Episode5:『上』に立つ者として

「じゃあ今の内に現地に着いてからの予定を確認しておきましょうか」


 ニューヨークに向かって飛行中の『エアフォース・ワン』の機内。大統領であるダイアン自身が音頭を取って促すと、ユリシーズ達面々も流石に神妙な表情になって彼女に注目する。


「空港で降りたら、私は公務で予定通り国連本部に向かうわ。私の警護には、そうね……アダムに付いてもらうわ」


「了解しました」


 アダムがうっそりと頷く。ニューヨークには国連本部ビルがあり、ダイアンはそこで中国西部で弾圧される少数民族の人権団体の代表達と会談し、スピーチなどを行う予定となっていた。ニューヨークにはその為・・・に来た事になっている。


 今回の主目的・・・はそちらではないので、警護には1人以上は割かない。本来は軍人であるアダムだが、彼の能力や特性は要人警護に最適なのでその人選は納得できるものだ。



「その間に他の者は二つの班に分かれて、一方はロウアーマンハッタンの検事局へ向かってカリーナを保護・・して頂戴。そしてもう一方の班はビアンカを護衛して、ニューヨークに潜んでいるでしょうカバールの悪魔を捜索し、可能であればこれを釣り出して殲滅しなさい」



「……!」


 一応計画の全容は事前に聞いていたので動揺はない。やはりビアンカは『エンジェルハート』としての役目を期待されており、直接誰かを護衛する役割ではなかった。考えてみれば彼女が側にいたら逆に悪魔が寄ってきてしまい、却って護衛対象を余計な危険に晒してしまう事になりかねない。


 それよりは『エンジェルハート』の特性を活かした捜索任務でこちらから仕掛けるか、もしくは敵のターゲットと戦力を意図的に分散するとしての役割の方が遥かに有用だ。残念ではあるが、それはもう自分の特性として受け入れるしかなかった。


 しかしそうなると今度は班分け・・・で揉めそうな気配があるが……


「あなた達に班分けを任せると、多分全員が一方の班・・・・を希望して決まらないしトラブルになるでしょうから、私の方で勝手に割り振らせてもらうわ。そうね……カリーナの方はリキョウとイリヤに担当してもらうわ」


「え……!?」


 てっきりビアンカとくっついていられると思っていたらしいイリヤが驚愕した表情をダイアンに向ける。リキョウも僅かに眉を上げた。


「大統領のご命令とあれば従いますが……人選の理由をお聞きしても?」


 リキョウに問われるとダイアンは微かに申し訳なさそうな表情になる。


「あー……友人の私が言うのもなんだけど、カリーナはちょっと気難しい・・・・性質なのよ。特に男性に求める理想・・が厳しくてね。ある程度の期間、彼女の身辺警護を任せるとなると自ずと条件・・が限られてくるのよ」


「ほぅ……なるほど。そういう事ですか」


 リキョウが得心したように頷いた。どうやら検事総長カリーナは、男性に対して『紳士である事』を徹底的に要求するタイプの女性であるらしい。そういう人物だと確かにユリシーズやサディークだと、気配り・・・が行き届かずに相手を不快にさせてしまう可能性が高い。そうなると護衛任務そのものに支障が出てしまう事もあり得る。 


 であるならリキョウが選ばれるのも納得ではある。彼なら女性に対するその辺りの配慮・・はお手の物だろう。そしてイリヤに関しては……


「ただ……そんな男性に対して気難しい彼女だけど、その……少年・・に対してはそこまで気難しくないのよ。というかむしろその逆・・・なくらいね。特に可愛い・・・男の子に対しては、ね」


「…………」


 かなり言いにくそうに言葉を選んだようなダイアンの言い回し。それだけでカリーナの嗜好・・が透けて見えた。なるほど、そういう女性に対してはイリヤはこの上ない破壊力・・・を発揮する事だろう。


 2人とも色々な意味で納得の人選ではあった。だがとなると、ビアンカの護衛には……



「けっ……ビアンカの班に回れたのは幸先がいいと思いきや、よりによってテメェと一緒になるとはな」


 あけすけに自分の心情を吐露して舌打ちするのは勿論サディークだ。それを受けてユリシーズも露骨に顔を顰める。


「ちっ……それはこっちの台詞だ。いいか、余計な事して俺達の足を引っ張ったりビアンカを危険に晒したりしたら只じゃおかんぞ?」


「ああ? テメェ何様のつもりだ?」


 ユリシーズの警告にサディークも一気に胡乱な様子になって、お互いに魔力と霊力を発散しながら睨み合う。だがここは広いとはいえ航空機の機内、しかも大統領の眼前だ。ビアンカはまたダイアンが彼等を諫めてくれるかと期待して視線を向けるが、何故かダイアンは口を挟む様子がない。


 それどころかビアンカの視線を見返して僅かに目を眇めてきたのだ。 


「……っ!」


 ビアンカはそれだけで実母の意図を察した。



 ――『このくらい自力で収めてみせなさい』。ダイアンは言外にそう伝えてきているのだ。



 それを悟ったビアンカは軽く衝撃を受けると共に……生来の負けん気が頭をもたげ、身体の内側から闘志が湧いてきた。そうだ。こういういがみ合いなどはこれから何度でも起きるかもしれない。その度にあたふたして誰かに救いを求めているようでは任務も覚束ない。


 このくらいの事は自分で乗り越えられなければお話にならない。それが出来る事をダイアンに認めさせるのだ。そう考えた彼女は、まるでカバールの悪魔と相対しているような心持ちで睨み合う2人に対峙する。


「2人とも、そこまでよ」


 彼女が意図的に低く抑えた声で制止すると、2人の視線が彼女に向いた。


「何度も言ってるでしょう? これから任務を始めようという時に些細な事でいがみ合ったりしないで頂戴」


「ビアンカ、こういうのは最初が肝心なんだよ。ここできっちりと上下関係ってヤツをこいつに……」


 サディークが悪びれた様子もなく主張しようとするが、ビアンカは手を挙げてそれを制した。


「子供の喧嘩じゃないのよ? どっちが上とか下とかそんな物ないわ。敢えて言うなら『私』がよ」


「……!」


「その私が今は任務に集中してと言ってるのよ。あなたも戦闘のプロならその自覚を持ってほしいわ。もしどうしてもユリシーズと組めないと言うなら、残念だけどあなたは今回の任務から外れてもらうわ」


「ま、待て待て、落ち着けって。誰も組めないとは言ってねぇだろ? 勿論解ってるって! ちゃんと任務には集中するぜ! 今のはちょっとした儀式みたいなモンだ。なぁ?」


 ビアンカが本気で怒っているらしい事を悟ったサディークが、慌てて取り繕いながらユリシーズに同意を求める。ビアンカが無言でユリシーズを見つめると、彼もビアンカの意志を読み取ったのか神妙な表情で頷いた。


「……ああ、そうだな。今のはただの男同士の挨拶みたいなものだ。そしてそれはもう済んだ。そうだよな?」


「ああ、ああ! 済んだ済んだ! これでもう意思疎通は万全だ! 任務には何の支障もないぜ」


 サディークが大げさに何度も首を縦に振る。まあ彼とて仮にも『ペルシア聖戦士団』のナンバー2だし、普段はこうでも戦いやビアンカの護衛に際しては真剣に取り組んでくれる事は実証されているし、これはあくまで念押しのようなものだ。


 ビアンカは少し肩の力を抜いて息を吐いた。


「はぁ……解ったわ。ちゃんと任務に真面目に取り組んでくれるならいいわ。でもさっき私が言った事は本気よ? また不真面目な態度を取ってトラブルを起こしたり任務に支障を来たしたりするようなら、いつでも降りてもらうからね?」


「わ、解った解った。ちゃんと真面目にやるって!」


 サディークは降参と言うように手を挙げて頷いた。これだけ念を押しておけばとりあえず大丈夫だろう。彼女はユリシーズにも顔を向ける。


「あなたもよ? 普段はサディークと仲が悪くてもいいけど、任務の間は忘れてよね? いい?」


 ユリシーズもいがみ合いの常連ではあるので念を押しておくと、彼は苦虫を噛み潰したような顔で頷いた。


「ああ、勿論だ。任せとけ」


 やや信用が薄いが請け負うユリシーズ。まあ今はこれで充分だろう。余り高望みすべきではない。ビアンカはそれまで静観していたダイアンに向き直った。



「お待たせしました、お母様。話しの続きを進めて下さい」


「……ふん、まあいいでしょう」


 ビアンカに慇懃な笑顔を向けられたダイアンは若干鼻白んで、それでも特に皮肉を言ったりする事も無く肩を竦めて、今後の予定や計画についての話題に戻る。非常に解りにくいが、どうやら及第点・・・は貰えたらしい。


 ビアンカは内心で大きく息を吐くと共に、一応とはいえ実母に認められた事で少しだけだが誇らしく胸のすく思いを感じるのであった……

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