曲調で、メイドの立場で魔界の将来を憂うという楽曲。設定上では、サキュバスメイドのショコラに歌わせてみたい楽曲だ。


 俺は音源をダウンロードして、この曲を歌うことにした。後は、いつもの通り、防音設備が整っている姉さんの部屋を借りて録音しよう。流石に姉さんが在宅中にするのは避けよう。姉さんがバイトに行っている間に、録音は済ませる。もちろん、姉さんには部屋の使用許可は取ってあるからそこは大丈夫だ。流石にいくら身内とは言え、女性の部屋に無断で侵入はできまい。


 録音を終えた後は、Mix師に依頼をしてMix編集をしてもらい、投稿できる状態にした。後は、いつも通り、音声にショコラのリップシンクをするだけだな。


 しかし、あの凄いMVを見た後でショコラの動画を見るとクオリティの差に絶望してしまう。俺はモデリングの技術はあっても、演出面ではまだまだ未熟だ。どうすれば、人の心を震わせる演出ができるのかまだ試行錯誤している段階だ。


 俺の母さんは、演出家で多数の映画やドラマや舞台を手掛けてきた実力者だ。俺も母さんの血が流れているのなら、この才能はあってもいいかもしれない。けれど、現実は厳しい。親の才能を全部引き継ぐなんて早々ないのだ。


 でも、俺は俺にできることをやった。俺はまだまだクリエイターとして未熟だけれど、応援してくれる人がいる。その人のためにも最大限の努力はすべきなんだ。


 動画を投稿してみんなの反応を確認した。この曲は瞬く間に5万再生を突破した。凄い勢いだ。ショコラのチャンネル登録者数は現在3.2万人だ。チャンネル登録者数以上の再生がなされている。


『この曲知らないけれどかっこいい曲だね』

『ショコラちゃんのイケボになら抱かれてもいい』

『かっこいい女声は貴重だよね』

『原曲のCDも買おうかな』

『まさか密かに推しているバンドの曲を推しのショコラちゃんが歌ってくれるとは思わなかった。ありがとうございます! ちなみにマリリン推しです』

『バンドのチャンネル見て来たけど、MVのクオリティ凄かった。ショコラちゃんもエレキオーシャンもどっちも伸びて欲しい』


 相変わらず、好意的なコメントが多くて嬉しい。本当にみんないい人たちばかりだ。原曲のCDを買ってくれるなら、それはありがたいことだ。これで、姉さんの懐も少しは暖かくなるだろう。


 それにしても、ショコラと姉さんを推している人がコメント欄に現れるとは……この2人が実は姉弟だって知ったら、どんな反応をするのだろうか。

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