化け物バックパッカーと変異体ハンター、それと化け物ぬいぐるみ店の店主に化け物運び屋、あと商人、それぞれ初詣に行く。

オロボ46

序章 1年の始まりはなんだっていい。なにに始まりを感じるのかは、人によるから。




 熱狂が静まり帰ったあとのような夜空の下、


 山の中のアスファルトの上を、人影が走り抜けていく。


 それに遅れて、懐中電灯の光とともに誰かが息を切らす音が聞こえる。




 アスファルトのカーブの先は、小さな展望台があった。


 崖を木製の柵で囲み、屋根とベンチ、街灯、看板があるだけの小さな展望台。近くの駐車場には車が止まっており、柵の前には人の姿がぽつぽつと見える。


 そこに、黒いローブの人影が走ってくる。


 黒いローブの人影は人が集まっていない柵の前に来ると、息を整えることもなく柵に手を置き、山奥に顔を向ける。

 街灯によって姿は映し出されているが、そのローブの人物はフードを被っているため、よく見えない。

 背中には、黒いバックパックが背負われている。



 山の隙間から光が表れたころ、黒いローブの人影に老人が近づいた。


「ぜえ……ぜえ……“タビアゲハ”、もう少し待ってくれんか」


 膝に手をつき、息を切らすこの老人、顔が怖い。

 黄色いダウンジャケットを身にまとい、頭にはショッキングピンクのヘアバンドを巻いている。そして、背中にはローブの人影が背負っているバックパックと似たものが背負われている。俗に言うバックパッカーだ。


 “タビアゲハ”と呼ばれたローブの人影は老人の声を聞くと、振り返って周りの人間には聞こえない小声で話しかけた。


「“坂春サカハル”サン、ダイジョウブ?」

「ああ、おまえが思いっきり走るせいで、老体に無理をさせたおかげで……だいじょうぶではない」

 “坂春”と呼ばれた老人のことばに、タビアゲハは申し訳なさと恥ずかしさで地面をうつむいた。

「ダッテ……年ノ最初ノ太陽……初日ノ出ヲ見逃シチャアイケナイッテ思ウト、急ガナキャッテ思ッテ……」

「だからって、俺を置いていくことはないだろう……」




 その時、周りの人々が一斉に声を上げた。


 タビアゲハは振り返り、坂春は柵に近づいて、向こうの山を見る。




 太陽が山の隙間から表れた。




 今年初めての、太陽だ。




「ワア……奇麗……」


「確かに奇麗だが、別に正月に限定しなくてもいいんだがな……」


「デモ、ナンダカ1年ノ始マリッテ感ジガスルヨネ」


「まあな……もっとも、1年の始まりは別に太陽に限らなくていいものだ」




 坂春は太陽をじっと見つめて、やがて大きなあくびをした。




「いや、せっかく初日の出を見ようと決めたんだ。この景色を味わうか」









 太陽は山から抜け出し、全体の姿を見せる。


 しかし、人々はその形を見ることはできない。まぶしいからだ。


 新年初めての太陽にくぎ付けになった人々も、


 昼になってしまえば、誰も見向きもしない。





 だけど、正月はまだ終わらない。


 今年最初の願い事をしに、人々は歩み始める。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る