#2 本題章 その1

 酒場みたいなレストランを出る時、お姉ちゃんに頭を撫でられた。


 わたしが席に忘れた、桜色の、丸く服らんだ、

 小さな天使の羽が左右にくっついている帽子。

 わたしが小さい頃から不思議と、肌身、離さず身に着けているものだ。

 お姉ちゃんはそれをわたしに被せてくれた。


「ありがと」

「元気が良く、ハングリー精神旺盛なのはいいけど、あんまり無茶しちゃダメだよ」


 指先でこつん、と鼻先をつつかれた。

 帽子を深めに被って、


「気を付けるよ」


「あ、そうそう」

 背中合わせで別れようとしたわたしを、引き止めるお姉ちゃん。

 言い忘れかなと思ったけど、重要な事じゃなかったらしい。


「二人にちゃんと言っておきなよー」


 お姉ちゃんは、言い終わる前に既に後ろを向いて、手だけを振っていた。

 だから返事ができなかったし、わたしも、「?」とぽかんとしていた。


 なんだろ? 考えても答えはでなさそうだったので、諦めた。

 いずれ思い出すと思う。


 そう、楽観視していた。

 だからわたしは、命を落としたんだ。




 夜空に浮かぶオーロラのような色合いの生地の、ぶかぶかのコート。

 丈が長く、地面にあとちょっとで着きそうだった。

 袖は短く、コートの内側は、水色のスカートの下に短パン。


 生足を見せつけるように! 

 ううん、ただ暑がりなだけなんだけどね。

 だからキャミソールみたいな、お腹を出した服装をしているわけなんだけど。


 でもこの格好、お姉ちゃんたちには怒られたなあ……。


 中でも、テュアお姉ちゃんだけは怒ってはいても、ちょっと違う。

 露出が多い事を危惧したお姉ちゃんは、

 コートと、スカートの下に短パンを穿くことをアドバイスしてくれた。


 おかげで他のお姉ちゃんからのお小言が随分と減った。

 ま、まあ、それでも別の用件で言われる事が多いけど……、

 それも、一人暮らししている今のわたしにはあまり関係がないかな。


 森林街から森へ。

 そして巨木シャンドラ。

 雲に届きそうな高さを誇る世界最大の目印を見上げながら、帰路を歩く。


 そして、三本の木の間に挟まっている木造ウッドハウス――、

 わたしのマイホームに辿り着いた。



 んで。


 シャワーを浴びてちょっとのんびりしてから首飾りを探しにいこうと、

 ドアノブを捻ったけど、扉は開かず、窓も硬く、うんともすんとも言わない。

 つまり、冒頭のところに戻ってきた。


 そして、いつの間にか潜り込んでいた、妹二人。


 ベリーとショコナ。


 ベリーは赤毛のツインテール。

 ショコナも同じく、赤毛のショートボブ。


 二人は双子で、髪型を揃えたら、きっと瓜二つになる。

 どっちがどっちだが、分からなくなる自信があった。


 双子だと、差別化の意味も込めて、好みや性格が正反対、

 とイメージがつきやすいけど、この二人は似ている。

 双子なんだから当たり前だとは思うんだけど、性格は、なにからなにまで一緒だった。

 どっちかが無茶をしたら片方がたしなめるっていう事ができない。


 どっちかが無茶をしたら、片方も一緒に無茶をする。

 暴走に暴走を重ねて、雪だるま式に悪循環が膨らんでいくっていう、

 見過ごせない問題があるんだけど、本人たちは特に気にした様子ははない。


 ……それもそうかな。

 本人たちは楽しむためだったり、良かれと思ってやっているんだから。


 そんな二人はメイド服を着ていた。

 わたしの家……、元々住んでいたお屋敷の事だけど、そこの侍女さんが着ている制服だ。

 なんで着ているんだろう……、二人の事だから、着てみたいから着ただけなんだろう。

 ここにいるのだって、きたいからきただけだろうし。


 思いつきで行動する。考える事をしない。子供らしくて、微笑ましい。

 ちょっとだけ、わたしが言うのもなんだけど、度が過ぎてしまう事もあるけど。

 その時は怒られて、ダメなものはダメと覚えればいい。

 だからわたしの役目じゃないかな――、


 とりあえず。


「二人とも、どうしたの?」


 ベリーとショコナは、同時にぷいっと視線を逸らした。

 この反応は……なんだか怒ってる、っぽい……? 

 元々、この部屋にいたみたいだし、

 じゃあ、わたしの帰りをずっと待っていた事になる。

 ……もうちょっと早く帰ってくれば良かったかな……。


 のんびり景色を眺めずに、走ってくれば良かったぁ……。


「ごめんね、さっきまでテュアお姉ちゃんと一緒だったから……」


「姉さま!?」

「テュア姉さまはきてないの!?」


 さっきまでだんまりだった二人は、水を得た魚のように、一気にぴちぴちと声が跳ねた。

 わー、やっぱり人気だなー、お姉ちゃん。


 二人して窓に張り付き、外を見るけど、もちろん、お姉ちゃんの姿はない。

 今頃、どこでなにしてるんだろ。

 首飾りを探しているって事は知ってるけど、『どこで』までは知らない。


「いないじゃん」

「嘘つき」

「嘘つき」


 十一歳の双子ちゃんは、交互に喋る。

 声も似ているので一人が、区切りをつけて喋っているような、一貫性があった。

 統一感があるからこそ、区切られている事で違和感。


「嘘じゃないよー、さっきまで一緒にいたの。

 でも、用事があるからって、お姉ちゃんとは別れたんだよ」


「会いたかったのにー、使えないタルトめ」

「タルトめー」


 双子のお姉ちゃんがベリーだから、先に喋るのは基本的にベリーだ。

 強めで、乱暴な口調はベリーのもので、

 それを真似したり、乗ったりするのがショコナだった。


 当然、ショコナが先に喋る事はあるし、ベリーの方が乗ったりする事もある。

 テュアお姉ちゃんに似たらしく、自由な二人だ。

 ――だから二人とも、ロワお姉ちゃんは苦手だったりする。

 そんなわたしも、ロワお姉ちゃんは苦手……。


 苦手な姉妹の方が多いんじゃないかな、と思う。


「タルトー、お腹が空いたぞ、甘いものが食べたい気分だ」

「生クリームを所望するぞ」


 目を輝かせながら、なにかを期待しながらわたしを見上げる二人。

 ……そんな期待の眼差しで見られても、

 わたしにも蓄えが自分以外にあるわけじゃないし、贅沢な事もできない。

 だから二人の期待には応えられない、かな。


「甘いものはないけど、……小腹が空いた時のサンドイッチくらいなら作れるよ。

 食べる? 野菜もきちんと挟むからね、ちゃんと食べなきゃダメだよ」


「…………いいもん」

「ベリー」


 わたしに背を向けたベリーを、ショコナが追いかけた。

 どうしたんだろ。野菜、抜いてあげた方がいいかな?


 確かに、お屋敷でそういう教育は嫌というほどされているだろうし、

 わたしの家にまで遊びにきて、それを強要されるのも嫌だよね。


 取り出しかけた緑色と黄色の野菜をしまいこんで、二人を追った。

 キッチンから部屋へいく、途中――、


「いっ!?」


 がんっ、と音がしたら、足の指先に激痛。

 すぐに屈んで、手で押さえる。

 力強く押さえていないと、涙が出そうだった。


「た、タンスの角が……っ」

 小指が、ぐにぃ、と外側に曲がっていた。


 幸い、折れていない。一瞬の痛みなのでひびも入っていないはず。

 それにしても、運がない……。こんな事、滅多にないのに。

 自分の家なら目隠ししても、日常生活を送れると思ってたけど、

 見えていて小指が当たってしまうなら、まだまだだった。


 注意深く見ていないから、こういう事になる。

 次からちょっとは周りに意識を向けようと思った。

 そして、三歩でそれをわたしは忘れるのだ。


 失敗を繰り返す。前を向き過ぎて、後ろを振り向かないのと一緒に、

 過去の失敗を、瞳に映さない。トラウマを作りにくいけど、学習しない。

 ……うーん、良いのか悪いのか……、ロワお姉ちゃんなら間違いなく悪いと言う。

 でも、テュアお姉ちゃんなら褒めてくれる。


 この選択はお姉ちゃん二大派閥、どっちにつくかを暗示しているみたいだ。


 あ、一応、わたしはテュアお姉ちゃん派。

 ロワお姉ちゃんが嫌いなんじゃなくて、それ以上に、テュアお姉ちゃんが好きなだけ。

 だから、誤解しないでほしい。


 誰が心を読んでいるか分かったものじゃないしー。


 痛みが治まったところで立ち上がり、二人を追いかける。

 玄関付近で、ベリーのことを、ショコナが後ろから抱きしめていた。

 ええーと、アスナロ抱き、だったっけ……? 

 やられたらドキッとしてしまう状況シチュエーションだった。


 ……話しかけづらかったので、わたしは見守る事に。

 双子にしか分からない気持ちがあって、それを払拭できるのも、やっぱり双子だけ。

 姉妹だけど、わたしじゃきっと役立たず。だから物陰からこっそりと窺うに留めた。


「……大丈夫。落ち着いた」

「心配かけさせないでよね」


「ごめん。ありがと、ショコナ」

「もうこれっきりにしてほしいよ、ベリー」


 二人は頬をこすりつけ合いながら、耳元でぼそりとなにかを言い合っている。


 犬同士が互いに毛づくろいしているように見えた。

 体を舐め合って、と言うと、えっちな感じに聞こえちゃうけど。

 犬にたとえただけで、それに近いものなんじゃないかな、と思う。


 二人の雰囲気がピンク色になる。

 機嫌は、治ったのかな……? 

 わたしの指の痛みも引いてきたし、声をかけるなら今しかないかもしれない。


「ベリー、ショコナ」

 声をかけると二人が振り向く。

 良かった、いつも通りの二人だった。

「ごめんね」


 ベリーが、目を見開き、嬉しそうな顔をする。

 その表情に、わたしも顔が緩む。


「サンドイッチの野菜、抜くから元気出してよ」

 両手を合わせて、ちょっと傾けた。


 このままお腹いっぱいになれば、二人も満足してくれるだろうと期待して、

 わたしは二人の変わった表情に気づかぬまま、この時はキッチンへ戻ってしまった。


 だから、その後のベリーの呟きも、聞けない。




「そういう、ことじゃ、ないのに……。絶対、覚えてないじゃん……っ!」


 その時はもう、ショコナも、ベリーと同じ気持ちになっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る