第2話
「私だってクレーム少なかったら、最下位じゃないはず! 悔しいったらありゃしない」
「でも結果重視だからな、この会社。今回もどうして恵にクレームが多いのか聞いて来いって言われたから、こうして俺が直々に聞きに来ているわけで……まあ理由は明確なんだけどな、いつものだろ?」
それに万葉は頷いた。
「恵っていう名字のせいです、って言っておいてくれる?」
(なんだってこんな、ややこしい苗字……)
万葉は落胆を隠さずに盛大にため息を吐いた。万葉が対応力や言葉遣いにおいて抜きんでた成績を残し、さらにはキャッチの速さも文句がないのに、断トツでクレームが多い理由。それは――苗字だった。
「今日も恵ちゃん言われちゃっていたよね。何で下の名前で電話に出るんだ、失礼だろう!って。どっちが失礼なんだか、まったく」
「あーもー、思い出したくない、腹が立ちすぎてもはやげっそり」
桃花はよしよしと万葉の頭を撫でた。隣に座っているため、たまに怒鳴られている万葉が白目を剥いていると、桃花はいつも頑張れ、とジェスチャーをくれる優しい先輩でもあった。
「だから俺が途中で入ってやっただろうが」
新海が眉根を上げてニヤリと笑った。どうしてもトラブル回避ができない時には、チューターの新海にヘルプを頼む。新海は男性で声音も渋く、お客さんは引き下がっていく。万葉が新海に助けられたことは一度や二度ではない。
「ありがと、それには感謝してる。あのお客さん、びっくりするくらい怒っていたもんね……はあ、やんなっちゃう。苗字は選べないっていうのに」
コールセンターで担当者名を伝える時に、万葉が困っているのは苗字だった。〈恵〉という、下の名前でも通用する苗字は、万葉の最大の敵とも言える。
パソコン機器に疎い高齢者がコールセンターに電話をしてくる場合、怒っている人や文句を言いたい人も、少なからず中にいる。礼儀や言葉遣いにうるさい人だった場合、万葉が電話を受けた時に、下の名前で名乗り出たと勘違いする人も数多くいるのだった。
その地雷原に当たってしまうと、すでにパソコンに不満があるのに加えて、当たり散らす対象を見つけたと言わんばかりに攻撃をされる。
「はー、だから今日はがっつり飲んでやるんだからね!」
「それじゃモテないし婚期逃すぞ。親にもグチグチ言われてるんだろ? とっとと結婚しろって」
新海が意地悪く突っかかってきて、万葉はあっかんベーと舌を出した。「帰る!」と語気も荒くフロアを出て行こうとすると、後ろから新海のおちょくった声が聞こえてくる。
「恵、苗字変えたかったら俺が結婚してやってもいいぞー。その様子じゃ、婚期逃しそうだしな」
「大きなお世話! お酒と結婚するからいいの。新海のせいでお酒が進んだら、明日請求してやるんだから!」
「おう、せいぜいがんばれよ」
新海も桃花もひらひらと手を振って万葉を見送る。それに「お疲れ様」とにこりと微笑んでから、万葉はいつもの居酒屋へと向かうのだった。
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