Episode18:残酷な真実

 シアトル内の『ニューオリンピア自治区』。今ここでは有力者・・・が立て続けに変死した事で、その勢力図・・・に変化が起きようとしていた。


 自警団を率いているダニーが、西区や東区も自分達の支配下に置こうと侵略・・を始めたのである。しかし今の所その『戦争』は芳しい成果を上げていない様子であった。何故ならば……



「今、東区の商店主たちはリキョウを頼っている状態よ。そして彼がいる分には自警団のゴロツキが束になっても東区の制圧・・は不可能でしょうね」


 自警団が出払って閑散としたバー『ユニコーン』で、ビアンカはアダムと会って近況を報告している所であった。アダムが頷く。


「なるほど、確かにな。そしてそれは西区も同じ状況という訳か」


「ええ。サディークがそのまま西区に常駐してくれてるし、ムスリム達も自分達で自警団の横暴に抵抗するようになった。西区も今の所は安泰でしょうね」


「後はこの中央区だけという事か……」


 アダムが難しい顔をして唸る。


「オルブライト議員がカバールの悪魔である事は、マーティンら『フロイト教』の信者たちの悪魔化によって証明されたわ。そしてダニーもまたオルブライトの……つまりカバールの傀儡である事は既に判明している。もうこれ以上の調査は不要よ。後は一気に行動を起こしましょう」


 大統領補佐官のレイナーから、改めてダイアンの意志は伝えられていた。カバールの連中に対しては憲法の範囲外であり、一切の容赦なく殲滅するようにとの事だ。大統領のお墨付きがあるのだ。後はもう遠慮なく実力行使・・・・をしても問題ないはずだ。



「……まだダニーや自警団も悪魔と化しているかの確証はない。実力行使は時期尚早だろう」


 しかしアダムの反応は消極的だ。ビアンカはすぐにピンときた。


「……ルイーザね。彼女に慮っているんでしょう?」


 ルイーザ自身はカバールとは関係なかったようだが、ダニーは彼女に残された唯一の肉親だ。もしダニーも悪魔と化しているなら、ルイーザは天涯孤独という事になってしまう。それに自分が悪魔に利用されていたなどと知ったら彼女自身が受けるショックも大きいだろう。


「彼女はカバールとは無関係だった。この自治区の代表になったのも彼女なりの理念があっての事だった。偲びないと思うのはある意味で当然だろう?」


「でも彼女のやった事はれっきとした犯罪よ。それも国家転覆罪・・・・・に相当するかも知れない重罪。子供じゃないし事の重大さを理解した上で協力した訳だから、その罪は免れないわ。彼女は犯した罪に対する罰を受けなければならないわ」


「…………」


 アダムの顔が苦渋に歪む。彼も頭では解っているのだろう。いや、根っからの軍人である彼の事、むしろビアンカ以上にその事を理解しているのかも知れない。だがルイーザと間近で接してその人となりを知ってしまった事で、相反する理性と感情に苛まれているのだ。


「俺は……」


 彼が何か言おうとした時、バーの入り口が開いた。



「あら、やっぱりまたあなただったのね? 彼が所用で『ユニコーン』に行くというから怪しいと思ったら案の定ね」



「……! ルイーザ……」


 扉を開けた状態でそこにルイーザが立っていた。その目は睨むような眼差しでビアンカに向けられている。


「もう彼には近づかないでと言ったでしょう。他の男の所へ行きなさいよ」


「……っ! それはこっちの台詞よ」


 歩いてきたルイーザに対抗するようにビアンカは立ち上がる。もう彼女に遠慮する必要はない。


「おい、ビアンカ……」


「あなたは黙っていて。もう彼女にはっきりと事実を突き付けるべきよ」


 咄嗟に仲裁しようと腰を浮かし掛けるアダムを制して、ビアンカもまたルイーザを睨み返す。


「へぇ、事実? あなたが何を知っているのか、ようやく喋ってくれる気になったの?」



「ええ、そうよ。あなたは大統領と国民党を陥れようとする悪魔達に利用されているだけよ。私達はそれを止めてこの自治区を解体すべく大統領から送り込まれたエージェントよ」



 その事実をはっきりと告げてやると、ルイーザは一瞬何を言われているのか解らないという風にその大きな目を丸くした。しかしそれから俄かに笑いだした。


「ふ……あはは! 何を言い出すかと思えば……。私に自分が汚い連中に利用されているという自覚が無いとでも? 私はそれを承知で敢えてこの話に乗ったのよ。でも……あなた達の正体はそこまで意外という訳じゃないわ。アダムからして、ここに集まってくる連中とは明らかに纏ってる空気が違ったもの」


 ルイーザ自身その事は何度か匂わせていた。アダム達が何かの目的を持ってやってきた事には感づいている様子であった。だが……彼女には根本的な認識不足があった。


「私が言ってる『悪魔』というのは比喩的な意味じゃないわ。この自治区の裏にいるのは本当に人知を超えた化け物達なのよ。あなたはそいつらに利用されているだけなのよ」


「はぁ? 何ですって……?」


 ルイーザはビアンカの正気を疑うように眉を上げる。アダムの方に問うような視線を向ける。彼は溜息を吐いて頷いた。


「……彼女の言っている事は本当だ。俺の本当の身分は国防総省の軍人だ。そして悪魔は実在している。恐らく君のすぐ身の回りにも」


「な…………」


 彼女が信用しているアダムまでもが真顔で肯定するのを見てルイーザが絶句する。


「あ、悪魔ですって? 私の身の回りにも? それって……」



 彼女が誰かの名前を言い掛けた時、再びバーの扉が荒っぽく開かれた。ただし今度は1人ではない。大勢の強面の男達が雪崩れ込むようにして入ってくると、ビアンカ達の回りをぐるりと取り囲んだ。


「……! あなた達、これは一体何の真似!? 今取り込み中なのが見て解らないの? すぐに出ていきなさい!」


 男達はいずれも自警団の面々であるようだった。それを見て取ったルイーザが眉を吊り上げて命令する。しかし男達は誰も動かない。


「おお、ルイーザ。俺の可愛い姪っ子。すぐにこっちへ来るんだ。これ以上そいつらと関わる事は許さん」


「……! 叔父さん? これは一体……」


 男達の包囲の後ろから現れたのは自警団のボスであるダニー・フロイト。その顔は今までとは異なり邪悪な憎しみに彩られていた。



「ルイーザ、そいつらは俺達を破滅させる為にあのレイシスト大統領から送り込まれた犬だったんだよ。タレこみ・・・・があったんだ。現に東区や西区にもそいつらの仲間がいて、悉く俺達の邪魔をしていやがる。そいつらは俺達の敵だ」



「……!」


 ルイーザが目を見開くが、それはダニーの言葉に驚いてのものではなかった。つい先程ビアンカ達自身がそれを暴露していた。そうではなくダニーの雰囲気が明らかに異質なものに変わっている事に気付いたのだ。


「お、叔父さん……? 彼等は叔父さん達の背後には悪魔・・がいると言っていたわ。本当なの、叔父さん? 悪魔なんてただの冗談か比喩表現よね?」


「ああ、ルイーザ。そこまで聞いてしまったか。じゃあ仕方ない。お前はオルブライト議員に洗脳・・してもらうとしよう。最初からそうすれば良かったんだ」


「……!!」


 事も無げにそう言ってのけるダニーの姿に慄いたルイーザが一歩後ずさる。代わりにビアンカとアダムが前に進み出た。


「やっと馬脚を現したな、道化め。ルイーザの事を思えばお前に手を出す事は憚られたが……お前の方から彼女を裏切るのであれば話は別だ。大統領から与えられた任務を遂行させてもらう」


「ふん、馬脚を現したのは貴様らの方だろうが! 貴様らを血祭りに上げて、その首を大統領府に送り付けてやる。それがこの『自治区』のこれ以上ないメッセージになるだろうな!」


 これだけの数に囲まれても動じる気配のないアダムの姿に鼻白んだダニーは不快気に顔を歪めながら叫ぶと、自警団の男達に合図を送る。すると男達の姿が変化・・していく。ビブロスやアパンダ、その他雑多な下級悪魔達の姿に。


「ひっ……!? そ、そんな……本当に!?」


 初めて悪魔の姿を目の当たりにしたルイーザが恐怖に青ざめる。腰を抜かさなかっただけでも大したものだ。


「ビアンカ、済まないがルイーザを頼む。なるべく俺が片付けるが……」


「解ってるわ。こっちの事は気にしないで存分に戦って」


 広いフロアとはいえこれだけの数がいると、如何にアダムであっても討ち漏らし・・・・・が生じる可能性はある。だがそのくらいであれば今のビアンカなら充分相手に出来る。


「ア、アダム? 無茶よ! 軍人なのは解ったけど、こんな化け物相手に1人で戦う気なの!?」


「彼なら心配いらないわ。あなたは自分の身を守る事だけ考えてなさい」


 アダムの超人ぶりを知らないルイーザが悲鳴のような叫びを上げるが、ビアンカはそれを冷静に制する。



「掛かれ! ルイーザ以外は殺して構わん!」


 ダニーが指図すると悪魔達が奇怪な叫びをあげて一斉に襲い掛かってきた。そして次の瞬間には先頭にいた何体かの悪魔達がその頭部を光線・・に撃ち抜かれて消滅した。


「な…………」


 唖然とした声は果たしてダニーの物だったか、それともルイーザの物だったか。


 アダムの左腕が縦に割れて、そこから筒状の光線銃が露出していた。その銃口から再び粒子ビームが発射されて別の悪魔を撃ち抜いた。


「な、何だ、この化け物は!? くそ、殺せ! 殺せぇっ!!」 


「貴様らに言われたくはないな」


 アダムは呟くと殺到してくる悪魔達を光線銃で射抜きつつ、右腕からは鋭利なブレードを展開・・し下級悪魔達を紙のように切り裂いていく。またその身体能力や身のこなしも人間離れしていて、多数の悪魔達の攻撃をほぼ全て完璧にいなす。


「くそ! あの女も仲間だろう! あの女を狙え!」

 

 大量にいた悪魔達の数が見る見る減っていく。その様にダニーが焦りを覚えたらしく、ビアンカ達の方に指さして怒鳴る。


「……!」


 ビアンカを狙うだけでもアダムへの牽制にはなる。彼の強さを見た敵が彼女の方も狙ってくるのは予測できていたので動揺はない。


「ふぅ、いよいよね! あなたは下がってて!」


「え……!? あ、あいつら相手に戦う気!? 無茶よ!」


「少数なら大丈夫よ! あいつらを相手にする為の武器・・があるから」


 それ以上の問答をしている余裕はないので、ルイーザを強引に下がらせて向かってくる悪魔達に相対する。敵は3体ほど向かって来ていたが、そのうち2体はアダムが片付けてくれた。しかし1体がすり抜けてこちらに向かってくる。その間に他の悪魔が殺到してきて、流石のアダムもそれを追撃する余裕はない。



 向かってきたのは直立した飛蝗ばったのような姿の下級悪魔ウェパールだ。その強靭な脚力を利用して先制攻撃の跳び蹴りを仕掛けてくる。物凄い速さだ。


「く……!」


 ビアンカは辛うじて回避に成功した。彼女も西区の戦いの時のように跳び蹴りで先制攻撃しようとしたが、機先を制されてしまった。ウェパールはそのまま追撃してくる。


 ウェパールはビブロスのように武器は持っておらず無手でありアパンダのような毒もないが、その代わりに肉弾戦能力自体は下級悪魔の中ではトップクラスだ。下手な下仙よりも強いかも知れない。


 奇声を上げながらその五体を武器として連続で攻撃してくる。アルマンから貰った装備で攻撃力や防御力は増したものの、当然ながら身体能力や反射神経などは素のままだ。フィジカルの差で圧倒されて反撃のチャンスが掴めずに防戦一方になってしまう。


「ちぃ……!!」


 意外な苦戦に舌打ちするビアンカ。やはり下級とはいえ悪魔相手に危なげなく戦うにはまだまだ力不足である事を痛感する。サディークやアダム達が無双しているのでつい雑魚に思えてしまうが、あれは彼ら超人達だからこそ出来る芸当であり、本来悪魔は人間が抗える相手ではないのだ。


 このままでは痛烈な打撃をもらってしまう可能性がある。焦るビアンカだが、その時……


 ――ドスッ!!


『……!!』


 ウェパールが一瞬身体を震わせて動きを止める。奴の脇腹辺りに大きな調理用のナイフが突き立っていた。驚いたビアンカが視線を巡らせると、何かを投げた姿勢のルイーザと目が合った。


「あ、あなた……」


「――今よっ!」


「ッ!」


 唖然としかけたビアンカだが、確かに今はそんな場合ではない。驚きはしたが折角ルイーザが作ってくれたチャンスを無駄には出来ない。


「ふっ!!」


 受けに回ったら負ける。攻撃は最大の防御という意識で全力の攻勢を仕掛ける。ビアンカの攻撃がヒットする度にグローブやシューズから霊力が放出されて悪魔にダメージを与える。


 それでもウェパールがビアンカの隙を突いて反撃しようとするが、そこに再びルイーザの投げナイフが奴の背中に刺さる。勿論それ単体では悪魔に殆ど痛痒も与えられないが、僅かでも気を逸らす効果はある。そしてその僅かだけで充分であった。


「ナイスアシストッ!!」


 ビアンカは大きく跳び上がって、上段から全力の打ち下ろしを飛蝗の顔面に叩きつけた。以前に下仙も倒した彼女の決め技といってもいい攻撃。隙は大きいが当たった時の威力はかなりの物だ。


 飛蝗の顔面を粉砕されたウェパールがもんどりうって倒れる。だがそのまま起き上がってくる事無く消滅してしまった。無事に斃せたようだ。

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