1-3 夢のような存在

「え、昨日のゲーセンの順位? そんなのいつも通りだろ。一位が泡島で、二位が俺。んで三位が翔で、最下位が西連寺。それがどうしたんだよ?」


 桜は昼休みになってすぐさま隣のクラスへ行き、玲一と長門に話しかけた。そして、事前に考えたおいた質問──昨日のゲームセンターの時の順位はどうだったか? と、聞いたのだ。そうすれば、多少変な質問にはなるが、そこまで詮索はされないだろう。と考えたのだ。少なくとも、翼のことを覚えているかと聞くよりは、変に思われないだろう。

 しかし、自分が最下位だと聞くのは堪えるなぁ。と、桜はこの質問をしたことを心底後悔していた。そして玲一の答えから、やはり翼のところは、翔にすり変わっている。隣で聞いている長門も、何も言わない。ということは、翼が翔になっていることに、違和感を覚えていないのだろう。

 そう考え、桜はふと、昨日の翼との約束を思い出す。そういえば、昨日翼とした約束が、翔との約束になっているのだろうか。少し確認してみよう。と、桜は落としがちだった視線を再び玲一と長門に向け、質問することにした。


「えーっとそうだったね! ごめんごめん。変なこと聞いちゃって。えっと……それで私、昨日つば……じゃなくて、翔にタイマン勝負挑まなかったっけ?」


 桜のその質問に、玲一も長門も眉を顰め、首を傾げる。その反応に、桜も不思議そうに首を傾げた。


「すまない西連寺。俺はそんな約束を聞いていないのだが……。南雲はどうだ?」

「んーー。いんや、俺も聞いてねぇな」


 予想外の答えに、桜は言葉に詰まる。てっきり、翔との約束にすり変わっていると思っていたのだ。それなのに、約束自体なかったことになっているなんて……。あの時、みんなの前で宣言したはずだし、しっかり二人も聞いていたはずだ。それなのにどうして……? と、桜は酷く困惑した。

 もう何が起こっても動揺しないと決めていた桜だったが、早くもその目標は打ち砕かれた。そして、約束のことは抜きにしても、二人が翼のことを覚えている素振りは、全くないということが分かった。

 他にも、東雲兄弟を預かっている探偵さんとか、近所のおばさんとか、アテは何人かいる。しかし、そもそも探偵さんは、翼が居なくなったと分かっていたら、翔を登校させるなんてことしないだろう。他のアテの人は、今聞き込みした人達よりも、翼との関係が薄い。なら、覚えている可能性は、限りなくゼロに近いだろう。

 などと考えたところで、桜は玲一と長門の心配そうな視線に気づき、咄嗟に言葉を紡ぐ。


「あははー! あっれーおかしいな……。夢だったのかな? ごめんね。ちょっと混乱しちゃってて……」


 ───夢だったのかな?


 自分で言っていて、泣きそうになる言葉を、必死に笑顔で紡ぎ、桜は二人に背を向ける。


「あ、ごめん。今日はやる事あるから、私抜きでお昼食べてて欲しいな!」


 そう言い残して、二人の返事も聞かずに、桜は隣の教室を後にする。玲一と長門は、桜に一声かけようとしたが、それに足を止めることなく桜は走り去ったのだ。

 その後、桜は昼休みなどを使い、ロッカーの名前を確認したり、先生にそれとなく翼の名前を出したりした。だが、どれも望むような答えは得られなかった。

 こんなことをしていれば、桜の様子がおかしいことなど、周囲には丸わかりで。特に翔や海月、玲一に長門は、かなり気を使って声をかけてきた。しかし、桜はそれをお世辞にも上手い躱し方とは言えない、曖昧な笑顔で誤魔化し逃げたのだ。みんなも桜が何も言わないので、無理に聞き出すことも出来ず、微妙な空気になってしまった。

 桜はそれに気づきつつも、どうすることも出来ないので、申し訳ない気持ちでいっぱいになりながらも、無視を決め込んだ。周りにここまで心配をかけておいて、ヒーローの風上にも置けないな。と、内心毒づきながらも、これ以上に無難な選択がわからなかったのだ。

 そして、何の成果も得られないまま、放課後を迎えることになる。本来なら、海月たちと帰るところだが、桜は昼休み同様、その誘いを断った。そして翼の手がかりを見つけるべく、池袋市内を奔走することにしたのだ。

 馴染みの喫茶店やゲームセンターに行き、近所の人などには怪しまれない程度に、翼のことを聞いてみた。しかし、誰も彼も皆、翔のことは認識しているようだが、翼のことなど、まるでいないかのように扱っていた。当然、翔が入院していた病院にも行った。しかし、そもそも翔は入院していなかったし、桜も病院で見かけたことなどない。と断言されてしまったのだ。これには、週一で見舞いに行き、看護師ともそれなりに仲良くさせてもらっていた桜はかなりショックを受けた。予想していた結末なものの、心がそれに追いつかなかったのだ。


 一通り市内を回ったところで、ふと桜は、最近は行っていない『秘密基地』の存在を思い出す。秘密基地は、小学校の間、海月を除く五人のたまり場となっていたのだ。翔が中学の初めに入院してから、みんな秘密基地から自然と足が遠のいてしまったが……。桜自身も、翔のお見舞いに行ったりして、段々秘密基地には寄り付かなくなっていた。

 けれどあそこになら、何か翼の痕跡が残っているかもしれない。そう桜は希望を持ち直し、秘密基地へと走り出した。

 

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