第17話 私は、今日も今日とて、また空回る。 ①




 私は、とても不器用な生き物です。

 何がとは言いません。全てにおいてです。

 なんせ、せっかく助言をいただいたのに、私は結局、放課後の下駄箱でこうしてひとり。


 『先輩は美人なんですから、押せ押せでイチコロですよ』


 お昼に出会った下級生から、階段の踊り場で、目の覚めるような美貌を見せつけられながらも背中を押してはいただきましたが、アナタみたいな美少女から容姿を褒められても素直に喜べません。

 あの子のように可愛ければ私ももっと素直になれたのでしょうか。いや、無理でしょうね。

 残念ながら、口ベタで能面のような顔をした背が高いだけの薄気味悪い女というのが、私に対する大方の総意でしょうから。

 とはいうものの、これでも私なりに努力はしたのです。

 恥を忍んで言わせて貰うと、決して言い訳ばかりしてきたわけではありません。

 このままではいけないと、少しでも前を向こうと、高校入学を機にいろいろと試行錯誤はしてきました。

 ただ、むなしいことに、そう易々と努力というモノは実らないようでして。私という人間は、どうにも結果を出すのが苦手のようなのです、悲しいことに。

 なんせ、中学までは勉強一筋の私です。いろいろな出来事が重なって、長らくオシャレというモノを遠ざけて生きてきましたから、仕方ないといえばそれまでではあるのですが。

 当然、当時の私は周りの話題についていけず、半ば孤立気味でしたが、それでも、幾人かの友人はおりました。揃いも揃って皆、優秀な女子ばかりです。こんな私と仲良くしてくれたのだから、人柄も言うことありません。それぞれが県下でもトップクラスの有名私立に挑戦し、見事なものでした。

 私はというと、お恥ずかしいかぎり。

 もともと無謀な挑戦だったのでしょうね。それでも、皆と離れたくないからと、ひとりぼっちは嫌だからと、背伸びして、足掻いて藻掻いて、無理がたたっての体調不良でおじゃんです。体調管理も受験における重要なファクター。それを疎かにしたのですから、失敗して当然というもの。

 そうですね、その日は涙が止まりませんでした。

 友人達とのお別れもそうですが、何よりもあそこまで努力が実を結ばなかったのですからね、多分、その時はじめて挫折というものを味わったのかもしれません。

 誰のせいでも無く自分のせい。悔しくて、悲しくて、腹立たしくて。

 そして、母に八つ当たりしたのも初めてでした。

 決して、親から強要された受験ではありません。私が行きたいと願った高校です。両親ともに献身的なサポートをしてくれて感謝してもしたりないほどでした。

 だと言うのに、受験に失敗し、伏せる私の看病に来た母に対して、


 『出ていって! 』


 あろうことか枕を投げつけたのです。手に持った薬やお水で辺りが大変なことになりました。その場で母も怒鳴りつけてくれれば良かったのにですね。ただ、心底申し訳ないといった顔で『ゴメンね』とだけ。

 母は一つも悪くは無いのに、自分の力が及ばなかった私自身のせいなのに、そこで私は気がつきました。

 あのときの母の顔は未だに私の瞼の裏に残っています。きっと忘れることは出来ないでしょうね。

 締め付けられる胸の痛みと引き換えに、自分はとても醜悪で、心の貧しい恩知らずな人間であることを思い知ったのですから。


 ……思えば、その日からでした。私が今のままではいけないと考えたのは。


 その日の夜遅く、私は涙ながらに母に謝りました。受験に失敗したこと、母に対する不遜な振る舞い。同時に、これまでの感謝を述べ、抱きしめてくれた母の胸の中で、私は変わろうと、いえ、違いますね。変わらねばと決意したのです。

 ですが、所詮付け焼き刃。世の中は難しいもので、全てにおいてそう簡単に上手くいこうはずもなく。

 失敗に次ぐ失敗の連続は、今も継続中で、私という人間は、こうまで成長しない生き物なのかと、我ながら呆れかえります。

 まず、最初に挑戦し、失敗したのは見た目の変容でした。

 恥ずかしながら、そういった知識が当時の私には皆無でありまして、それでもどうにかせねばと、インターネットで検索し、物は試しと今一番同年代に売れているファッション雑誌を購入。猫背気味の背をただし、コンタクトを入れ、猛勉強の末、美容院で大枚をはたきました。

 その際、きっとあまりにも素材が悪かったのでしょうね、腕の見せ所だと張り切られたのかもしれません。

 髪を整え始めるやいなや、担当のお姉さんが私の長い前髪を上げて、


 『え。うそ……ウソウソウソっ! ヤバッ!! ちょっ! 店長!! 』


 美容室の皆が色めき立ったように総出で、サービスでお化粧までしていただきまして、こんな私がご迷惑をかけました。スミマセンと何度心の中で謝罪を繰り返したことでしょう。

 最後は自分たちの頑張りを後世に残しておきたかったのか、問題作であろう私なんかを、鼻息荒くカメラに収める始末。

 終始、店長のような方が母と何かお話をしていたのですが、代金を上乗せされていなければ良いなどと考えつつ、ちょうどお化粧にも挑戦したいと考えていたので、ネガティブな性格も変えていかねばなりませんし、とても恥ずかしかったことを差し引いても、良い勉強になったと、その場はそう考えることにしました。

 それにしても、その日の私は、よほどお化粧という仮面で普段と違って見えていたのでしょうね。

 自宅へと戻った私を一目見るなり、おもむろに父が写真を撮りに行くぞとのたまったのですから驚きました。

 先ほどの美容室で嫌というほどフラッシュを浴びたばかりですし、それに、わざわざ写真館に行くほどのことではないだろうと断固辞退しましたが、おめかしという背伸びをした娘の姿に、いわゆる馬子にも衣装という言葉が強く当てはまったのかもしれませんね。

 しかも父は、母から手渡された名刺のようなものをこれでもかというホドに細切れに破り捨てると、『外に出るときは今までどうりで良いんじゃないのか』と、真剣な面持ちで本末転倒なことを言い出す始末で。

 母にも『ダメだぞ。この子はそんな世界には行かせないからな』など、意味不明なことを言っているし、母も母で嬉しそうに『アナタがあまりにも可愛いから、お父さん、心配なんですよ』なんて、我が子に対し、お世辞なんて意味をなさないだろうに。本心からそう思っているのなら、ただの親馬鹿でしょうね。


 ――ですが、亀の甲より年の功とはよく言ったもの。それからすぐにさすが父だと舌を巻く出来事がありまして。


 結論から言うと、親の言うことは素直に聞くものですね。世間知らずの私は、その数日後に、筆舌にしがたいほどの酷い目に遭いました。

 きっと、お化粧が濃かったのかも知れません。所詮、見よう見まねの素人仕事。やはり不慣れな事はするべきではありませんね。高めの身長と相まって悪目立ちというものを起こしてしまったのでしょう。

 入学してから、ものの一週間で、暗がりに連れ込まれたのです。

 今思い出しても肌が粟立ちますね。

 そう、ちょうど帰ろうと校門へ歩を進めていたときでした。肩を叩かれ、振り向くと一人の男子生徒が微笑んでいたのです。


 『今、時間あるかな? 』


 髪色が明るく、どこか軽薄な笑みを浮かべるその顔は、私が苦手とする人種ではありましたが、よく見ると一学年上の先輩。

 これから3年間通うことになる学び舎です。せっかく変わろうと決意したばかりですし、ここでこの人を邪険に扱い、波風立てるのは得策ではありません。

 なにやら手伝ってほしい事があるそうで、時間はとらないからと前置きされましたし、まぁ少しくらいならと、ついて行ったのが運の尽き。

 私は一生その場所には近づかないでしょうね。行けばきっとあの上級生の下卑た笑顔を思い出し、酷く体調を崩すでしょうから。

 そして、薄暗い校舎裏で私を待っていたモノは、まさかの愛の告白でした。

 いいえ、あれはそんな物ではありません。そうですね、あれは脅迫の類いだと思います。


 『一目見たときから、キミの美しさに心奪われて』


 美しさ? この時点で、偽りだと確信しました。たくさんの女子生徒がいる中で、私が容姿で選ばれることなどまずありえません。

 そして何よりも、この香水の匂いが不快でした。適正な量を知らないのでしょうか、過剰なまでの芳香で、息苦しくてたまりません。

 やり口も手慣れていて初めてではないはずです。この調子で浮ついた台詞を次から次に並べ続け、同時に校舎裏のさらに奥へ奥へと押しやる手際の良さ。大方、気の弱そうな女子を狙って同様の犯行を繰り返してきたのでしょう。

 私に声をかけた時点で、やはり見てくれなどどうでも良かった事は察しがつきます。

 周りの女子より頭ひとつ大きな身体です。たまたま目について、それでいて下手くそな化粧なんてしているものだから、つい最近まで日陰者だった女子が背伸びをしているなと見抜かれたのでしょう。そして内面の気の弱さもにじみ出ていたのでしょうね。

 コイツは強引に迫ればどうとでもなるぞと、見た目どおりの軽薄な考えで、ともすれば女子なら誰でも良かったのかもしれませんね。自分で言っておきながら情けない限りなのですが。

 もちろん、私も一応の抵抗は試みました。

 ですが、その上級生に、とても強く手首を握られ、振りほどくのは不可能で。そもそもこういった事に慣れていない私です。悲鳴のひとつでもあげれば良かったでしょうが、萎縮する身体に混乱する頭では、ただただ狼狽するだけ。

 あれよあれよと壁際に追い込まれ、その間、ずっと目の前の上級生は気持ちの悪いことを言い続けており、――もう、私は限界でした。


 「やめろ。くだらねぇ」


 ――そう。その声が、聞こえるまでは。



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