第12話『映画館へいざ行かん』
5月2日、土曜日。
今日から5連休がスタート。今年のゴールデンウィークもいよいよ本番だ。楽しい5連休にしたい。
「今日も晴れたね、兄さん」
「そうだね」
午前10時頃。
青空の下、僕は撫子と一緒に武蔵栄駅に向かって歩いている。日差しを直接浴びているけど、着ているのは薄手のジャケットなので暑くはない。
今日は撫子と一緒に、『名探偵クリス』という推理漫画の劇場版アニメシリーズを観に行く。毎年4月に公開されており、小さい頃から撫子とゴールデンウィークの時期に観に行くのが恒例となっている。
撫子は水曜日にクラスメイトと一緒に観に行ったけど、この習慣もあってか今日、僕とも一緒に観に行ってくれる。撫子曰く、今年もとても面白かったそうだ。それを聞いて期待が高まっている。あと、撫子にはネタバレしないでもらっている。
僕らの住んでいる武蔵栄には映画館がない。なので、電車で20分ほどのところにある
「兄さん。映画のチケット代と交通費を出してくれてありがとう」
「いえいえ。今年も撫子と一緒にクリスの映画を観に行けるのが嬉しいからね。数日前に3月分のバイト代が結構入ったから、お金は大丈夫だよ」
3月は午前授業期間や春休みだったのもあり、シフトを多く入れていたからな。
本当は昼食代とか、今日の外出中に支払うお金は僕が全て出したいくらいだ。それも提案したけど「さすがにそこまで奢ってもらうのは申し訳ないよ」と言われてしまった。全て奢られたら罪悪感を抱いてしまうのだろう。
それからすぐに武蔵栄駅に到着。
連休初日の午前中だからか、年代や性別を問わず色々な人がいるな。家族連れやカップル。誰かと待ち合わせしているのか、改札前に一人で立っている人が何人もいて。あと、部活でもあるのか、武蔵栄高校の制服姿の人がちらほらと。
「結構人がいるね、兄さん」
「そうだね。連休の初日だし、今日はよく晴れているからね。絶好の行楽日和だから、僕らみたいにこれからお出かけって人が多いんじゃないかな。水曜日に友達と行ったときはどうだった?」
「今みたいに人が多かったよ」
「そうだったか」
水曜日もよく晴れていたからな。あの日は午前中から夕方までずっとバイトしていたけど、多くのお客さんがサカエカフェに来てくれた。向日葵と福山さんも。2人はどんな5連休を過ごすのかな。
ICカードを使って改札口を通ったとき、走りながら近づき、嬉しそうに抱きしめ合う若い男女が視界に入る。確実にカップルだろう。これからデートに行くのかな?
「あの2人、カップルかな? ドラマやアニメを観ているみたいで微笑ましく思えてくるよ、兄さん」
「会えて凄く嬉しい気持ちが伝わってくるよな」
「そうだね。……私達も2人きりでいるからカップルに見えたりするのかな。……なんて」
変なこと言っちゃった、と撫子は僕を見ながら照れくさそうに笑う。本当に可愛いことを言ってくれるなぁ、我が妹は。
「どうだろうねぇ。髪の色は2人とも黒だし、顔つきもちょっと似ているけど。ただ、パッと見たら、カップルだって思う人はいるんじゃないかな」
「……そっか」
撫子は微笑みながらそう言った。
僕らはエスカレーターに乗って、花宮駅の方へ向かう電車が到着するホームへ。都心方面の電車が到着するホームとは逆なので、こちら側はそんなに人が多くない。
電光掲示板を見ると……次の電車まではあと5分か。
「兄さん、あそこに向日葵先輩がいる」
「えっ?」
向日葵の指さす先には、半袖の紺色の襟付きワンピースを着た向日葵の姿が。綺麗な金髪で目立つからか、遠くからでも存在感がある。そんな向日葵は、赤いロングスカートにベージュの半袖ブラウス姿の福山さんと楽しそうに話している。
「本当だ。福山さんと一緒にいる」
「福山さん?」
「ああ。福山愛華さん。彼女も僕のクラスメイトで、向日葵の友達なんだよ。水曜日もバイト中に2人でサカエカフェに来たんだ」
「そうなんだ」
そうか、撫子は向日葵とは話したことがあるけど、福山さんとはないんだ。
向日葵と福山さんが一緒にいると美少女オーラが凄い。それに惹きつけられているのか、僕ら以外にも彼女達を見ている人が何人もいる。上り方面のホームから見ている人もいるぞ。
「2人に一言挨拶しようかな」
「いいんじゃないか」
向日葵と撫子は仲がいいので、途中まで一緒に電車に乗る流れになりそうだ。あと、福山さんならきっと撫子と仲良くしてくれると思う。
「向日葵先輩、福山先輩、おはようございます」
撫子が声を掛けると、向日葵と福山さんはこちらに振り向き、笑顔で手を振ってくれる。
「おはよう、撫子ちゃん! あと、桔梗も。まさかここで2人に会うなんて。これからお出かけ?」
「はい。花宮へ映画を観に行くんです」
「あたし達も! ……あっ、こちらの彼女は中学からの親友でクラスメイトの福山愛華ちゃん」
「そうですか。初めまして、加瀬撫子です。加瀬桔梗の妹で1年5組です。園芸部に入っています」
「初めまして、福山愛華です。女子バドミントン部に入ってます。よろしくね、撫子ちゃん。私のことも名前で呼んでくれていいよ」
「分かりました、愛華先輩」
福山さんが手を差し出したので、撫子は嬉しそうに握手を交わした。これでまた一人、撫子に仲良くしてくれる先輩が増えたな。嬉しい限りだ。
「ひまちゃんの言う通り美人で可愛い子だね。桃色の縦セーターがよく似合っているし。加瀬君がシスコンになるのも納得できちゃうかも」
「とっても可愛い妹だからね。あと、向日葵は僕のことをシスコンだって言いふらしているんだね」
「言いふらしているってほどじゃないわ。近しい人にしか話してない」
「そうか。まあ、シスコンだって自覚しているし別にいいけど」
周りにどう言われようが、撫子が幸せになるためなら、これからも兄として動いていくつもりだ。
「そういえば、桔梗と撫子ちゃんは何の映画を観るの? あたし達は『名探偵クリス』の映画を観る予定だけど」
「私達もクリスを観るんです。11時開始の上映回で。兄さんがネットでチケットを予約してくれて」
「そうなのね。あたし達も11時か11時半の上映回で観たいと思っているの。まだチケットは買っていなくて。撫子ちゃんの話を聞いたら、あたし達も11時の回で観たくなってきたわ」
「一緒の回で観られると嬉しいよね。ただ、クリスは人気だし、公開から半月経った今でも休日になると席が埋まりやすいよね」
一昨年、去年と興行収入が100億円近く稼ぐシリーズだからな。僕ら兄妹のようにゴールデンウィークに観る人も多い。確実に観るため、予約できるようになってすぐに、11時の上映回の席を2席予約したのだ。
「私も2人と一緒の上映回で観られると嬉しいですね。……兄さん、今からでも追加で2席ネット予約ってできる?」
「空いていればね。残席状況を確認してみようか」
僕はジャケットのポケットからスマホを取り出し、これから行く映画館の企業アプリを起動する。そこから、花宮の映画館で11時から上映される『名探偵クリス』の残席状況を見てみる。
「……うん、空いているよ。僕らが予約した席の隣も2つ連続で空いてる」
「いいわね!」
「これなら4人一緒に観られるね。加瀬君、追加で2席予約をお願いできる?」
「分かった」
僕はアプリから、既に予約してある席の隣2席を予約する。
予約確認のページを見て、11時の上映回で4席予約できていることを確認。そのページを表示したスマホの画面を撫子達3人に見せる。
画面を見た3人は明るい笑顔になり、僕のことを見てくる。
「ありがとう、加瀬君!」
「ありがとう、桔梗」
「4人並んで観られるなんて。楽しみですね!」
撫子のその言葉に、向日葵と福山さんは笑顔のまましっかりと頷く。その姿は普段感じない幼さもあって。とても可愛らしい。そんなやり取りを見て、僕の心に嬉しい気持ちがどんどん沸いてくる。
「結構な席が埋まっていたから、4席連続で席を取れたのは運が良かったと思う。僕らが元々予約している席は後ろの方だから」
「後ろの方が観やすいものね。ここで桔梗と撫子ちゃんに会えたことが、一番運が良かったかも」
「ひまちゃんの言う通りだね」
「そう言ってもらえて良かったよ」
撫子と2人で観る映画もいいけど、向日葵と福山さんと4人で観るのもきっといいだろう。
それから程なくして花宮方面へ行く電車が到着。僕ら4人はその電車に乗り、映画館の最寄り駅の花宮駅へと向かうのであった。
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