#633
研究施設にはジャズのすすり泣く声が響いてる。
ローズはそんな彼女を悲しそうな表情で見下ろしていたが、ジェーシーのほうに気にした様子はなく、泣いていることなど無視して声をかけた。
「これで私たちがやっていたことがわかってもらえたでしょうか? 皇子と皇女、さらにミックス第二皇子を元の姿に戻すには、ここでの研究が必要だということを」
「ミックス……ミックス……」
だが、ジャズは返事をしなかった。
いや、“しなかった”のではない。
返事が“できなかった”のだ。
今の彼女には鉄の塊と一体化したミックスの姿しか映っていなかった。
叔父であるブロード·フェンダーの最後のメッセージで、ミックスの言葉――。
誰もが笑顔になれるハッピーエンドを目指す。
それが――その言葉がこれまでの彼女を奮い立たせていた。
喧嘩別れのようになってしまったウェディングや、彼女に殺されてしまったセティ·メイワンズを失った悲しみも――。
リーディンやロウル·リンギングがストリング帝国の人体実験に使われていたことも――。
それでもなんとか踏ん張れていたのは、ミックスと必ずまた会うためだったといっても過言ではない。
しかし、ようやく会えたというのに、こんな結果はあんまりだと、ジャズはただ涙を流して放心状態になってしまっていた。
「思ったよりもウェットなんですね、この娘は」
「帝国の出身者には珍しいことだ。たぶんだが、出会いだろうな。おそらくジャズ·スクワイアはこれまでの出会いによって、ここまで感情を乱しているのだろう」
ローズの言葉に、ジェーシーは小首を傾げていた。
どうやら彼女にはローズの言葉の意味が理解できないようだ。
「しかしですね。こんな調子で使えますか?」
「心配するな。こんなになっても、この娘には使い道がある」
「先ほど話していた、魅力というものですか?」
「ああ、いわばジャズ·スクワイアは飾りだ。こいつがいれば寄ってくる者は、意外にも多いのだよ」
「そうですかねぇ……。私にはただ好きな男の真似をしてるだけに見えますが。ですが、ローズ様がそうおっしゃるのならそうなのでしょう」
ジェーシーはそう言うと、ローズに向かってその頭を下げた。
彼女から見ると、どうもジャズには人の上に立つ才能はないように見えているようだった。
だが、納得はできずともローズには心から従っているようだ。
「へぇー、だからジャズに役をつけて試そうってのかい?」
そのとき、どこからか男の声が聞こえた。
その声のトーンからするに、若く張りがある――少年の声だ。
「誰ですかッ!? 隠れてないで出てきなさいッ!」
ジェーシーが声を張り上げると、彼女とローズの前にストリング帝国の軍服――深い青色の軍服を着たボサボサ頭の少年が出て来る。
その少年をジェーシーは睨みつけたが、ローズのほうは笑みを浮かべていた。
少年が面倒臭そうに頭を掻きながら口を開く。
「意外だねぇ、ローズ将軍がそこまでそいつを買っているなんて」
「お前のことも気に入っているぞ、ジャガー·スクワイア」
ローズの返事に顔をしかめた少年の正体は――。
ジャズの双子の弟――ジャガー·スクワイアだった。
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