Episode13:忌まわしき再会

 ビアンカ達を囲んでいた岩人形達が一斉に形を失って崩れ去っていく。それを悟ってビアンカはホッと息を吐いて力を抜いた。リキョウが彼にしては真剣な表情で向き直った。


「ミス・ビアンカ、ご無事ですか?」


「え、ええ、私は大丈夫よ。何とかね。あなたのお陰よ、リキョウ。ありがとう」


 ビアンカ自身も数体の岩人形との連戦を余儀なくされ、アルマンのチョーカーの効果があったとはいえそれなりにダメージも負ってしまったが、それでもあの大量の敵の殆どをリキョウが引き付けてくれていたからこそ、その程度で済んだのだ。


 ――Gau!!


 『腕』も崩壊した事で、それと戦っていた仙獣である麟諷が主人の下へ戻ってきた。この仙獣もリキョウの力である事を考えれば、彼はあの巨大な『腕』も引き付けてくれていた訳で、彼は充分すぎる程に己の役目を果たしてくれたと言える。


「お気遣い感謝致します。しかしあなたを完全にお守りしきれなかったのは事実。私もまだまだ精進が足りませんね」


 リキョウはやや自嘲気味にかぶりを振った。どうやら意外と自分に厳しい性格のようだ。



「しかし……それとは別に憂慮すべき問題があるようですね」


「……! ええ、そのようね……」


 リキョウが示す方向を目で追ったビアンカは厳しい表情で頷く。彼女らの視線の先には崩れて積み上がった岩の山。あのバルバトスが変身していた本体・・の残骸だ。討伐は出来たものの捕える事は不可能だった。カバールはやはりそれ程甘い相手ではなかったのだ。


 それはまあ残念だが仕方がない。実はこうなる可能性も事前にユリシーズやリキョウ達自身から指摘は受けていたのだ。やはり戦いというのはなまものであり、ましてやカバールの構成員が相手となれば何が起きるかも解らない。無事に討伐出来れば御の字という状況になる事も充分あり得る。そして実際にその通りの状況となった。


 そこまではまだいい。一応は想定の範囲内だ。だが彼女らの見ている前で、想定していない・・・・・・・状況が発生していた。



 瓦礫の山を背景にユリシーズが1人の男と睨み合っている。灰色のローブとフード姿の見るからに怪しげな男。しかも更に仮面で顔を隠している。どうもバルバトスとの戦いに加勢してくれたようだが、ユリシーズの反応を見る限りアダムのような大統領側の助っ人という訳ではないらしい。


「ユリシーズ! その人は……?」


 リキョウと共にユリシーズの元まで駆け寄るビアンカ。だが彼はローブ男から油断なく視線を外さない。


「さぁな。こう正体を隠してちゃ誰なのかさっぱり解らん。だが油断するな。こいつ……一瞬だが魔界の魔力・・・・・を発散しやがった。少なくともこっち側・・・・には俺以外に魔界の力を使える奴はいないはずだ」


「え……!?」


 ビアンカはギョッとしてローブ男を見やる。魔界の力とは即ち悪魔・・の力だ。ユリシーズは悪魔と人間のハーフ・・・であるらしく、完全な悪魔ではないにもかかわらず魔界の力を使える稀有な存在なのだが、そんな人間が他にもいたのだろうか。


 ビアンカが見つめると、ローブ男は小刻みに肩を揺らし始めた。どうやら笑っているようだ。



「ふ、ふふ……ああ、ビアンカ。君にそんな風にまじまじと見つめられると照れてしまうじゃないか」



「え……な、何ですって?」


 いきなり馴れ馴れしい口調で自分の名前を呼び捨てにされたビアンカは面食らう。だが同時に何となく今の口調に聞き覚えがある事に気付いた。


 男がフードと、そして仮面をゆっくりと外す。その下から覗いた素顔はある意味で彼女の予想通りであった。


「フィラデルフィアで別れて以来だね。元気だったかい、ビアンカ?」


「あ、あなた……ヴィクター・・・・・!!」


 その顔も、仮面を外した事で明瞭となった声も、間違いなく今となっては彼女の中で忌まわしい記憶に紐づけされている存在……。ビアンカの元カレ・・・であるヴィクター・ランディスであった!




*****




 ビアンカの元カレ。そして……彼女の親友であったエイミーを身勝手な理由で無惨に殺害した下手人。そしてあろう事かカバールの悪魔と契約し、復讐に燃える彼女を打ちのめした男。


 それが悪びれる事無く彼女の前に顔を出してヘラヘラ笑っている姿を見て、ビアンカは瞬間的に沸騰した。


「お、お前はぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 拳を構えて一直線に突進する。今の彼女はあの時とは違う。アルマンから貰った霊力を発散する装備がある。これで攻撃を当てれば、今の悪魔と融合したヴィクターにも有効打を与えられるはずだ。



 奴は迫ってくる彼女を見ても、相変わらず癇に障る笑いを浮かべているだけで避けたり迎撃したりする素振りも無い。それが余計にビアンカを激昂させる。


 低い姿勢から腰だめに引き絞った拳を全力で撃ち出す。そのストレートは真っ直ぐヴィクターの腹の辺りに命中した。グローブから強烈な霊力が放射されて、その威力にヴィクターが身体を前に折り曲げる。


(……! 効いてる!)


 手ごたえを感じたビアンカは、畳み掛けるように追撃のハイキックを繰り出す。蹴りは無防備なヴィクターの側頭部にヒットし、蹴りの威力と霊力が上乗せされてヴィクターは大きく仰け反った。


「ぎゃあ! い、痛い……も、もうやめてくれ、ビアンカ! 謝るから……!」


「っ! ふざけるな! 地獄に落ちろぉ!!」


 彼女が予想外に攻撃力を増していた事に驚いて怯んだらしいヴィクターが、情けなく許しを乞うてくる。以前から変わらない卑屈で卑怯な性格。ビアンカは増々カッとなって、むしろ更に苛烈な追撃を加える。


 拳や蹴りでヴィクターの顔や体、全身を滅多打ちにする。その度に奴が情けない豚のような悲鳴を上げる。


「ひぃ! ひぃぃっ!! 痛い! 痛いよ、ビアンカ! もうやめて……許して」


「エイミーもそうやって命乞いしたでしょう!? なのにお前は容赦なく殺した! 絶対に許さない! 死ね! 死ねっ! この世から消え失せなさいっ!」


 悲鳴も命乞いも文字通り一蹴して、彼女は怒りと復讐心と、そして……嗜虐心・・・の衝動のままにヴィクターを暴行し続ける。他の相手にこんな感情を持つ事はない。親友の仇であるヴィクターが無様に命乞いをして、それを一方的に殴りつけているという状況が彼女をハイにしていた。


「死ね! 死ね! 死ねぇっ!!」


 地面に倒れたヴィクターに馬乗りになって狂乱したように殴り続けるビアンカ。そして醜く腫れあがったその顔にとどめの一撃を加えてやろうと大きく拳を振りかぶり、一気に打ち込もうとして……




「おい、ビアンカ、何してる! いきなり岩を殴りつけ・・・・・・始めて、気でも違ったのか!?」




「――――――っ!!?」


 怒鳴り声と共に力強く彼女を後ろから抱き留めて抑える……ユリシーズの言葉に、ビアンカは正気に戻った・・・・・・


「え? ……あ、あれ? え……?」


 ビアンカは自分がバルバトスの残骸である岩の塊の1つに跨っている事に気付いた。岩の表面にはいくつもの亀裂や陥没が出来ていた。そして自分の拳に感じる鈍い痛み……。


「目が覚めたか? お前、あの小僧の顔を見るなり、いきなり狂ったようにその岩に突進して攻撃し始めたんだぞ。頭がどうかしちまったのかと思ったぜ」


「……っ!」


 ビアンカは限界まで目を見開いた。何が起きたのか解らなかった。さっきまで憎いヴィクターに馬乗りになって一方的に殴りつけていたと思ったのに、気付いたら代わりに岩の塊に跨っていてユリシーズに抱き留められていた。


 そして当のヴィクターは全くの無傷のまま、ニヤニヤと厭らしい癇に障る笑みを浮かべてビアンカの醜態を眺めていた。しかし直後に顔を引き攣らせて大きく飛び退る。


 リキョウの仙獣である麟諷がヴィクターに向かって圧縮した空気弾を撃ち込んだからだ。



「ふむ……幻惑・・ですか。それも精神に直接干渉するタイプの力のようですね。尤も私やユリシーズ君に影響を与えられる程ではないようですが」


「……!」


 リキョウの冷静な言葉にビアンカは、ようやく自分に何が起きたのかを悟った。ヴィクターはおっかなびっくりという感じに麟諷を警戒しながら肯定した。



「……ああ、そうだよ。アンドロマリウス・・・・・・・・は幻惑を操る悪魔でね。尤も僕自身がまだまだ彼の力を引き出せていないから、効果は限定的な物に過ぎないけどね」



「限定的……。対象の願望・・を読み取って、相手が望む都合の良い夢を見せて幻惑の世界に絡め捕るといった所ですか」


 リキョウがまだ呆然としているビアンカに視線を投げかけながら断定する。ヴィクターは苦笑するように肩を竦めた。


「それも正解。怖い人だなぁ。でもそんな人達だからこそ期待・・出来るというものかな」


「期待だぁ? てめぇ、そもそも何企んで俺達に味方しやがった?」


 ビアンカがとりあえず落ち着いたのを見て取ったユリシーズも彼女から離れて立ち上がると、ヴィクターに不審と警戒の目を向ける。

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