勝てないチェス

 

六月二十六日

今月もテストがあった。

僕は九十五点だった。

兄さんは九十点。

お母さんは大喜びだ。

僕ら二人を抱きしめ、頭を撫でた。今夜はご馳走だと。

がんばったから、嬉しいな。

美味しいご飯も食べられる。

兄さんもがんばったからこそこんなに嬉しいことがあるんだ。

でも、おかしいな、兄さんはずっと、本を読んで、友達と遊んでいたはずだったのに。

 

六月二十七日

僕は、兄さんに勝負を挑もうと思う。

兄さんの部屋に行く。

お手伝いさんに綺麗にしてもらっているはずなのに、すぐに散らかるのは相変わらずみたいだ。

兄さんは、床に腹ばいになり、クッションを肘に敷いて、貸した本を読んでいた。

僕に気づくと


「ん?どうした」


と顔を向けてくれた。

僕は微笑んで、兄さんの部屋の隅に置いてあった、チェス盤を指さして


「ねぇ、兄さん。チェスしない?」


と誘った。

兄さんはきょとんとした顔をする。


「え?いいけど」


了承は得た。

チェス盤僕と兄さんの間に広げて、ゲームを始めた。


「珍しいな、ルーナエから誘ってくるなんて」


「最近やっていなかったからね」


チェス盤の上を、ぽん、ぽん、と音を立てながら駒が動く。


「そうだったな。本読んだり勉強するほうが楽しくなっちゃってな。やってみると面白いもんだよな」


「そうだね」


ゲームはどんどん進んでいく。

一見どちらが優勢か分からない互角の勝負のように見えていた。

しかし、局面は突如、一変する。


「チェック」


兄さんが大手を掛けた。

盤面を見ると、知らない間に僕は追い込まれていた。


「チェックメイト」


次の手で、僕のキングは呆気なく、討たれてしまったのだ。

完敗だった。

あんなに、練習したはずなのに。

 

七月一日

僕は勉強しかできないつまらない奴だ。

兄さんの友達がそう言っているのを聞いた。

兄さんがなんて答えたのかは怖くて聞けなかった。

ちがう、僕は勉強も出来なくなってしまうかもしれない。

兄さんはすごいスピードで本も読んで勉強も出来るようになった。

いずれ僕を抜くだろう。

でも僕は頑張ってもチェスで勝てない。

兄さんみたいに友達も多くない。

兄さんみたいに、歌も上手くないし、運動も得意じゃない。

何でもできる兄さんと何もできない僕。

僕は、兄さんといる事でつまらない奴になってしまいそうだ。

いっそ、僕が僕なんて捨てて、兄さんになれたならいいのに。

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