Episode16:魔人強襲

 夜のLA。LAに限らず世界中の大都市はどこもそうだが街が完全に寝静まる事は無く、24時間常に何かしらの人々や業種は活動しており、休眠するという事がない。当然LAもその条件に当てはまり、不夜城のごとく輝き続けている場所は常に存在していた。


 だがやはりどんな都市も日の出ている日中ほどは人の流れは活発ではなく、多くの区画は夜の闇に静まり返る事になる。そしてそんな闇に沈んだ住宅地区の路地裏。そこにうらぶれた路地裏には不釣り合いな人目を惹く容姿の3人の女性・・・・・の姿があった。



「……よく来てくれたわ、セネム、モニカ」


 3人のうち1人がそう言って他の2人を労う。言われた女性の内の1人……セネムが頷いた。


「うむ、この度の問題は他人事ではないからな。いつでも力を貸そう」


「他の皆さんにはお声を掛けていないのですか? 皆さんもう事情はご存知なのですし、早期解決を目指すなら皆さんのお力も借りた方が確実なのでは……?」


 もう1人の女性……モニカが周囲を見渡しながら問い掛けた。問われた女性……ミラーカはかぶりを振った。


「……他の皆にも連絡はしたわ。でも繋がったのはあなた達だけだった。ジェシカもヴェロニカも、そしてシグリッドも音信不通よ。……嫌な予感がするわ」


「……!」


 セネムとモニカが息を呑んだ。その3人はいずれも人外の戦闘能力を持っている。余程の事・・・・がなければ行方不明になどなるはずがない。


「ま、まさか、件の『リーヴァー』とやらの仕業でしょうか?」


「いえ、どうでしょうね。実際に遭遇したローラに聞いた話から判断する限り、私達であれば1人でも対処できないレベルではなさそうよ。少なくとも3人全員が不覚を取る事など絶対にあり得ないわ」


 ジェシカやヴェロニカは能力的にはともかく性格的にはやや詰めが甘い所があるので、もし単身で襲われたりすると思わぬ不覚を取る可能性もないではなかったが、ミラーカもその強さを認めているシグリッドが『リーヴァー』に不覚を取ったとはどうしても思えなかった。


「……と、なると、よもや……?」



「ええ……。恐らく大統領府・・・・の仕業よ。その件のエージェント達とやらを甘く見過ぎていたわね」



「……っ!」


 ミラーカがバーで出会ったあのユリシーズという男。本人はそれを全く感じさせずに上手く隠していたが、そもそもミラーカの魔力の威圧に平然としてすぐ隣に座って飲んでいた時点で、明らかに尋常な人間ではない。


 あのような者達が他の仲間の所にも行ったと考えれば、あるいはシグリッド達が不覚を取ったというのも頷けるかもしれない。


「ぬぅ……それはやはりあの時私が、サディーク殿から皆の存在を隠しおおせなかった事が原因なのか。やはりサディーク殿はこの国の大統領府と何らかの関わりがあったのか……?」


 セネムが罪悪感に呻吟する。だが話を聞く限り彼女にはどうにもならなかった事だ。いずれこうなる事は避けられなかった。遅いか早いかの違いだけだ。


「実はその事に関連して……連中の情報を調べてもらっていたナターシャから、私の所へ連絡があったのよ。経過報告・・・・という形だったけど、そのエージェント達の情報がある程度だけど判明したわ」


「……!! そ、それは……?」


 モニカが緊張した面持ちで確認してくる。ミラーカは少し言い辛そうに嘆息した。



「ナターシャによると、この街に送り込まれたエージェントは全部で6人。司令役の1人を除いた・・・・・・・・・・他の5人は、いずれもが超人的な戦闘能力の持ち主らしいわ」



「……!」


「で、そのサディークという男だけど……やはりその中の1人としてこの街にやってきたのは確かなようね。といってもこれは実際に恐らく『司令役』と思しきエージェントと遭遇したローラが、その『司令役』本人の口から聞いているから間違いないわ」


「むぅ……やはりか。一体どのような繋がりなのだ……」


 セネムが低い声で唸る。確かにサウジアラビアの王子がどのような経緯でアメリカ大統領府のエージェントになっているのかは大いなる謎だが、それは今重要ではない。


「それにヴェロニカ達が『保護』していたあのイリヤという子供。あれもそのエージェントの1人だったようね。ヴェロニカとジェシカの連絡が途絶えた理由は恐らくこれ・・ね」


「な、なんという事でしょう……」


 モニカが身を震わせる。事態は想像以上に逼迫している。行方不明となった者達の安否も不明だし、ローラが『特異点』である事も露見するのは時間の問題かもしれない。


「この事はローラには報せたのか?」


「それは……まだよ。今彼女の方も『リーヴァー』の捜査が佳境に入っているようだし、こんな事を伝えたら動揺して仕事にも支障をきたしてしまうでしょう」


 仲間に対する情が深いローラの事だ。折角『リーヴァー』の核心に迫っているというのに、捜査どころではなくなってしまう。最悪、これ以上仲間達に迷惑が掛かるなら自首・・すると思い詰めかねない。


 ヴェロニカ達の件は極力隠したまま『リーヴァー』の事件を終わらせなければならない。その上で行方不明となっている者達についても対処する。課題は多い。



「で、では、とにかく一刻も早く『リーヴァー』の事件だけでも解決しなければなりませんね。この街を覆う邪気を祓う事が出来れば、私の力で行方不明となった皆さんの居場所が分かるかも知れませんし」


 モニカによると以前に『魔界ゲヘナ』へ飛ばされた面々は、人界とは異なる独特の臭気・・が纏わりついているのだとか。それは人間の世界に戻ってきた後も消える事無く残り続けている。


 しかしそれは僅かな残り香・・・のようなもので、現在は街を覆っている『リーヴァー』の魔力が邪魔で探知しづらいらしく、『リーヴァー』をさえ排除出来ればその臭気・・を探知する事が出来るようになるのだとか。


「魔界の臭気、か……。そんな物が我々に……?」


 セネムが少し嫌そうな顔をして自分の身体の臭いを嗅ぐ動作をする。モニカが微苦笑した。


「臭気というのはただの比喩です。皆さんには感知できないですし、何の害もありません。とにかく私には行方不明の皆さんの居場所を探る術があるという事だけ覚えていて下されば充分です」


 モニカがそこまで言った時だった。




「……別に探る必要はないぜ。あんた達も同じ場所・・・・に行く事になるからな」




「……っ!? 誰だ!!」


 唐突に聞こえてきた男の声に3人はギョッとして振り返る。セネムが咄嗟に誰何して身構える。だが彼女らが見据える先から姿を現した男を見て、ミラーカが目を瞠った。


「あなたは……ユリシーズ!?」


「あんたのような美女に名前を覚えられていたとは光栄だな」


 軽口を叩きながら出てきたのは、体格の良い身体を黒いスーツに押し込み、黒い髪を逆立てた金色の瞳の男、ユリシーズであった。



「……何か用かしら? 私達はこれから所用で忙しいのよ。ナンパの続きなら今度にしてもらえる?」


 慎重な声音で返すミラーカ。言葉とは裏腹にその身体から静かに魔力が立ち昇る。それを知ってか知らずかユリシーズは肩をすくめて苦笑した。


「本来なら日を改めて喜んでチャレンジさせてもらいたい所だが、生憎状況が変わってね。アダムの奴だけじゃなくイリヤまでプランB・・・・に移行しやがった。あんたらもそうだが、こっちももう悠長な事をしてられなくなってきたんでね。俺もプランB・・・・に移行させてもらう事にした」


「……!!」


 ユリシーズの身体からも強烈な魔力・・が噴き出す。プランBとやらが何かは分からないが、どうやら強硬手段・・・・の類いであるようだ。


「……今この街には剣呑な怪物がのさばっている。私達はそれを探し出して倒すのが目的よ。これ以上余計な被害が出る前にね。だから邪魔しないでもらえる?」


 ミラーカは以前にユリシーズから警告された言葉を逆手にとって牽制するが、彼は再び肩を竦めただけだった。


「それに関しては心配いらないさ。俺達の仲間の1人が、その『リーヴァー』だったか? そいつを捜索して討伐する担当になってるからな。あんたらの手を煩わせるまでもなく、じきに街は平穏を取り戻すさ。あとはこれ以上新たな人外がこの街に現れないように『呪いの元』を断てば、それで万事解決って訳だ」


「……っ」


 流石にその辺りも抜かりはないようだ。ミラーカはここに至って『交渉』の余地はないと判断した。


「やるしかないわね。2人とも覚悟はいい?」


「ああ、私達はいつでもいいぞ」「私も同じです」


 セネムとモニカは既に霊力を高めて臨戦態勢なっていた。ならばこれ以上の言葉はいらない。



「風の精霊よ! 侵害の刃を!」


 モニカが先制攻撃を仕掛ける。中空に形成された真空刃が幾筋もユリシーズに殺到する。決して人に向けて使われる事は無いが、もしまともに当たれば人間の胴体を一撃で輪切りにできる威力だ。しかもそれが複数。牽制とはいえ最初から本気である事が窺える。


『――――』


 だがユリシーズが手を翳して何か呟くと、その先に黒っぽい半透明の『膜』のような物が形成されて真空刃を全て弾いてしまう。『膜』には傷1つ付いていない。


「……!」


 あれほど簡単に弾かれるのは予想外だったが、それでもこれがただの牽制であった事に変わりはない。その間にミラーカとセネムは散開して左右から同時に斬り掛かる。因みにミラーカは黒いレザーのボンテージ姿、セネムは紫の露出鎧姿に瞬時に変わっていた。双方の手には既に愛用の武器が握られている。これも全力戦闘の証である。


「ヒュウ!! 場合が場合じゃなきゃあな!!」


 斬り掛かってくる女性達の姿を見たユリシーズが口笛を吹きつつ、しかしそれなりに真剣に動き出す。


『קוׄקוּשִׁידָן』


 先程とは違う呪文のようなものを唱えると、その手に今度は黒い炎の塊のようなものが浮かぶ。それをセネムに向かって投げつける。


「む……!」


 セネムは真っ直ぐに飛んでくる黒火球を横っ飛びに躱す。その間にユリシーズはミラーカに向けて突進してきた。凄まじいスピードだ。


「むん!」


 そして拳自体にあの黒い炎を纏わせた拳打を繰り出してくる。あの炎に焼かれるのはマズい。本能的にそれを察したミラーカは吸血鬼の不死性を過信せず、慎重に黒炎の拳を避ける。そして反撃に刀を横薙ぎに一閃する。 


「うおっと!?」


 ユリシーズは後ろに跳び退ってそれを躱す。ミラーカは即座に追撃して刀を振るう。だが奴は超人的な身のこなしで刀を軌道を見切り、危なげなく回避する。このままでは勝負にならないと悟ったミラーカは躊躇いなく吸血鬼の戦闘形態へ移行する。


 その背中から一対の白い皮膜翼が生え、牙と爪が長く伸びて怪物じみた容貌となり、目が赤く発光する。その姿を見たユリシーズが僅かに瞠目する。


「ふっ!!」


 その隙に斬り掛かるミラーカ。先程よりも格段に速い踏み込みで刀を斬り下ろす。ユリシーズも先程までより真剣な動きでそれを躱す。ミラーカは追撃の手を緩めず連続で刀を煌めかせる。


「これが吸血鬼ってやつのポテンシャルか! 中々やるな!」


 それでもまだ余裕がある様子のユリシーズが好戦的な笑みを浮かべる。やはりこの男の強さは尋常ではない。下手をするとヴラドや『ルーガルー』といった過去に戦ってきた強敵達と同等クラスの強さかもしれない。


「そうやって余裕ぶってられるのも今の内よ……!」


 しかしミラーカ単身では敵わなかったそれらの強敵達にも勝利できた理由。それは……



「ふんっ!!」


「……!」


 ミラーカを相手取るユリシーズの背後からセネムが斬り掛かる。その手に持つ二振りの曲刀には既に破魔の霊力が纏わっている。それを警戒したユリシーズがセネムに注意を向けてその攻撃を躱す。そこに重ねるように……


「大地の精霊よ! 阻害の力を!」


「……っ!?」


 後方にいるモニカの叫びと共にユリシーズの足元の地面が蠢き、彼の足に纏わりついて動きを阻害してくる。これには強者ユリシーズも意表を突かれたらしく、目を瞠って動揺する。


「おいおい、何だこりゃ!? 魔術でも超能力でもないな!?」


 彼の注意が完全に足元とモニカに向く。勿論この機会を逃すミラーカとセネムではない。容赦なく挟撃するように致命の斬撃を繰り出す。


「ちぃ……!」


 そこで初めてユリシーズは顔を歪めて舌打ちすると、両手を左右の2人に向けて突き出した。その手の先にそれぞれ黒い炎が発生、射出された。


「……っ!」


「ぬぅ……!」


 2人が黒火球を躱した僅かな隙にユリシーズはモニカの拘束を強引に破って飛び退いた。



「はっ! やるな、あんたら! こりゃ後1人か2人いたらちょっとヤバかったかもな。なるほど、あんたらが今までこの街に現れた人外共を討伐出来てきた理由が解った気がするぜ」


 それまでより格段に真剣な表情になったユリシーズの身体から更に濃密な魔力が噴き出した。ミラーカ達が警戒を強める暇もあればこそ、まずセネムの前にユリシーズが出現・・した。そう錯覚するほどの踏み込みの速さだった。


「っ!?」


『פריקה גדולה』


 ユリシーズがまるで掌底のように掌をセネムの剥き出しの腹に押し当てた。その手から黒炎ではなく、眩いばかりの電撃が迸った。


「がはッ!!」


「セネムさんっ!?」


 苦鳴を上げて吹き飛ぶセネムの姿にモニカが動揺する。今の電撃は身体を痺れさせる効果があるらしく、今の一撃だけでセネムが行動不能に陥っていた。


「くっ!!」


 ミラーカが歯噛みして斬り掛かるが、ユリシーズはそれを躱すと彼女を無視して今度はモニカをターゲットに突進する。


「……っ! 風の精霊よ!」


 モニカは咄嗟に風の防護壁を展開する。しかしユリシーズはお構いなしに突っ込んでくる。今度はその拳だけでなく全身に雷を纏っていた。そして雷を纏ったまま、モニカの風の防護壁にショルダータックルをかました。 


 強大な魔力と質量を兼ね備えた物体が高速で衝突した場合どうなるか。モニカの風の障壁はより強い魔力によって打ち破られて脆くも弾け飛んだ。


「あああァァッ!!」


 小さなモニカはその衝撃に耐え切れずに吹き飛ばされてしまう。そのまま建物の壁に背中から激突して、地面に倒れ伏す。気絶したのか起き上がってくる気配はない。



「……っ」


 あっと言う間に1人にされてしまったミラーカが歯噛みして刀を構え直す。


「さて、これ以上続けても無駄だとは思うが一応聞いておくぜ。大人しく投降する気はないか?」


「ふっ!!」


 ユリシーズの勧告にミラーカは斬り掛かる事で応えた。全身全霊の踏み込みから連続して斬撃を煌めかせる。


「それが答えか! そしてアンタがそこまで必死になる理由。見えた気がするぜ」


「……っ! 黙りなさい!」


 ミラーカは眉を吊り上げて更に斬撃の速度を速める。しかしその悉くが躱され、そして最後には刀を持つ手首ごと掴まれてしまった。そのまま馬鹿げた怪力で締め上げられ、両手を大きく広げられてしまう。



「く……は、離し……なさい!」


 必死にもがくが、戦闘形態だというのに振りほどく事が出来ない。


「……勝ち目がないと解っていても、自分の身を犠牲にしてでも、誰かのために殉じる、か。そういう奴は嫌いじゃないぜ。ましてやアンタのような美女なら尚更な」


「……っ!?」


 怪力で彼女を押さえつけつつ、それとは裏腹な真摯な視線で見つめてくるユリシーズの瞳に、ミラーカは一瞬だが動揺して抵抗が止まってしまう。


「だが仕事は仕事だ。任務は遂行させてもらうぜ」


 ミラーカの両手首を把持しているユリシーズの手から再び強烈な電撃が発生した。超特大のスタンガンを喰らったようなもので、ミラーカは一溜まりもなく身体を大きく跳ねさせる。


(く……だ、駄目……。ここで意識を失ったら……ローラが……)


 だが必死の抵抗も虚しく、脳裏に愛しい恋人の姿を思い浮かべたままミラーカの意識は、容赦なく暗黒の底に呑み込まれていくのであった……

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