第7話『向日葵と撫子』

 4月30日、木曜日。

 休み明けの学校は気持ちが重くなりがち。だけど、今日は木曜日で、今日と明日学校に行けば5連休が待っている。なので、学校に行くのが嫌だとは思わない。それに、僕の場合、昨日は休日というよりもバイト日って感じだったし。

 午前中の授業を受け、昼休みになると、今日もいつも通り岡嶋と津川さんと一緒に昼食を食べ始める。

 岡嶋と津川さんによる昨日のデート話&惚気話も始まる。2人は東京郊外にある東京パークランドという遊園地に行き、とても楽しい時間を過ごせたそうだ。2人の友人として嬉しい限り。パークランドには家族や友人と何度か行ったことがあるので、2人の話を結構楽しめている。


「加瀬。お土産買ってきたぞ」

「ありがとう」


 岡嶋からお土産の入った袋を渡される。

 中身を見てみると……キャンディーの袋が入っているな。この桃色で透明なキャンディーには見覚えがある。


「いちごキャンディーか。懐かしいな。何度か親に買ってもらったよ。甘酸っぱくて美味しいんだ。嬉しいよ」

「そう言ってくれて良かったぜ」

「そうだね、カイ君」

「結構あるから、ゴールデンウィークの間は楽しめそうだ。ありがとう」


 撫子ほどではないけど、僕も甘いものは好きな方だ。最後まで飽きずにいちごキャンディーを食べられると思う。もし、撫子が欲しいと言ったら何粒かあげよう。

 いちごキャンディーをスクールバッグにしまい、僕は再び2人の話を聞きながらお弁当を食べる。

 そんな中、向日葵と福山さんの方をチラッと見てみる。今日も2人で向かい合って、談笑しながらお昼ご飯を食べている。そんな2人を見て、昨日、サカエカフェでお昼ご飯を楽しんでいるのを思い出した。あのときの2人の笑顔は素敵で、胸が温かくなった。




 放課後。

 終礼が終わり、僕はサッカー部の活動がある岡嶋と一緒に教室を後にする。授業が終わったからなのか、それとも昨日の津川さんと遊園地デートに行ったからか、彼のテンションは普段よりも高めだ。

 校門とサッカー部の部室は方向が違うため、校舎を出たところで岡嶋とは別れた。


「さて、今日はどうするかな……」


 バイトないからなぁ。今日が月水金のいずれかなら、園芸部での撫子の様子を見守るのもいいんだけど。そんなことを考えながら、何となく撫子のクラスの教室がある教室B棟の方に視線を向けた。


「あっ」


 教室B棟の入り口を出たところに撫子の姿が。スクールバッグを肩にかけているから今から帰るところ――。


「いや、違いそうだ」


 右手に白い紙を持ってるぞ。過去の経験から推測するに、きっと呼び出しだろう。もしそうなら、これから撫子が向かう先は校舎裏か体育館裏だろう。


「どうしたの、桔梗。こんなところに突っ立って、B棟の方を見て」


 気付けば、僕のすぐ近くに向日葵が立っていた。不思議そうな顔をして僕のことを見ている。こんなところに一人で立ち尽くしていたら、何があったのかと思うのは当然か。


「B棟の入り口前に僕の妹が立っていてさ。撫子って言うんだけど」

「撫子っていう花の名前があったわね」

「そう、その撫子だ。母親が特に花が好きでさ」

「そうなのね。その撫子ちゃんっていうのは、あの白い紙を持ってる子?」

「そうだよ」

「へえ、そうなんだ! 凄く可愛いんですけど!」


 向日葵は目を輝かせて撫子の方を見ている。


「分かっているじゃないか、向日葵」

「……どうしてあなたが嬉しそうに言うの?」

「妹のことを凄く可愛いと言ったんだ。兄として嬉しくなるのは当然だろう」

「な、なるほど。……そういえば、お姉ちゃんの友達があたしを可愛いって言ったとき、お姉ちゃんはとても嬉しそうにしていたっけ」

「……そうか」


 妹を持つ人間として、向日葵のお姉さんとは話が合うかもしれない。いつか、妹という存在についてお姉さんと談義したいものだ。


「一緒に撫子のところに行くか?」

「うん!」


 向日葵はとってもいい返事をしてくれた。

 僕は向日葵と一緒に撫子のところへと向かう。


「撫子」

「……あっ、兄さん。それに……宝来先輩」


 撫子は見開いた目で向日葵のことを見ている。嫌悪感のある態度について謝られたり、クレーンゲームでぬいぐるみを取ってあげたりしたことなどは話しているけど、こうして僕と一緒にいるところを見て驚いているのかも。


「初めまして、加瀬撫子といいます。1年5組で……園芸部に入ってます」

「あたしは宝来向日葵。初めまして。お兄さんのクラスメイトで、部活には入ってません。よろしくね、撫子ちゃん。あたしのことも下の名前で呼んでいいよ」

「は、はい。では……向日葵先輩。よろしくお願いします」

「うんっ」


 向日葵は先輩らしい穏やかな笑みを浮かべ、撫子の頭を優しく撫でている。撫子も柔らかな笑みを見せているし。

 さっき、向日葵は撫子を見て凄く可愛いと言っていたけど、こんなにも早く仲良くなれるのか。女の子同士だからかもしれない。

 向日葵。兄のことは鬱陶しく思っていても、妹のことは嫌いにならないでください。


「ところで、撫子。その右手に持っている白い紙は何なんだ?」

「あたしも気になってた」

「あぁ、これはラブレターです。体育館裏に呼び出されていて。名前からして男子でしょうね。知らない名前ですけど。今朝、教室に行ったら机の中に入っていました」


 やっぱり、ラブレターだったか。撫子は今までに何度も告白されてきたからなぁ。


「そうだったんだ。下駄箱ほどじゃないけど、机の中にラブレターを入れられることもあるよね。どちらも場所を調べられて、勝手に中に入れられるから気分が良くないけど」


 眉をひそめ、不機嫌そうに言う向日葵。向日葵へのラブレターを入れた人がかわいそうな気もするが、向日葵の言うことも理解はできる。


「まあ、連絡先を知らない人に好きな気持ちを伝えて呼び出す手段には、ラブレターはちょうどいいからな。友達や知人に渡すのを任せることもできるし」

「愛華経由でラブレターを渡されたこともあったわ」

「それも経験ありか」

「……ところで、桔梗って告白された経験ってあるの?」


 向日葵は頬を赤らめ、僕をチラチラと見ながら言う。


「何度かね。高校に入ってからも2回くらい告白されたかな」

「……そっか。やっぱり、告白された経験あるんだ」


 向日葵は納得した様子でそう言ってくれる。向日葵や撫子に比べれば全然少ないけどね。


「……話を戻そう。撫子は体育館裏に呼び出されているのか。おそらくそこで撫子に告白するんだろうな。バイトの予定もないし、兄さんがついていってあげようか?」


 相手の男子がどんなやつなのか気になるし、撫子のことが心配だから、本当はついていきたい。だけど、撫子も高校生になったんだ。嫌だと言われたら帰る……つもりでいる。

 撫子は微笑んで僕のことを見る。


「私の側にいなくていいけど、隠れて見守ってくれると嬉しい。告白を断るし、相手にどんな反応をされるか分からないから」

「分かった。何かあったら、兄さんがすぐに助けてやるからな」

「あたしも特に予定ないし、撫子ちゃんのことを見守っていてあげるわ」

「ありがとうございます。向日葵先輩もいると、より心強いです」


 撫子は穏やかに笑みを見せながら言う。見守ってくれる人が多いに超したことはないからな。兄としても、向日葵が見守ってくれるのは有り難い。

 僕らは3人で撫子が呼び出されている体育館裏に向かって歩き出すのであった。

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