Episode4:CIAの女
「……夏とは言っても、やっぱりちょっと寒いわね。念の為すこし厚着しておいて正解だったわ」
アンカレッジの空の玄関口であるテッド・スティーブンス・アンカレッジ国際空港。プライベートジェット(ビジネスジェット)でこの空港に着陸料を払って(勿論大統領府持ち)降り立ったビアンカ達は、そのままターミナルから空港を出る。そして外に出た瞬間、ひんやりとする空気が彼女を包み込んだ。
この場所からでも地平線の向こうに、頂上付近に雪が積もった山々が見えており、アラスカの雄大さを実感できた。しかし彼女はそれよりもまず気温の低さが気になった。
「今の季節は夏とはいえ、それでもアラスカの気温は平均して20℃以下。寒さが苦手な人には少し冷たく感じるかも知れませんね」
そう云うリキョウは当然というか全く平気そうな顔だ。前回のアトランタでは逆に彼の格好は暑すぎるのではないかと感じたが、このアンカレッジの今の季節だとむしろ丁度よいくらいに思えた。まあそれ以前に彼は神仙として『気』の力で体温調節が出来るらしいので、もっと極寒であっても問題はないらしいのだが。
「良いわよね、その力。私は寒いのがあまり好きじゃないから羨ましいわ」
そう言って嘆息しつつ、もう1人の同行者であるアダムを見やる。アダムはその広い肩を竦めた。
「俺も元々軍人として極地訓練は積んでいるからな。それに加えて今は
「ええ、そんなことだと思った……」
ビアンカは再びため息をついた。毎度の事ながら彼女の仲間は色んな意味で超人揃いであった。まあ悪魔を相手にするのだからむしろ超人でないと困るのだが、こういう時にもビアンカは彼らとの差を実感してしまうのであった。
「さあ、寒いのが嫌いなのであれば、それこそいつまでも屋外で立ち話しているものでもないでしょう。とりあえず予約しているホテルに向かいましょう。そこで旅の埃を落としてから改めてルース議員の自宅へと向かうとしましょうか」
リキョウが促す。旅の埃と言ってもジェットで一飛びであったのだが、要は少し休んで落ち着いてから仕事を始めようという事だ。アダムも頷いている。
「そうだな。君も慣れない空の旅で疲れただろう。仕事は明日からでも全く問題ないから、今日の所はホテルでゆっくりと休むと良い」
「ええ、そうね。ありがとう、2人とも。それじゃお言葉に甘えて、今日はホテルで休ませてもらうわ」
因みに予約してあるホテルは空港のすぐ側のスペナード湖畔にある3つ星ホテルであった。3つ星とはいっても、落ち着いた内外装で中にはテラスやスポーツジムなども完備されて、バーやグリルもある立派なホテルだ。
そのグリルで簡単に夕食を摂ってから、予約している部屋に引きこもった。尚アダムとリキョウはやはりツインの部屋を取ることは静かにしかし断固として拒否したので、このアンカレッジでも3部屋取る事になったのは余談であった。
*****
エマ・ルース上院議員の自宅はアンカレッジでも一等地に当たる閑静な住宅街にあった。広い土地をふんだんに使用した、整備された森の中に邸宅が点在している。気温はビアンカとしては少し寒いものの、その分空気が澄んでいる感じがして、何ともいえない心地の良さを感じる風光明媚な住宅地であった。
レンタルした車でそんな住宅地を進むこと数分……
「見えてきたぞ。あそこだ」
運転しているアダムが示す方向に、一軒の大きな邸宅があった。大きなと言っても他の家々とそこまで変わる程ではない。どうやらあそこがルース議員の自宅のようだ。
「ふむ、だがどうやら
「……!」
ルース議員の自宅の前に大きなモスグリーンのハンヴィーが停まっていた。見るからに民間ではなく
「あれは……陸軍で正式採用されている車両で間違いないな。確かにこの街の北にはフォート・リチャードソン基地があるが……」
このアンカレッジには大きな2つの基地があり、一つはエルメンドルフ空軍基地、そしてリチャードソン陸軍基地だ。2つの基地は隣接している事もあって、近年になって統合されたと聞いている。そしてあのハンヴィーは陸軍の物のようだ。
「まあとりあえず行ってみなければ何も分かりません。宜しいですか、ミス・ビアンカ?」
「え、ええ、そうね。私達の仕事とは関係ないかもだし、とにかく行ってみましょう」
一応『リーダー』であるビアンカの決定に従ってルース宅の前に車を止める。そして彼らが車を降りるかどうかというタイミングで……
『いい加減にして頂戴! 私を脅したって無駄よ! もう話は大統領に通してあるんだから!』
「……!!」
家の中から女性の大声が響いてくる。ルース議員のようだ。その『先客』との話が揉めている様子だ。ビアンカ達は顔を見合わせると急いで玄関まで駆け寄った。
まず目に飛び込んだのは、モスグリーンの迷彩ジャケットの大きな背中だ。それも2つ。
2人の軍人が両手を後ろで組んだ直立不動の姿勢で並んでいる。その様は
「まさにそれが困るのですよ、ルース議員。これは
しかしその軍人2人の向こう側から聞こえてきたのはルース議員とも異なる女性の声であった。後ろ姿だけでもこの軍人2人は明らかに男性だと解る。どうやら彼等の前に誰か別の女性がいるようだ。
「ルース議員? アポイントを取っていたカッサーニですが……何かトラブルでしょうか?」
ビアンカが敢えて彼等の会話に割り込むようにして声を掛ける。通常なら非礼に当たるが、どうも強引にでも割り込んだ方が良さそうだと判断したのだ。
「……! あ、ああ! よく来てくれたわ! ほら! 彼等が大統領府から送られてきたエージェントよ。今日これから会う約束をしているのだから、もう帰ってもらえるかしら?」
ルース議員が露骨にホッとしたように相好を崩して、それから目の前の人物たちを追い払おうとする。
「……! 彼等が……? という事は、あなたが『
「え……!?」
ビアンカはギョッと目を剥いた。アダムとリキョウも警戒したようにビアンカを庇う位置取りになる。女性なので悪魔という事はないはずだが……
「そんなに警戒しなくても大丈夫よ。今ここであなた達と事を構える気はないから」
そう言ってその女性が軍人達と一緒にこちらに振り返った。軍人達が少し脇に避けた事でその女性と正面から相対する形となる。
「私はマチルダ・フロックハート。
意外に若く、まだ30には届いていなさそうな年齢に見える女性だ。くすんだ金髪をきれいに切り揃えたセミロングが印象的であった。
「中央情報局……!?」
つまり
「CIAが何故ここに……いや、理由は明らかだな。しかしその2人は陸軍か? 何故CIAと軍が共に行動している?」
アダムが油断なくマチルダから後ろの軍人2人に視線を移す。彼等は全く喋ることなく相変わらず直立不動のままだ。
以前にユリシーズやレイナーから聞いた所では、FBIやCIAといった連邦政府直轄の司法諜報機関は現在自由党側に傾いており、国民党である大統領ダイアンとは折り合いが悪いとの事であった。そして軍は全て国防総省の管轄であり、国防総省は国防長官がダイアンの信頼する人物という事もあって基本的には国民党側であり、また国家というものに忠実なのでその意味でも現職大統領であるダイアンの側と言って良いはずであった。
その軍隊に所属する兵士がCIAの人間と行動を共にしているというのは確かに奇妙に写った。
「あら? 同じ国家に属する組織同士、協力し合うのは当然じゃない? バーナード准将は快く協力を約束して、彼等を護衛につけてくれたわ」
バーナード准将というのはエルメンドルフ空軍基地の司令官の事だ。つまり完全に
「なるほど、確かにごもっともですね。それで……CIAが何の用でルース議員を訪れ彼女を恫喝しているのですか?」
リキョウも研ぎ澄ませた『気』を発散させながら彼等を威嚇しつつ問い掛ける。マチルダは肩を竦めた。
「恫喝とは人聞きが悪いわね。ただ余計な事に首を突っ込んで欲しくないから『お願い』に来ていただけよ。でもどうやらあなた達と先約があったみたいだから邪魔者は退散するわ」
マチルダはそう言って軍人たちを引き連れてビアンカ達の脇を通り過ぎて、停めてあるハンヴィーへと戻っていく。すれ違う際にマチルダがビアンカに顔を寄せてきた。
「『エンジェルハート』……
「……っ! な……」
ビアンカが目を剥いて何か言い返そうとした時には、既にマチルダは距離を離してしまっていた。そして軍人たちと一緒に素早くハンヴィーに乗り込むと、躊躇いなく走り去っていった。ビアンカ達はそれぞれ異なる感情を以て、遠ざかっていく車を見送るのであった。
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