バックムーン

ひと月後

七月某日の午前中。リュクレーヌはデスクにて新聞を広げていた。


「ファントムにご用心。契約はしないでください……だってさ」


フラン殺人未遂事件から一ヶ月以上が経とうとしていた。

それはつまり、ファントムの存在が公になってから一ヶ月が経過したことを意味する。


あのとき、ファントムの存在を知り契約にこぎつけた者たちは、乖離が起き、自我を失い兵器となっているのだろう。


「今日の新聞の一面?昨日のじゃなくて?」


「あぁ。こうも毎日同じ記事だと代わり映えしないというか……飽きてきた」


新聞は毎日のようにファントムへの注意喚起をする。

内容は以前、新聞社に務めるメリーが、ファントムに直接取材したものの使いまわしだ。

皮肉にも、記事は「オカルトめいたもの」として、没にされたものであり、おかげでメリーはマスカになってしまったのだが──


「でもさ、実際にマスカが増えたり、殺人事件があったり、消息不明の人とかがいるわけじゃないんだよね……」


新聞の注意喚起が功を奏しているのか、マスカが大量発生するという事実は無かった。

寧ろ、先月までよりも大人しいくらいである。


「クレアにも訊いてみたんだけどさ、特に異常がある訳じゃ無いらしいんだよね」


試しに、フランはアマラ軍に所属するクレアに任務が最近忙しくないかを尋ねた。

だが、返ってきた答えはNO。

先月よりもよっぽど暇らしい。


無論、ルーナ探偵事務所も相変わらず暇なのだが。


「……ご飯、作ってくる」


「おう、ありがと」


気を取り直そうとフランはキッチンへと向かった。

──僕を刺したときのファントムの顔、何かあったはずだ

フランが刺された時、ファントムは随分と嬉しそうだった。何か作戦でも成功したような。


不死身であり、ルーナエの兄であるリュクレーヌを狙うのには、理由がある。だが、フランは?

──もしかしたら、自分の事も狙う理由もあるのかもしれない。

神妙な面持ちでフランはランチ用に均等に切り分けたバケットをオーブンにかけた。


「うわーーーーーーっ!!!」


「!?」


平和なひと時も束の間。

事務所の方から断末魔ともとれるようなリュクレーヌの叫び声が響く。

フランはキッチンから事務所の方へとはじかれたように駆け出した。


「何々何っ!!どうしたの!」


緊急事態か?敵襲か?とスチームパンク銃を鷲掴みにしてリュクレーヌの元へ駆けつける。


すると、リュクレーヌは青ざめた顔を向け、フランの肩をがっしりと掴んだ。


「で……出たんだよ!!奴が!」

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