第22話『ランジェリーお姉ちゃん』
向日葵と一緒にフードコートのエリアを出て、2階へ行くためにエスカレーターへと向かう。
「そういえば、お姉さんって大学生?」
「うん。3学年上の大学2年生。文学部に通ってる。ちなみに、お姉ちゃんは武蔵栄高校文系クラスのOGなの」
「へえ、そうなんだ」
武蔵栄高校人気だな。なずなさんとかバイトの先輩方の中にも、うちの高校の卒業生は何人もいるし。偏差値もそれなりにある公立の進学校だから、多くの中学生が志望するのかも。地元の子はもちろん、武蔵栄駅からも近いので東京中央線沿線に住む子も。
エスカレーターでランジェリーショップのある2階に上がる。お客さんの数が少ないから、1階に比べて落ち着いている。
小さい頃から、僕の衣服はほとんどここで買っている。だから、慣れ親しんだ場所。でも、これから行くのがランジェリーショップなので緊張してきた。
「あそこ」
向日葵が指さした先には……女性ものの下着が陳列されている。男の僕にとっては異質な世界だ。あそこに向日葵のお姉さんがバイトしているのか。
それからすぐにランジェリーショップに到着。
お店の中にいる人はほぼ女性。僕以外唯一の男性は、商品の下着を持つ女性と仲良く話している。おそらくカップルか夫婦だろう。
何人かの女性がこちらを向いているけど、向日葵と一緒だからか嫌悪感を見せる人はいない。
ところで、向日葵のお姉さんはどの人なんだろう。金髪だとは思うけど。あと、店員さんだから名札を服につけているか、首から提げていると思う。そんな推理をして店内を見渡す。
「向日葵。あの人?」
僕はある女性を指さす。その人はジーンズにYシャツという格好をしており、首から名札提げている。背は向日葵と同じか少し高めだろう。金色のロングヘアが特徴的な綺麗な人だ。見たところ、彼女は接客中の模様。
「正解よ、桔梗。よく分かったわね」
「金髪で、名札を身につけているのは彼女しかいないからね」
「なるほど。さすがは桔梗」
「あと、サカエカフェで何度か接客したことがある気がする」
「その可能性はあると思う。サカエカフェで大学の課題をしてきたって言ったことがあったし」
「そうか」
バイトのときのことを色々と思い出してみると……カウンター席でノートパソコンを操作したり、レポート用紙に色々と書いていたりした金髪の女性がいたな。その方にコーヒーや紅茶をお出しした記憶がある。
「あっ、接客が終わったみたい。お姉ちゃーん」
向日葵は少し大きめの声でお姉さんのことを呼ぶ。
向日葵の声が届いたのか、お姉さんはすぐにこちらに振り向く。お姉さんはすぐに柔和な笑みを浮かべ、手を振りながらこちらへやってくる。その流れで向日葵のことを抱きしめる。
「向日葵~、来てくれてありがと~」
お姉さんはそう言い、向日葵の頭を撫でる。この一幕を見るだけで、お姉さんは向日葵のことが好きなのだと分かる。
「いえいえ。お姉ちゃんが会いたがっていた桔梗を連れてきたよ」
そう言う向日葵の声は普段よりも柔らかめだ。もしかしたら、家族の前ではこれが普通の声なのかもしれない。
お姉さんは向日葵への抱擁を解き、僕の方を見る。僕と目が合うと、お姉さんは優しげな笑みになり、軽く頭を下げてくる。僕も同じく頭を下げる。
「初めまして……かな。向日葵から、あなたがサカエカフェでバイトをしているって聞いて。大学生になってから、あなたのような若い男の子に接客された記憶があって」
「多分、それは僕だと思います。あなたのような女性を接客した記憶がありますから」
「そっか。じゃあ、こうして話すのは初めてだから……初めまして。向日葵の姉の
百合さんという名前か。百合も花の名前だし、御両親は花が好きなのかな。
あと、百合さんは柔らかな笑顔がとても素敵な人だ。あと、向日葵よりも背が高くて、向日葵以上のプロポーションの持ち主だ。顔立ちもとてもいいし。この人に訊けば、自分に合ういい下着が買えそうっていうオーラが出ている。
「加瀬桔梗といいます、初めまして。向日葵から話を聞いていると思いますが……彼女のクラスメイトです」
「向日葵から色々と話は聞いているよ。入学してからずっと学年1位の猫好きシスコンさんだって」
「……本当に色々と話を聞いているみたいですね」
まあ、入学してから学年1位であることも、猫好きなのも、シスコンなのも本当だから怒らないけど。
「あとは、クレーンゲームでほしいぬいぐるみを取ってくれたり、愛華ちゃんの分と一緒に映画の座席を追加で予約してくれたりする優しい人だって」
「お、お姉ちゃん!」
もう! と、向日葵は顔を瞬時に赤くして、百合さんに向けて頬を膨らませている。ただ、百合さんは落ち着いた笑みを浮かべたまま、向日葵の頭を撫でる。こういう妹が可愛いと思っているのだろうか。
姉の百合さんのいる場だからか、いつもよりも向日葵が幼く見えるな。
向日葵はゆっくりと僕の方に視線を向ける。
「……嬉しかったからお姉ちゃんに話しただけなんだからね」
「ははっ、そっか。向日葵が嬉しいと思えることができて僕は嬉しいよ。向日葵もお見舞いに来てくれたり、看病したりしてくれる優しい人だよ」
「ど、どういたしまして!」
不機嫌そうにその言葉を言われるのは初めてだな。おそらく、照れ隠しなんだろうけど。
「向日葵から聞いているかもしれませんが、今日はそういったことのお礼でタピオカドリンクを奢るために一緒にナノカドーに来たんです」
「聞いているよ。だから、加瀬君さえよければ、挨拶してちょっとお話ししたいって思ったの。向日葵と一緒に来てくれてありがとう」
百合さんは柔らかな口調でそんなお礼を言ってくれた。向日葵のお姉さんだから、威勢のいい感じだったり、サバサバしたりしているイメージがあったけど。姉妹でも性格や雰囲気って違うものなんだなぁ。
「向日葵が1年生の頃は、加瀬君のことは成績1位だ……って言うだけだったの。でも、ここ1週間くらいは楽しく話すときもあって。今も加瀬君との様子を見ているといい感じに見えるよ。彼と一緒にいるときよりもずっと……」
最後の言葉を言う瞬間、百合さんの表情が真剣なものに変わった。
彼と一緒にいるときよりもずっと……か。向日葵と関わりのある男性で心当たりがあるのは、中学時代に1週間ほど付き合った元カレくらい。
先日、元カレがいたと話したとき、向日葵は俯いていた。向日葵のことを見ると……あまり元気がない様子。百合さんの言う『彼』が元カレの可能性は非常に高そうだ。
「1週間ほど前に、絡んでくる男達から向日葵を助けて。それをきっかけに、向日葵と話すようになって」
「そうだったんだね。……加瀬君。これからも向日葵と仲良くしてあげてね。何かあったら、そのときのように向日葵を助けてくれると嬉しい」
百合さんは両手で僕の右手をぎゅっと掴んでくる。その瞬間に優しい温もりがはっきりと伝わり、甘い匂いがほんのりと香ってきた。
「もちろんです。これからもよろしくな、向日葵」
僕がそう言うと、向日葵はゆっくりとこちらを向いて、僕の目を見ながら一度頷き、
「……よろしくね」
百合さんに似た柔らかな笑みを浮かべながらそう言ってくれた。今の笑顔を含め、向日葵と関わるようになって、彼女は僕にたくさんの笑顔を見せてくれるようになった。そんな彼女を守っていきたい。
「今の加瀬君と向日葵を見て、お姉ちゃん安心したよ」
その言葉が本当であるかのように、百合さんは柔らかな笑みを浮かべた。
「……じゃあ、そろそろお姉ちゃんは仕事に戻ろうかな」
「頑張ってね、お姉ちゃん」
「頑張ってください」
「ありがとう。最近はバイトとかサークルとかあって行けてないけど、またサカエカフェへ行くね」
「はい。お待ちしています」
そのときは僕が接客できると嬉しいな。向日葵が百合さんと一緒に来店するところも見てみたい。
「じゃあ、またね」
百合さんはそっと僕の右手を放して、俺達の元から離れる。陳列している下着を見ている若い女性に声を掛けていた。
「妹想いの優しくていいお姉さんだな」
「……うんっ」
向日葵は嬉しそうに返事して首肯する。そんな向日葵を見ると、百合さんのことが本当に好きなのだと分かる。
「お姉ちゃんも仕事に戻ったし、あたし達もここから離れましょうか」
「そうだな。せっかくナノカドーに来てるし、他のところにも行ってみようか」
「そうね!」
それからは3階に行き、ゲームーズで新刊のチェックをしたり、ゲームセンターのクレーンゲームで向日葵の欲しがる三毛猫のぬいぐるみを取ったりして、楽しい時間を過ごしたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます