第13話 女神の毒は旅人を刺す


 女の声を聞いた瞬間、俺ははっとした。こいつは管制官と同じ声、勝負の女神の声だ。


「あんただったのか……昼はお堅い仕事で、夜はギャンブルのパートナー。ぞくぞくさせてくれるね」


「アリータ・ナボコフよ。さっきはひどい目に遭わせてくれたわね。お蔭で今でもあちこちが痒く感じられるわ」


「そいつはすまなかった。……で、どうして俺たちを助けてくれたんだい」


「今の生活に飽きてたところに、面白そうな人たちが現れたからちょっと手助けしてあげたくなったの。ギャンブルのスリルにも、この男にも飽きてたからちょうどよかったわ」


 アリータは意識を失っている男の手からから起動キーを奪うと、俺に向けて放った。


「俺たちのトレーラーはどこだい。勝手にレッカーされて困ってたとこなんだ」


「こっちにあるわ。ついて来て」


 俺たちは言われるまま、少し離れた空地へと移動した。俺が運転席のロックを外すと、アリータが「家の近くまで乗せて行ってくれない?助けてあげたんだから、それくらいいいでしょ」と俺にねっとりとした眼差しを寄越しながら言った。


「もちろん、いいとも。確か今日まで生きていられたら、デートしてくれるんだったよな」


「深夜のドライブデートってわけね。十分だけつき合ってあげるわ」


「やれやれ、タクシー並みの扱いときたか。……まあいいや、乗ってくれ」


 俺たちはアリータを助手席に乗せると、トレーラーを発進させた。


「……で?君の家ってのはどこなんだい」


 俺が上機嫌で尋ねた、その時だった。冷たく硬い物体が俺のこめかみに押しつけられた。


「おいおい、冗談はよしてくれ。俺はこう見えて気が小さいんだ。……それに、美しいご婦人に物騒な飛び道具は似合わないぜ」


「あいにくと冗談じゃないのよ。死にたくなかったら私をあなたたちの『家』に招待して」


「素人が『バッドガイザー』を扱うのは無理だぜ。あんなものを奪ってどうする気だ?」


「あなたが知る必要はないわ。あちこちの海で無法者たちを黙らせてきた『鋼鉄の城』ですもの。有効に使わせていただくから、安心して」


「ちっ、知ってやがったか。油断のならない女神さまだ」


「うふふ、噂の『鋼鉄の城』のキーがこんなに簡単に手に入るなんて、今日はついてるわ」


「せっかくだがね、『バッドガイザー』は女人禁制なんだ」


「男の城ってわけね。管制室でお相手をさせて貰った時から、噂の流れ者達だとすぐ気づいたわ。……もっとも、荒くれ者たちには強くても女には弱いみたいだけど」


「噂が伝わっていたとは光栄だね。なんなら武勇伝だけじゃなくて、三人のとびきりいい男だっていう評判の方も覚えておいてくれないか」


「ふふ、思ってたよりはいい男みたいね。……頭に大きな穴を開けるのが惜しいくらい」


「そいつは嬉しいね。今度、俺の『ウィンガー』にご招待したいところだ」


「あら、女人禁制じゃなかったの?」


「バラバラの時は自由さ。……ただ俺の愛機はコクピットが一人用でね。一緒にランデブーするには身体を密着させる必要がある」


 俺は女に軽口を叩きながら、アクセルの隣にある小さなペダルを利き足でそっと踏んだ。


「狭いのは嫌よ……あっ!」


 アリータは悲鳴に似た声を上げると、内側に向かって開いたシートの中に一瞬で呑みこまれた。


「ふふん、俺の一番のお気に入り『人喰いシート』はいかがかな。女神様」


「出して、私ほんとに狭いところが駄目なのよ」


「さて、どうしましょう。このままお城に連れて帰るか、イカサマの旦那の元に返すか」


 俺はアリータのもがく音を聞きながら、狩りに成功したハンターの気分を味わっていた。


「おいクライ、女とマジックショーでもする気か?だったらこの車ごと島に置いて行くぜ」


 鼻歌を歌いながらあれこれ思案を始めた俺に、後部席のギランが呆れたように言った。

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