2-22 一途な少女は『我慢』する

 それから家に着くまでの間、桜は待ちきれずに、何度も雪月に質問責めを繰り返していた。

 どうしてうちでしか話せないのか。空を施設に帰してからでなくていいのか。空はこれからどうなるのか。などなど、様々なことを道中に聞いてみたが、雪月は宣言通り、道中は沈黙を続けたのだ。なので、桜は頬をまるでリスのように膨らませて、盛大に拗ねていた。


 しばらく歩き続けていた二人だったが、雪月が徐に振り向き、桜の方を見やる。桜は一瞬びっくりして目を見開くが、よく見ると、いつの間にか自宅前までたどり着いていたのだ。それに気づき、桜はようやく雪月が振り向いた理由を察せられた。


「やっとこっちみてくれたーっ! もー! なんで無言で歩くのさ! 歩きながらでも話はできるじゃん!」


 桜はようやく振り向いた雪月に、勢いよく不満をぶつけた。しかし雪月は桜の言葉に目を細め、咎めるような視線を向ける。


「あのなぁ。外で誰が聞いてるか分からないのに、ペラペラとおしゃべり出来るかっての」

「ぐぅ、正論……! で、でもそれなら一言言ってくれればよかったじゃん!」

「はぁ……。帰ったら説明すると言っているのに、待てなかったバカはお前だろ」

「うっ……。ご、ごめんなさい……」


 雪月の正論攻撃に、桜はあえなく撃沈し、先程の勢いは消え、一気にしおらしくなる。そんな桜を見て、雪月は徐に頭を掻き、再び深いため息を吐いて話し始めた。



「はぁぁぁぁ。もういい。……で、いつまで狸寝入り決め込むつもりだ? とっくにバレてるぞ、郡空」

「……へ? ゆ、雪月君? ど、どういうこと?」


 雪月の唐突な発言に、桜は目を見開く。それと同時に、なんと桜の背に背負われていた空が、盛大にため息をついて、雪月への不満を吐露したのだ。


「……はぁぁぁぁ。せっっかく桜の背中を堪能してたのに……。なんでバラしちゃうかなぁ……。ほんっと、空気読めないですよね、零峰さんって」

「はっ。お前の心情なぞ、知ったことか。というか、気持ち悪いな、お前」

「はぁぁぁぁ!? 健全な女子高生になんてこと言うんですか!?」

「健全な女子高生は友人の背中で興奮しているのか……?」


 空の言葉に、雪月はドン引きを隠せない表情で、彼女から数歩、距離をとる。そんな二人のやり取りに挟まれた桜は、どうしていいか分からずに、二人を交互に見やる。


「えーーっと……。と、とりあえず空。降りられそう?」

「あ、うん。ごめんね。重かったよね……?」

「いや! ぜんっぜん重たくないよ!? ただおんぶされたままだと話しにくいかなって思って!」


 結局、桜は二人の話の内容は全部無視して、話題を切り替えることにしたのだ。そのせいか、雪月と空の間には、いまだに険悪な空気が流れていたが、それも気にしないことにした。


 ……この二人はきっと、根本的に合わないだろう。ということを、桜は見て見ぬふりをしたのだ。


 空は桜の言葉の後、渋々といった感じで桜の背中から下りてくれた。それを確認した雪月は、空をジト目で見ながら口を開いた。


「はぁ……。全く、往生際が悪いやつ。まぁ、とりあえず、生還おめでとう。一先ず郡空は救われたわけだ」

「なんか引っかかる言い方だね。私はまだ救われてないってこと?」

「当たり前だろ。郡空。お前は一時の感情に身を任せ、力を求めた。つまり、このウィングキルに参加表明をしたってことだ。お前の異能スキルを求め、他の参加者ピューパに狙われもするし、『厄災イロード』に巻き込まれるかもしれない。……まぁつまり。ウィングキルに参加したからには、安寧はないと思えってことだ」

「────ッ!」


 雪月の発言に、喧嘩腰だった空は、途端にバツが悪そうに顔を歪める。

 空は、決して頭がいい訳では無い。成績だって中の中。しかし、雪月の言葉を聞いて、空は咄嗟にこう思ったのだ。


 ────桜は、と望んでいた。ならば、これからも自分のせいで桜を危険な目に合わせ続けるのでは?


 そう思い至り、自身の選択を酷く呪った。ただでさえ迷惑をかけているのに、これ以上桜に迷惑をかけたら、いくら優しい桜だって自分を嫌ってしまうのでは? と考え、空は絶望した。

 しかし、そんな空の考えを打ち砕くかのように、桜が一際大きな声を張り上げたのだ。


「だいっじょーぶ! なんてたって空には私がついてるからね! どんな奴にだって、決して空を殺させやしないよ。だから、空もそんな顔しないで?」


 満面の笑みで空に向けてそう宣言した桜は、彼女を安心させるように、力強く親指を立てる。

 桜には端から空を見捨てるという選択肢が無い。そのため、空が怯えているのは、不特定多数の人から襲われる恐怖のため。と、勝手に結論づけたのだ。

 当然、空はそのことにも恐怖は感じてはいる。だがそれよりも、桜に嫌われるかもしれない。という事実の方が、耐えられなかったのだ。

 なので、予想の斜め上を行く桜の言葉に、空は目を見開き、桜を見やった。そして桜の言葉を脳内で反芻させ、ようやく意味を理解する。


 ────あぁ。桜は、本当に『ヒーロー』なんだな……。


 桜は……彼女は、なんて眩しいんだろう。と、そんなことを思いながら、空は込み上げてくる涙をぐっと堪え、笑みを浮かべた。


「……ありがとう。うん。大丈夫。私も、桜がいるなら安心だよ。でも、私だって守られているだけじゃないからね?」

「確かに! 空すっごく強かったから、とっても頼もしいもんね! なら、一緒に戦おうか! 二人の障害は、二人で薙ぎ倒しちゃおう!」


 そう言って、桜はニッと白い歯を剥き出しにして笑い、空に向かって手を伸ばす。空もそれに答えるように桜の手を取り、二人は笑い合う。

 そんな二人を見て、それまで黙っていた雪月が、この場に似つかわしくない平坦な声を上げた。


「話は纏まったか? なら、今後のことを話し合うぞ」

「え、今後って、私が空を守りながら翼を探すだけじゃないの?」


 雪月の割りこみに、桜は特に気にした様子もなく、首を傾げなら自身の意見を述べる。だが、その意見はあまりにも無策で無謀。小学生が考えるような未来設計だった。

 桜のあまりの無策っぷりに、予想していた雪月でも、右手を眉間に押し当て、頭を抱える。


「……はぁ。簡単に言うけどな。じゃあお前どうやって郡空を守るつもりだ? まさか、四六時中一緒にいる訳にもいかないだろ?」

「そ、それは……で、できるだけ一緒にいるし……」

「じゃあお前がいない間に襲われたら? 通信手段を奪われたら? もっと頭を使え、このバカ」

「ゔっ……。そ、それは……」


 自分が守れば大丈夫だろうと、軽い気持ちで考えていた桜は、雪月の正論に何も言い返せなかった。確かに、四六時中一緒にいるというのは、不可能だ。二人とも学校があるし、何より家も別々なのだから。

 そのことにようやく思い至り、桜はない頭をフル回転させ、どうしたものかと思案する。そんな桜の様子を見て、雪月が徐に盛大なため息を吐き、桜の思考を遮った。


「はぁぁぁぁ。もういい。お前が考え無しのバカだってのは、今に始まったことじゃないしな。お前の願いを叶えると言ったのは俺だ。そして、その願いはまだ果たされていない。よって、郡空は俺の力で監視させてもらう。……と、いっても、監視カメラみたいにずっと見張っている訳じゃなく、危険を察知したら知らせる程度の監視だが」

「うぇっ!? そ、そんなことできるの!? すごい! 雪月君さっすがー!」

「うん。まぁ、間違ってはないんだが……。はぁ……。いいや。突っ込むのも阿呆らしい……」


 桜の調子のいい言葉に、雪月は若干呆れたように目を細める。しかし、桜に反論しても無意味だとそうそうに諦め、匙を投げた。

 対して桜は、そんな雪月の反応にさして気にした様子もなく、一人浮かれていた。そして、桜は浮かれた様子のまま、空の方を向き、声をかける。


「空はどう? 雪月君の提案! まぁ、乙女の秘密を握られそうで、不安ではあるだろうけど……。雪月君はそんなこと絶対しないよ! ……どうかな?」

「いや、確かに乙女の秘密とかそんなどうでもいいもの握らないが……。なんで桜がそんなに俺の事擁護するんだ……?」


 桜の興奮気味な言葉に、空よりも早く雪月が突っ込みを入れる。しかし、その突込みは桜は勿論、空にも届かなかったようで。空は数拍間を置いた後、桜に向かって薄く笑い、返事を返した。


「……うん。大丈夫だよ。それに、桜にこれだけ迷惑かけてるんだから、私が嫌だって我儘言う訳にはいかないしね」

「いや、我儘なんて思わないよ!? 私は空のために空を守りたいんだから、空が何かを我慢するのはやだよ!」


 空の自虐気味な言葉に、桜は過剰に反応し、彼女の肩を掴む。そんな桜の反応に、空は嬉しそうに微笑み、桜の目を真っ直ぐ見つめる。


「ううん、大丈夫。私は、桜と一緒にいられるだけで幸せだから。それ以上を望むのは、私が逆に辛いの。今回は別に我慢でもなんでもないけどさ。私はきっと桜といるためならいくらでも我慢できちゃう。だから、私のために、我慢くらいさせて?」

「空……。わかったよ。でも、本当に辛いものは我慢しないでね!」

「ありがとう。でも、私は守られているだけでは甘んじないよ? 桜が驚くくらい……それこそ、零峰さんに勝てるくらい強くなってみせるから」


 空はそう言うと、笑みを浮かべたまま、雪月の方を見やる。そんな空を、雪月は涼しい顔をして見やり、鼻で笑った。


「はっ。そりゃ大層な夢なことで。精々そのために足掻くんだな」

「~~~~ッ! あぁ、足掻いてあげるよッ! 惨めに、無様に足掻こうじゃんッ! でも、油断してると、その喉元を食いちぎるよ?」

「忠告どうも。頭の片隅で覚えておくよ」

「~~~~ッ!」


 空の威勢に、雪月は尚も涼しい顔をして反応を返す。そのことに、空は顔を金魚のように真っ赤にさせ憤慨していたが、その後の言葉は紡がなかった。恐らく、これ以上何を言っても、捨て台詞にしかならないと悟ったのだろう。

 一方桜は、そんな二人のやり取りを見て、不謹慎ながら喜びを感じていた。空が理由はどうあれ、生き生きとしているのだ。これからも、空のこんな当たり前の表情を、日常を、守って行きたい。そう、強く桜は思った。


ここでようやく、桜は緊張を解くことが出来、安堵のため息を吐く。そして安堵したことによって、頭の隅に追いやっていた疑問がふと浮かんできた。


「あ、ねぇ。ちょっと疑問に思ってたんだけど……ちょっと雪月君に確認したいことがあるんだ」

「? なんだ?」

「あのさ。同じ異能スキルって何人も持ってる感じなのかな……? なんか毒嶋さんの異能スキルと戸倉さんの異能スキルが同じな気がして……」

「あぁ、そのことか。そうだな。ハッキリ言って。死んだ奴の異能スキルが別の奴に移ることはあっても、契約時に他の奴と全く同じ異能スキルを授かることはない」

「こっこんなに参加者ピューパがいるのに!? 本当に……ほんとのほんとに無いの!?」

「あぁ、有り得ない」

「ッ!!」


 雪月の返答を聞き、桜は顔を青ざめさせる。雪月は桜の質問の意図を理解しているため、どれだけ執拗く聞かれようと、機嫌を損ねなかった。


「……桜。お前が言わんとすることは分かる。だからはっきり言うぞ。────毒嶋遼真ぶすじまりょうま戸倉柊夜とくらしゅうや。だから戸倉は毒嶋の透明化インビジブル異能スキルを所有していたんだよ」

「そ、そんな……ッ! 確かに最低野郎だったけど、殺されていいわけないのに……ッ!!」

「そういう世界だ。参加者ピューパになる道を選んだ以上……いや……理不尽は必ず起きる」

「そんなの……ッ! そんなのは間違ってる!!」

「口だけなら何とでも言える。間違っている? そうだろうな。だからと言うんだ」


 そう言い捨て、雪月は桜の返事を待たずに空を見やる。空はというと、桜達の話を完全に理解することが出来ず、戸惑っている状態だった。なので、突然雪月に視線を向けられ、つい空は身構えてしまう。


「さて、今後の方針も決まったし、郡空。お前もう施設へ帰っていいぞ」


 しかし、雪月が口にしたのはなんてことのない言葉だった。空はそのことに安堵していたが、反対に桜は目を見開き、抗議の声を上げたのだ。


「えっ、今から!? 絶対空怒られるじゃん!? ってかここまで連れてきた意味は!?」

「お前の家の付近は既に影で結界を張っているから密会にもってこいなんだよ。とりあえずのことを話せたからもう遅いし残りは後日でもいいだろ。ってか、怒られるのはこいつの自業自得だ。元々、郡空が余計なことしなきゃ良かった話なんだから」

「なっ! 空だってあの変なローブの……ないとめあ? さんに騙されてたんだからしょうがないじゃん!?」

「詭弁だな」

「~~~~ッ! 雪月君の頭でっかち!」


 雪月の薄情な言葉に、本人よりも先に逆上する桜。しかし、そんな二人のやり取りを見ていた当の本人である郡空は、別のことを考えていた。 そしてその考えを我慢できずに、二人の間に割って質問してしまった。


「……ねぇ、ちょっと聞きたいんだけどさ……。二人って一緒に住んでるん……だよね?」

「へ? あ、あぁ。うん。なんかその方が雪月君の都合がいいんだって」

「じゃ、じゃあ二人って別に家族でも親戚でも……」

「あー。うん。ないね!」

「~~~~ッ!!!」


 桜が空の質問に快活な表情と声で答えると、空の表情が一変する。

 そして、空の反応で嫌な予感がした雪月は、咄嗟に口を挟もうと、二人の間に割って入ろうとした。


「────狡いッ! 私も桜と一緒に住むッ! その方が桜も安心だよねッ!?」


 が、時既に遅く。空は桜に鼻息荒く、詰め寄っていたのだ。そしてその言葉は、残念ながら雪月が懸念していた言葉だった。

 雪月は右手で頭を押え、小さくため息を吐く。しかし、桜はそんな雪月の行動に気づきもせず、空へと近づく。


「うおお! それは考えたこと無かった! ねぇ、雪月君! できそう?」


 そして空の手をギュッと握りしめ、雪月に期待の眼差しを向けた。そんな桜の様子に、雪月は諦めたようにため息を吐き、言葉を紡いだ。


「はぁぁぁぁ。わかったよ……。桜がそういうのなら、記憶操作くらいやってやるよ……!」


 雪月は最早やけくそ状態になりながら、二人の方を振り返ることも無く、西連寺宅へと入って行く。そんな雪月を見ながら、慌てて桜は雪月の後を追い、家へと入っていった。


「……絶対。絶対桜を守るからね……ッ。もう二度と、大切な人を殺させやしないんだから……ッ!」


 そんな二人の後ろ姿を見ながら、空は一人、新たな決意を胸に抱く。その目に狂気を宿しながら、郡空は桜達の後に続き、西連寺宅へと入っていった。


 ……少し前、郡空が『桜と一緒に居るために我慢くらいさせて』と言っていた。しかし、あれは自身を犠牲にした献身的な言葉などではない。


 。それこそ、他には見向きもしないで。


 空の我慢する、というのは普通の我慢と意味合いが違い、他を、を切り捨てる覚悟がある。ということなのだが、桜は勿論、雪月も、その言葉の意味を知らないのであった。

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