Episode27:超常対決(Ⅵ) ~野獣覆滅

「ひぃぃっ!? な、何なのよ、あの化け物はぁっ!? た、助けてぇぇぇ!!」


 イリヤ達の元に一直線に突進してくるカマキリとムカデが合体したような異形の怪物……ラージャの姿とその迫力に、カリーナがパニックを起こして逃げようとする。気持ちは充分わかるがこの状況では悪手だ。


「シュルツさん! 僕かラ絶対に離れないデッ!!」


「……っ!」


 イリヤは軽くESPを発動してカリーナの動きを封じる。強引な手段だがパニックからどんな予想外の行動を取られるとも分からないし、下手に逃げようとして敵の注意が彼女だけに向くのは避けたい。


 

 イリヤは改めて迎撃のためにESPを高める。迫ってくる魔獣ラージャは、全長にして10メートル近い化け物だ。その巨体だけでも充分な脅威だし、他にもどんな攻撃をしてくるか知れない。


 だが逃げる訳には行かない。カリーナの護衛はビアンカから頼まれた大切な任務だからだ。これ以上彼女の期待を裏切るような行為は絶対に出来なかった。


 ――Qyueeeeeeeeeeee!!!!


 ラージャがまたあの奇怪な叫び声を上げて、その両手の鎌を叩きつけてくる。恐ろしいほどの速さだ。イリヤは念動の障壁を張り巡らせてそれを受け止める。


「っ!!」


 そして凄まじい衝撃に身体を揺さぶられて眉を顰める。見た目通りの威力のようだ。こんな物を何発も受けていたら障壁がもたない。イリヤは反撃に念動波を叩きつける。的は大きいので避けられる心配はない。


 ――Gyugi!?


 かなりの力を込めた衝撃波であったが、ラージャは僅かに身を揺らめかせただけでほぼ無傷だ。そのサイズと甲殻に覆われた身体は伊達ではないようだ。生半可な攻撃は通用しないと思った方が良い。


 ラージャが再び鎌を叩きつけてくる。障壁で受け止めるが完全に殺しきれない衝撃が伝播し、イリヤの小さな身体を揺さぶる。


「ぐっ……!」


 イリヤの貌が苦痛に歪む。だが幸か不幸か、彼はこの歳の子供にしては苦痛には慣れていた・・・・・・。この程度ならあの恐ろしい『制御装置』が与える苦痛の1割も行かない。


 業を煮やしたのか、ラージャの目がカリーナの方を向いた。そしてその口から紫色のドロッとした液体を吐き付けてきた。吐き付けると言っても放射したり飛ばしてきたリというのではない。ホースの蛇口を限界まで絞ったような、噴射・・という形容がしっくりくるような勢いで吐き付けたのだ。


「ち……!」


 イリヤは咄嗟にカリーナの側にも個別に障壁を展開する。それによってラージャの液体噴射は防げたが、それに力を割いた事で自身の防御が甘くなる。ラージャはその隙を逃さず、両手の鎌を連続して斬り付けてきた。


「ぐっ……く……!!」


(こいつ……!!)


 イリヤは更なる苦痛に顔を歪める。ラージャは意図的にターゲットを分散させてきた。ただ狂暴なだけの獣ではない。カリーナを自由にしていたらもっと厄介な状況になっていた可能性がある。イリヤは自分の咄嗟の判断を褒めたい気分だった。


 しかしそれはそれとして、このままではジリ貧だ。こちらからも攻撃しなくては奴を倒せない。この状況で更に攻撃にも力を割く事は、それだけ防御を弱める事にもなるが、どのみちこのままではジワジワ削り殺されるだけだ。


(やってやる……!)


 決断した少年は外部にESPの力を向ける。ラージャの外殻は相当な硬さで単純な物理攻撃は通らない。ならば方法は一つだ。



「はぁぁぁぁ……!!」


 イリヤは力を高め……パイロキネシスを発動させた。ラージャの足元から大量の火柱が立ち昇る。


 ――Gigi!? Gyueeeee!!!


 ラージャは驚愕したような叫びを上げる。炎と熱による侵害はどれだけ強固な外殻に守られていようと関係ない。奴の身体の内側に浸透し、体内から焼き尽くしていく。


 ――Gigya!! Gigyaaaa!!!


 聞くに堪えないような苦悶の叫びを上げたラージャが狂ったように鎌を振り回してくる。その全てが下級悪魔程度なら一撃で両断できそうな威力だ。


「が……!! あぐぅ……!!」


 その巨大な鎌が障壁に斬り付けられるたびにイリヤの口から抑えきれない苦悶が漏れ出る。カリーナの拘束とラージャへの攻撃にも力を割いている為、障壁のコントロールが難しくなっている。そこに何度も強烈な斬撃を叩きつけられて、イリヤの心に焦りが生まれる。


 ラージャの耐久力は想像以上だ。奴を焼き尽くす前にこちらの障壁が破られたら終わりだ。地獄のような耐久レースの時間がしばらく続いた後……


 ――Gi Gyugyu……


「……!」


 ラージャからの攻撃の圧力が止んだ。そして断末魔とも付かない呻き声のような物を上げて、魔獣が文字通りの消し炭になって崩れ落ちていく。



「ふっ……! は……! はぁ……! はぁ……!!」


 イリヤは即座に全てのESPを解除した。もう限界であった。極限まで力を出し尽くした彼は、その場に座り込んで激しく喘ぐ。


「う、嘘……あんな化け物を本当に……? イ、イリヤ……あなたって……」


 そこに拘束を解かれたカリーナも呆然と座り込んで呟く。今の超常の戦いを見て怖れを抱かれたのかと思うイリヤだったが……


「あなたって、可愛いだけじゃなくってこんなに頼りになるのね!? あ、ありがとぉぉ!! あなたのお陰で助かったわ! ね、ねぇ、私の養子にならない!? あなたさえ良ければダイアンに頼んでみるから! ねぇ、良いでしょ!?」


「ちょ、ちょっと、シュルツさん!? わぷっ!」


 歓喜と興奮で抱き着いてくるカリーナに、予想外の反応であったイリヤは反応が遅れた。


「はぁぁぁ!! 可愛い! 可愛いぃぃ!!」


「うわぁ! た、助けて、お姉ちゃーーん!!」


 物凄い力と勢いで頬擦りしてくる女性に対して、イリヤはラージャと戦っていた時以上の恐怖を感じて必死に助けを求めるのだった……




*****




『ぬははは! そらそらそら! 動きが鈍くなってきてるぜ、イエロー!』


「……単にあなたをどうやって倒すか考えながら戦っているからに過ぎません。見掛け通りの単細胞ですね』


 それぞれ氷で出来た武器を握る4本の剛腕から繰り出される猛攻に、リキョウは反撃の隙を見出せずに追い詰められる。勿論麟諷が背後から援護と牽制を繰り返すが、ダンタリオンは意に介さずに『槍』を振って追い払う。勿論その間にもリキョウへの攻撃は継続している。4本腕は伊達ではないようだ。


 冥蛇の毒霧も奴の身体から発散される冷気に凍り付いてしまい有効打とならない。そしてどんな馬鹿げた体力をしているのか、先程から凄まじい勢いで連撃を繰り出しているにも関わらず、戦闘が始まった直後からほぼ動きが衰えていない。


 逆にリキョウは仙獣を2体召喚している影響で『気』の力を急速に消耗している。奴に悟られないよう表面上は平静を装っているが、内心では強い焦燥を抱いていた。このままでは持久力の差でごり押されて負ける。


(……やるしかありませんか。危険な賭けですが……)


 彼の切り札。仙獣の3体同時召喚・・・・・・を。


 持続時間は極めて短く、かつリミットを過ぎれば精神に多大なダメージを受けて気絶する事になる。当然そうなれば死は免れない。だがこの化け物はその禁じ手を解禁しなければ勝てない相手だと判断した。



『ちょこまか逃げ回ってんじゃねぇ!!』


「……!」


 その時苛立ったダンタリオンがその口を全開にする。するとその口から耳障りな咆哮ではなく、強烈なしもが放射状に噴き付けられた。空気が一瞬にして凍り付くほどの超低温の霜のブレスだ。


 予想外の攻撃だったために若干反応が遅れた。また攻撃範囲がかなり広く回避が間に合わないと判断したリキョウは、それに背中を押されるような形で躊躇していた3体目の仙獣召喚の踏ん切りがついた。


煉鶯れんおう!!』 


 彼の召喚に応えて即座に顕現する真紅の鳳凰。熱を操る灼熱の鳥、煉鶯だ。強すぎる攻撃力と殲滅力の為に普段は召喚される事が少ないが、今はこの仙獣を召喚する必要に迫られた数少ない機会であった。

 

「天破・焦熱!」


 リキョウの指示に合わせて煉鶯が、その大きな美しい翼を激しくはためかせる。その羽ばたきに合わせてあらゆる生物を一瞬で焼死させる死の熱波がダンタリオンに叩きつけられる。


『……!! 熱波だと? 上等だ、てめぇ。そんなチャチな熱風で俺様を焼き焦がせるか試してみろや!』


 ダンタリオンがその口から吐き付ける霜のブレスを更に強める。煉鶯の熱波とダンタリオンの霜が正面からぶつかり合う。瞬間的に凄まじい蒸気が発生するが、発生した傍から再び凍り付いていく。


「……っ!」


 恐ろしい事に煉鶯の熱風でもダンタリオンの霜ブレスを完全に押し返す事が出来ない。それどころか徐々に押し返されそうになる。言動は小者そのものだが、やはり腐ってもカバールの構成員だ。一筋縄ではいかない。


 しかし気の消耗が凄まじい事になっている。このままでは後1分もたないだろう。悠長に考えている余裕はない。


「冥蛇! 麟諷!」


 残りの2体の仙獣にも攻撃を指示する。麟諷はダンタリオンの背中に圧縮空気弾を撃ち込んで奴を牽制する。そして冥蛇は毒霧の効果範囲を広げて、側面から奴を包み込もうとする。こうするとダンタリオンは毒霧を防ぐ為に身体から冷気を発散しなければならず、そちらにも魔力を割かれる事になる。


『ぬぅぅぅ……! てめぇ、姑息な真似しやがって! 正々堂々と勝負しやがれ!』


「これはベースボールの試合ではありません。あなたの嫌いな『黄色猿』らしく、姑息で卑怯な戦法を使わせて頂きますよ」


 流石のダンタリオンも霜のブレスに全精力を注いでいる状態では麟諷への牽制が疎かになるし、毒霧も完全には無効化できなくなる。その身体に空気弾がヒットする毎にブレスの圧力が弱まる。そこに徐々に浸透し始めた猛毒が追い打ちをかける。


 その効果は如実に表れ出し、煉鶯の熱風が霜ブレスを押し返し始めたのだ。


『おぉぉぉぉっ!! 馬鹿な……俺様の力が……こんなイエロー如きにィィィッ!!!』


「さっさと……くたばり、やがり、なさい……!!」


 3体同時召喚で気力が限界を迎えつつあるリキョウは、普段の態度を保つ余裕すらなく、大量の脂汗を滲ませた顔で歯軋りする。ダンタリオンの抵抗が予想以上にしぶとく、彼の中の焦りが増幅される。もうタイムリミットは後30秒も無い。



『クソがぁぁぁっ!!』


 ダンタリオンは破れかぶれになったかのように霜のブレスを継続して吐きながら、4本の腕を振り上げて氷の武器でリキョウを叩き斬ろうと迫ってくる。だが麟諷や冥蛇の攻撃による効果でその動きはかなり鈍いものとなっていた。


「これで……終わり、です……!!」


 リキョウの気力が限界を迎える直前ついに煉鶯の熱波が霜のブレスを撃ち破り、ダンタリオンの身体に到達した。



『ゴアァァァァァァァァァァァァァーーーーッ!!!!!』



 耳をつんざくような絶叫。これで奴が万全の状態なら分からなかったが、2体の仙獣の攻撃で弱っていたダンタリオンは地獄の熱波に耐えられなかった。


 その身体の内と外の両側から灼熱の空気で焼き尽くされた悪魔は、冷気の代わりに炎を吹き出すようにして一溜まりもなく消滅していった。


「――――っ!!!」


 そしてほぼ同時にリキョウも気力の限界を迎え、完全に白目をむいて昏倒しそのまま気絶してしまった。当然仙獣達は一瞬で消え去る。


 非常に際どいせめぎ合いであったが、ギリギリの差でリキョウの勝利となった。大都会ニューヨークに潜み、好き放題己の欲望を満たしてきた『ブロンクスの英雄』の最後であった。


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