足りないナイフとキャビア

レストランは船の真ん中あたりのフロアにある。


シャンデリアのぶら下がる広々としたホールにはテーブルクロスを纏った丸テーブルがいくつもあった。

まるで、高級レストランだ。


「おい見ろよ、景色がすごく綺麗だ」


「本当だね。いい風景を見ながら食事を摂れるなんて最高だね」


それに加えて、オーシャンビュー。

外の景色を一望しながらのディナーが楽しめる。


今の時刻だと、夕焼けの橙色が空と海を覆いつくしていた。

夕食には普段よりも少しだけ早い時間という事もあって、二人はこれまた夕焼けを楽しめる特等席を選んだ。


椅子を引いて、席に着く。


「ん?」


と、テーブル上を見渡し、リュクレーヌは顔を歪ませた。

何か違和感でもあったように。


「どうしたの?」


「いや……おかしいな、ナイフが足りない」


「えっ……あ、本当だ」


「まぁ、食えるから問題ないか」


「そういう問題?まぁ、わざわざもらってくるのも面倒か……」


多少のトラブルがあれど、スタッフの手間を取らせるのは申し訳なかった。


タダで豪華客船に乗り、高級料理を食べているのだ。

これ以上の贅沢を言ってしまえば罰が当たってしまうのではないかとも思えた。


「おっ!来た来た!」


数分後、食事が運ばれる。

まず運ばれてきたのは、貝と野菜のタルタル仕立て。

つまりは前菜だ。


白いホタテ貝。

黄色いムール貝が彩りのあるパプリカやレタスと和えられている。

その上には小さな黒真珠が飾りのようにあしらわれていた。


「美味しい!」


「そうだな。これ、なんて言うんだっけ、フレンチ?」


「そうそう。フランス料理だよ。うわっ!キャビアだ!」


「キャビア?この黒い粒々か?」


「粒々って……高級品だよ。世界三大珍味の一つ。チョウザメの卵なんだ」


「ふぅん……しょっぱ!」


「塩漬けだからね。野菜と一緒に食べなよ。あぁ、美味しいなぁ……」


フランは料理に夢中だ。

と言っても食べる者の観点ではなく、作る者としての観点で楽しんでいる。


「いやぁ、今後のフランの料理が楽しみになるな」


「ちょっと、ハードル上げないでよ。キャビアは流石に手に入らないからね」


「ははっ、悪い悪い」


あっという間にデザートまで平らげてコース料理は終了した。


口元をナフキンで拭く頃には、足りなかったナイフの事など既に忘れていた。

 

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