第24話『連休明け』

 5月7日、木曜日。

 ゴールデンウィーク後半の5連休が明け、今日から再び学校生活が始まる。

 休み明けは気分が重くなりがち。だけど、祝日の並びが幸いして今週は木曜日からのスタート。なので、休みが終わったことの憂鬱さはあまりない。これなら、五月病にならずに済みそうだ。


「撫子は五月病にならずに済みそう? 4月に環境が変わった人は特になりやすいって聞くし」

「大丈夫。連休中に2回、園芸部の活動で学校に行ったから。それに、クラスに行けば友達にも会えるし。連休明けを楽しみにしていたくらい」

「そっか。それなら良かった」


 そういえば、撫子の友達の中には、連休中はずっと部活の合宿に参加した子が何人かいるんだっけ。そういった友達とは連休中は会えないから、撫子は連休明けを楽しみにしていたのかもしれない。学校での楽しみがあるなら、五月病になる心配はなさそうだ。

 それにしても、今日も朝からよく晴れている。ワイシャツとベスト姿なので、強い日差しに当たりながら歩いていても、そこまで暑さは感じない。撫子も僕と同じ服装だけど涼しそうにしている。

 撫子と話しながらなので、あっという間に武蔵栄高校に到着した。


「ごめんなさい。お断りします」


 校門を入ってすぐ、向日葵のそんな声が聞こえてきた。

 声がする方に視線を向けると、教室A棟の入り口前で向日葵が男子生徒に向かって軽く頭を下げていた。さっきの言葉からして、告白を断っていたのだろう。2人の周りには男女問わず多くの生徒が集まっているし。


「向日葵先輩、連休が明けてさっそく告白されたんだね」

「それで、さっそく断ったみたいだな」


 2年生の僕にとってはすっかりと見慣れた光景だ。連休明けなのもあって、今日からまた学校生活が始まるのだとも思える。


「どうしてだ? 友達から聞いたけど、最近、クラスメイトのイケメンの男子と一緒にいるみたいじゃないか。連休中もナノカドーで一緒に歩いているところを見た奴もいたし。もしかして、そいつと付き合っているのか?」

「は、はあっ? そ、そんなわけないじゃない! 彼は友人!」


 さっきよりもかなり大きな声で言う向日葵。そんな彼女の顔は、遠くにいても分かるくらいに赤くなっている。

 クラスメイトの男子って……きっと僕のことだよな。イケメンかどうかはともかく。向日葵の口から「友人」という言葉が出るのは嬉しい。


「イケメンの男子か。それって、兄さんのことじゃない?」

「……そうかな」


 撫子に「イケメン」と言われて凄く嬉しい。これだけで今日一日頑張れそうな気がする。

 映画に行った日は撫子と福山さんも一緒だったけど、ナノカドーに行った日は向日葵と2人きりだった。2、3時間ほど一緒にいたし、あの男子生徒以外にも僕と向日葵が付き合っていると勘違いしている生徒はいそうだ。


「ナノカドーで一緒にいたのは色々と用事があったから。だからって、あなたと付き合う可能性はゼロだからね! 分かった? 返事は!」

「……は、はい。分かりました。失礼します……」


 向日葵に頭を下げられた男子は、諦めたのかしょんぼりとした様子で教室A棟の中に入っていった。それと同時に、周りにいる生徒も散らばっていく。これもいつもの光景。それを見られて、安心している自分がいた。


「あっ、撫子ちゃん。桔梗も」


 僕らに気づいた向日葵は笑顔を浮かべ、小さく手を振ってくれる。僕らはそんな彼女のところへと向かう。


「撫子ちゃん、桔梗、おはよう」

「おはようございます、向日葵先輩」

「おはよう、向日葵。今日も……朝からお疲れ様」


 僕がそんな言葉をかけると、向日葵は「はあっ」小さくため息をつく。さっきの告白に触れるのはまずかっただろうか。相手の男子から僕のことについて訊かれていたし。


「……どうも。さっき、校舎に入ろうと思ったら呼び止められて。連休明けでまた高校生活がスタートするから、そのタイミングであたしとの交際をスタートしたかったんだって。断ったけど」

「なるほどね」

「タイミングとしては、告白した生徒の気持ちは分かりますね。兄さんと付き合っているかもしれないと考える中で告白したので、気持ちの強さが窺えます」

「僕と付き合っていない可能性に賭けたんだろうな」


 向日葵との交際をスタートさせて、これからの高校生活をいいものにしたかったのだろう。向日葵にフラれたショックで、あの男子生徒が五月病になってしまわないことを祈る。


「桔梗。もし、さっきのあたしのことで迷惑がかかったら……ごめん。これからも告白されたら、あの男子みたいに桔梗のことを訊かれるかもしれないし」

「ゴールデンウィーク中に2人でナノカドーに行ったからな。仕方ないよ。気にしないで。あと、何かあったら僕に言ってね」

「……ありがとう」


 向日葵は僕をチラチラと見ながらそう言う。以前とは違って、「ごめん」とか「ありがとう」って素直に言えるようになって偉いな。何だか感慨深くなる。


「私、そろそろ教室に行きますね」

「ああ。今日も一日頑張って」

「またね、撫子ちゃん」

「はい」


 撫子はそう言うと、向日葵に軽く頭を下げ、彼女の教室があるB棟の方へと向かった。


「あたし達も教室に行こうか」

「そうだね」


 向日葵の方からそう言ってくれるとは。ちょっと嬉しい気持ちになるな。彼女と並んで歩き、2年1組の教室へと一緒に向かうことに。

 そういえば、下校時に教室から昇降口に一緒に行くことはあったけど、こうして登校時に一緒に教室へ行くのは初めてだな。男達から助けた翌日の朝は昇降口の近くで話しただけで、向日葵が先に教室に行っちゃったし。


「どうしたの、あたしの顔をじっと見て」

「……こうして朝に教室へ一緒に行くのは初めてだと思ってさ」

「確かに……そうね。帰りに一緒に昇降口へ行くことはあったけど」

「だろう? そういえば、向日葵って教室に行くのに、階段とエレベーターのどっちを使うんだ? 僕は階段を使っているけど」


 僕ら2年1組の教室は4階にある。この教室A棟は6階建てなのもあり、エレベーターが2基設置されているのだ。職員や来訪者はもちろんのこと、生徒も利用することができる。


「あたしも階段。エレベーターは楽だけど、朝はエレベーターホールに人が多く集まるから待たなきゃいけないし……」


 そういえば、向日葵は基本的に待つのがあまり得意じゃないんだっけ。タピオカドリンクのお店で並んでいるときに言っていたな。

 エレベーターホールを見てみると、多くの生徒がエレベーターを待っている。2階と3階には職員室や会議室、生徒会室などがあるため、一般教室は4階から上にある。だから、エレベーターで自分の教室がある階まで行きたい生徒も多いのだろう。

 あそこで待つよりも、階段を登った方が教室に早く着けそうだ。


「体育の授業からの帰りとか、体調があんまり良くないときくらいしか乗らないわ。それに、階段を登れば多少は運動になるしね」

「そうなんだね。僕もエレベーターに乗るのは体育からの帰りくらいかな。最初は4階まで行くとちょっと疲れたけど、慣れてきたからか今は平気になってる」

「1ヶ月経ったものね。あたしもそんな感じ。じゃあ、階段で行きましょ」

「そうだね」


 僕らは階段を使って、2年1組の教室がある4階へと向かうのであった。

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