沈没事故の直後

良い知らせのはずなのに、先ほどからフランは困惑するような表情しか見せない。

不審に思い、リュクレーヌは単刀直入に訊いた。


「どうしたんだよ。なんでそこまで渋るんだ?俺達一生かかっても行けないような旅だぞ?」


「いや、リュクレーヌ昨日の新聞で見てないの?」


「昨日?」


フランは昨日の新聞を持ち出して、デスクに広げた。


ファントム拘束後、マスカへの警鐘を鳴らす記事は随分と小さくなり、それよりも大きく、一面には痛ましい事故の記事が載っていた。見出しには「豪華客船、沈没!」とこれまた大きく書かれていた。


「豪華客船の沈没事故があったばかりなんだよ」


「あー……」


「縁起悪くないかなって……」


豪華客船の沈没事故直後に豪華客船の旅のお誘い。


なるほど、躊躇するはずだ。もしも、自分達の乗る船も沈没してしまったなら?

陸から遥か離れた大海原に身を投げ出されるような事になれば、命は無いだろう。


だが、リュクレーヌは自信満々に胸を叩く。


「大丈夫だって!俺は死なない」


「リュクレーヌはマスカだから死なないかもしれないけど、僕は人間だから死ぬの!」


「だからだよ」


「え?」


「俺が居ればお前も死なない。そうだろ?」


口元をにっ、と上げてリュクレーヌはフランの方を見た。

船が沈没するような事があったとしても、リュクレーヌが居ればフランを護ることができる。


リュクレーヌには失う命など無い。

何も怖いことなどないのだ。


「それは……そうだね、確かに」


フランは頷く。するとリュクレーヌやっと許しを得た喜び大きく手を叩いた。


「じゃあ決まり!出発は明後日だから!前日に眠れないなんて事にならないように!」


「うぅん……なんかうまく丸め込まれた気がする」


フランの不満も聞かず、リュクレーヌはそそくさと旅行鞄を取り出して旅支度をした。

 

 

完全に納得はしていなかったが、約束の日まで時間はなかった。


海を迷いながら泳ぐ魚の如く、流されるようにフランは船旅へと連れられて行ったのだ。


「すげー!サメもいる!俺、本物初めて見た!」


「やれやれ……」


ここまで何も気にする事なくただただ純粋に船旅を楽しむことしかしていないリュクレーヌを見ていると、悩んでいる自分が馬鹿らしく思えてきたようで、フランは諦めた様にため息をつく。

せっかくだし、自分も楽しむか。

とフランはデッキから移動する事にした。


「どこ行くんだ?」


「せっかくだし、娯楽施設とかにも行ってみようかなって」


「お!いいねぇ!俺も行くよ」


「今からだと、ホールでショーがやるみたいだよ」


「じゃあ、それに行こうか」

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