2-24 桜の能力
「まず、お前の力は『
雪月は探り探り、自分の推論を桜に話し始める。本当に桜の力は異質なのだろう。神の
しかし、当の本人である桜は別段自身の力を恐れることなく、気の抜けた声で、相槌をうった。
「ほあー。なるほど。そういえば戸倉さんがそんなような言葉言ってた気がするね……」
「お前には未知の力に対する恐怖はないのか……。はぁ……。まぁ、今更おつむ空っぽ桜にそんなこと求めるべきじゃないか……」
そんな桜の気の抜けた返事に、雪月は呆れ顔で桜を見やる。そして、雪月の発言に再び不機嫌そうに唇を尖らせた。
「雪月君私の事なんだと思ってるのさーー! ってか、私から見たら
「はいはい……。悪かったよ。んで、お前の
「と、とんでもないもの? え、ただ運動神経があがっただけじゃないの?」
雪月の発言に、自身の能力を甘く見ていた桜は、目を見開く。自分で使っていて、身体能力以外の変化が見られなかったため、それだけの力だと思っていたのだ。
桜の驚き様に、雪月は少し難しい顔をする。そして、一拍間を置いた後、再び口を開いた。
「……まぁ、お前のような元
「え? そ、そう……? 私普通に斬られたし死にかけたよ……?」
雪月の説明に、桜はいまいち納得がいかない様子で、首を傾げる。そんな桜の反応に、雪月は難しい顔で顎に手を当て、考え込む。
「うーむ。なんというか……。物理的な攻撃は通るが、それ以外は弾いている。といった感覚だな。現に毒嶋遼真の『病気』や戸倉柊夜の『洗脳』を全て弾いて見せたしな」
「な、なるほど……? な、なんか分かりずらい能力だね? どこまで弾いてくれるか不確定だし……」
「そうなんだよな。そこは正直俺も分からん。とにかくお前は身体能力向上及び、
「ふむふむ。なるほど。とにかく、ぶん殴って敵を倒せるってことだね!」
雪月の
「あーうん。まぁそんなところだ。で、そんな未知の
「い、いくりぷす? な、なんかかっこいい……!」
「イクリプス。確か、日食とか月食とか、そう言った天体現象の名称に使われているものだよね?」
「なんだ、流石に郡は知っていたか。そうだ。桜の
雪月の命名の意味を理解できない桜とは反対に、空は冷静に言葉の意味を口にする。しかし、桜は気を悪くするそぶりはなく、逆に空の博識さに目を輝かせて尊敬していた。
「す、すごい空! 流石! 天才! 大物美少女!」
「ふえ? え、そ、そんな……! 全然そんな事ないよ……? たまたまテレビで聞いたことあっただけだし……!」
「それでも! それを覚えているなんてすごいよ! やっぱり空は頼りになるなぁ」
何気なく口にした言葉で、こうも褒めちぎられるとは思わず、空はリンゴのように顔を真っ赤にし、俯く。そして、そんな空の反応を、桜は小動物のようだと思い、可愛さのあまり抱きしめる。そのせいで、空は余計に顔に熱を帯びさせ、沸騰寸前だった。
そんな二人のやり取りを、雪月は呆れた顔で見やり、溜息を吐く。
「はぁ。俺は何を見せられているんだ……? おい、郡。ゆでだこの様になってないで戻って来い。桜も、いい加減離れろ」
「ぐぬぅ。はぁい。ごめんね、空」
「う、ううん。大丈夫。……っち、あと少し桜とくっついていたかったのに……」
雪月の妨害により、二人の空間は即座に打ち砕かれ、引き離された。そのことに、桜は渋々従うが、空は不満げに雪月を鋭く睨みつけている。しかし、雪月はそんな視線を無視し、話を戻した。
「で、郡。他に疑問点はないか?」
「……別に。桜の事情はある程度分かったし、疑問なんて……」
空は雪月の質問にふて腐れながら答えている最中、ふと、とある疑問が頭をよぎった。そして、桜の説明通りならもしかして……? と思い、空は桜に問いかけた。
「いや、あるかも。ねぇ、桜。東雲君……えっと翔君って少し前まで入院してたんだよね?」
「へ? う、うん。そうだよ。翔は中学の初め頃からちょっと前まで入院してたんだ」
空の突然の質問に、桜は素っ頓狂な声を出し、目を丸くする。まさかそこに疑問点を覚えるとは思わなかったからだ。
桜の答えを聞き、空は難しい顔をし、こちらも驚いたように声を上げた。
「やっぱりそうなんだ……。ねぇ桜。公園のトイレで泣いていた女の子の事、覚えてる?」
「え? 覚えてるけど、どうして空がそのことを……? 確か、空に似てる女の子が泣いてて声を掛けてたんだ。最初は空かなぁって思ってたんだけど、空は私の事知らないみたいだったし、気のせいだと思ったんだ」
空の突然の質問に、桜は首を傾げながら返答を返す。そして、そんな桜の返答に、空は眉を顰め、気まずそうに視線を落とす。
「ごめん……。私、あいつに記憶をいじられて、桜達の事を忘れてたの……。癪だけど零峰さんのおかげで思い出すことが出来たんだけど……。あの時桜と一緒に居たの、翔君だと思ってたけど、翼さん……なんだよね?」
「えっ!? や、やっぱりあれって空だったんだっ!? わ、私空の事ちゃんと救えてなかったんだねッ……。あの時私がもっと空をちゃんと気にかけていればッ……!」
「ううん。桜は十分『ヒーロー』だったよ。私が悪いの。って、今は過去を悔いている場合じゃない、よね。えぇっと、それであの時一緒に居た男の東雲君……あっ、さんは、翼さん……だよね?」
「へっ、あ! う、うん。そうだよ。ご、ごめんね。ちょっとびっくりしちゃって。あの時一緒に居たのは翼だよ。翼と歩いてたら女の子の泣き声が聞こえて、気になって声を掛けたんだ」
桜の返答に、空は難しい顔をする。しかし、すぐに不安を振り払うように首を横に振り、桜を見やった。
「そっか。教えてくれてありがとう。なら、余計に頑張らないとね。私の恩人でもあるんだし!」
「空……。ありがとう……! すっごく心強いよ!」
「えへへ。そうかな? そう言ってもらえると頑張りがいがあるよ」
そう言い、二人は強く握手を交わす。しかし、雪月は桜の言葉に首を傾げ、少しだけ意外そうに目を見開いた。
「……少し意外だな。桜なら『友達が傷つく姿なんて見たくない』とでも言って、共闘を拒否するかと思ったが」
「へ? あぁ。なるほどね。確かに、私は空に傷ついてほしくないよ。でも、空はすっごく強いし、頼りがいのある仲間だって思ってるもん。なんだろ……。あぁそう! 所謂背中を任せられる相棒? 的な!」
「~~~~ッ! さ、桜……! 私、頑張るね……! 絶対、桜の願いを叶えて見せるから……!」
桜の言葉に空は感動し、目を輝かせる。そして恍惚とした笑みを浮かべ、決意を新たに固めた。
一方、質問した本人である雪月は、目を少し開いた後、ふっ、と軽く微笑んで桜に言葉を紡いだ。
「そう、か。俺の杞憂だったな。てっきりお前は誰にも頼らず、一人でがむしゃらに戦おうとしているのかと思った」
「えぇー!? そんな事ないよ!? ってか何でそんな風に思ったのさ! 今までだって、雪月君と一緒に頑張ってきたじゃんかー!」
桜の言葉を聞き、雪月は絶句する。しかし、桜の予想外の言葉に多少の耐性がついてきた雪月はすぐに我に返り、言葉を返した。
「一緒に頑張った覚えはないが……。それに、俺はお前の仲間じゃない。お前が何と言おうと、思おうと、俺は本来、お前の敵である神の手下だ。……ゆめゆめ、忘れないことだな」
「もー! 何回も聞いたよ! それ! そして私は何度も雪月君は友達で大切な人だって言ってるじゃんー! って言うか雪月君が翼の居場所教えてくれたりこのゲームについて教えてくれたからここまで来れたんだよ? それって二人で頑張ったって言わない?」
「言わないんじゃないか……? 俺は神に言われた通りにしているだけだ。……それに、もうお前には翼の居場所を安易には教えない」
「えぇぇぇぇッ!? な、なんでッ!?」
「なんでもだ。……俺はお前の事を過大評価していたようだ。お前が翼と対峙するのは無謀だ」
「ぐぬぅぅぅぅッ! 雪月君のケチ!!」
突然の雪月の言葉に、桜は頬をフグの様に膨らませる。そんな桜の反応に雪月は目線を俯かせ、複雑そうな顔をした。
「今は郡空がいるだろう。一応
「それはそうだけど……! 教えてくれたっていいじゃん! 突然何で……? 私が戸倉さんに苦戦したから? それとも……私を心配して言ってくれてるの?」
「……ッ! う、うぬぼれるな馬鹿ッ! 何度も言うが俺にそう言った感情はない! 単にお前が無謀を犯したところでゲームは盛り上がらないと思っただけだッ! お前の為じゃない。これは……神の為の判断だ」
そう言い、雪月は苦しそうに顔を歪め、口を噤んだ。そんな雪月を見て、桜は追撃の手を緩め、困ったように眉を顰めた。
雪月はいつも、桜にですら分かる『嘘』を吐く。どう見たって心配しているし、感情豊富なのに。雪月が嘘を吐く度に、桜は毎回それを指摘する。けれど、彼は決して認めようとはしないのだ。そして、桜も雪月の苦しそうな顔を見ると、それ以上何も聞けなくなってしまう。
そんなじれったい二人のやり取りを見て、空は雪月に冷たい視線を浴びせる。そして、今まで桜に向けていた声色とは一転し、とげとげしい口調で雪月に言葉を放った。
「はぁ。零峰さんって面倒くさい人ですね。かまってちゃんですか? 言わなくても良い事を言って、桜の同情を引こうとしてるんですかね?」
「なっ。俺は事実を言っているだけだ。お前と一緒にするな。この変態女」
「はぁ!? 変態って何さ! 私は至って健全な女子高生だよ! ってか、事実を言ってるだけって言うけどさ、別に言わなくてもいい事じゃん。それを言って零峰さんに得ってある? 桜に警戒されたらやりづらくなるだけじゃん。それなのにわざわざそんな事言ってさ。かまってちゃん以外何があるってのさ?」
空の的を射た言葉に、雪月は言葉を詰まらせ、苦い顔をする。そして、雪月はチラリと桜の顔を見やり、その表情を伺う。しかし、桜はきょとんとした間抜け顔をしており、雪月が自身を見ていることに気付くと、満面の笑みを浮かべ、声を掛けてきた。
「大丈夫だよ雪月君! 雪月君が超真面目で寂しがりやなのは知ってるから!」
「なっ……。も、もういい! 今日はこのくらいにするぞ! 俺はもう休む。おやすみ!」
桜の言葉に、雪月は見たこともないくらい顔をリンゴの様に真っ赤にする。そして、ホワイトボードを影へと戻し、踵を返して足早に自室へと戻っていった。
突然の雪月の怒声に、桜は驚き、口をあんぐりと開ける。しかし、空は呆れたように溜息を吐き、雪月の出て行った方向を冷たく見つめていた。
「わ、私なんか悪いこと言っちゃったかな……?」
「全然。桜は何も悪いこと言ってないよ。それより、邪魔も……じゃなくって。零峰さんもいなくなっちゃったし、もっといっぱいおしゃべりしようよ」
桜の不安そうな表情とは違い、空はどこか冷めたような表情をする。しかし、すぐに顔を綻ばせて桜を見やり、言葉をかけた。
「うん。勿論! 私も空とはもっともっとおしゃべりしたいもん!」
空の言葉を聞き、桜は表情を一転させ、満面の笑みを浮かべ空を見やる。
空はそんな桜の笑顔を見ながら、絶対この笑顔を守って見せるんだ……ッ! と、強く思った。
この時点で、空は自身の『恋心』を自覚していたのだ。優しくて自分を救ってくれた『ヒーロー』である桜に、空が恋をしないわけがなかったのだから。
だが、彼女の愛は常人とは違い、歪なものだ。否、歪にしか人を愛せなくなってしまった、と言った方がいいだろう。空は今までの経験で、大切なものは何をしてでも守り抜かないと、零れ落ちてしまうものだと思い込んでしまったのだ。
実際、桜は危険な場所に身を置いている。だから、空は何を犠牲にしでも桜を守り、愛そうと誓ったのだ。
そして、そんな歪んだ愛を抱えながら、空は桜に恍惚とした笑みを向けた。
────優しい自身の『ヒーロー』である彼女に、その歪みを隠しながら。
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