9話-番外編2 ため息のはける場所
最近、調子がよくない。
体調面は花粉症だし、何より悪いのは精神面だ。
過去の嫌な出来事や言葉が脳の中で繰り返し再生される。
――お前は愛されない
――みんな迷惑しているんだ
――お前に愛された奴はかわいそうだ
『私は誰も愛さない』
気分がよくない。
自分で自分の気持ちを気持ち悪く感じる。
なにせ、自称『自分を愛する人間』を唾棄していた人間だ。
こういう時は『ラーメンを食べよう』
仕事帰り。
電車の遅延で私はターミナル駅にいた。
改札口を降りるとリンガーハットがある。
そこでちゃんぽんを食べようと思った。
私のちゃんぽん歴は実は結構長い。
今から三十年以上前。
ある休日に見た事もない料理が夕食に出た。
キャベツや豚肉、ニラ、人参……
「母さん、なにこれ?」
「『ちゃんぽん』っていう長崎の料理よ」
弟の問いに母が答える。
『いただきます』をして、食べる。
当時から私は野菜嫌いだったが、不思議とちゃんぽんに入っている野菜は食べることが出来た。
たぶん、野菜をあまり食べない私のために母が滅多に買わない冷凍食品で見つけて試したのだろう。
そして、大成功した。
「これ、美味しい」
「天美、きくらげ食べられるの?」
母は意外そうに言った。
父がふざけて言う。
「お前、これ、ペンギンの耳だぞ」
(後年、弟は言った。「俺、あの時の親父の言葉を真に受けてさぁ、きくらげってペンギンの耳だと思っていたんだ。で、学校で調べたら、あれキノコじゃん。ショックだったねぇ」)(弟二十歳の発言)
私は『だから何?』と思っていた。
池波正太郎のエッセーにも長崎ちゃんぽんは登場する。
ただ、当時は極限られた店でしか提供されていなかったようだ。
少なくとも私が小学生になるまではかなりマイナーな料理だった。
それが冷凍食品になり、リンガーハットが全国展開することで有名になったと思われる。
私にとってリンガーハットは、少なくとも今の仕事を始めたときから、『ため息のはける場所』であった。
スープを飲んで「はぁ」とため息を吐く。
このため息には仕事の疲れや嫌な思いもたくさん詰まっている。
普段、仕事場などでは常に『生真面目』『怖い人』でいる。
これは自分に課したものもあれば周囲のイメージもある。
それに応えるために私は自分を
嘘を付く。
だが、スープを飲んでため息をつく瞬間だけは素の自分に戻れる気がする。
なんでもない、気を張ってないだらけた自分。
私は改札口を降りてリンガーハットの店に向かった。
だが、そこにあったのは閉店を知らせる張り紙とシャッターの降りた店だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます