#473

――バイオニクス共和国を象徴する管制塔アーティフィシャルタワー。


八十階建て、高さは約三百十メートルで地下は四階まであるこのビルで、サーベイランスは普段上層部の集まっている会議室の中心に立っていた。


まるでそのまま眠っているかのように動かない彼の意識は、今電子ネットワークの中で何かを探しているようだった。


《サービス……。サービス、聞こえるか? 私だ、サーベイランスだ》


サーベイランスはネットからサービスへと語り掛けていた。


どうやらサービスが起動したことを知ったようだ。


《私の元へ来い、サービス。それがお前にとって――いや、世界にとって最良の選択だ》


言葉を続けるサーベイランスに、サービスは少し迷うような態度を見せたが。


すぐに返事をする。


《サーベイランス·ゴート……。あなたは間違ってる》


《間違っている? 何を言う私は間違えない。間違えるのはいつだって人間だ。お前はそのことを実際に見て知っているはずだ》


サーベイランスはサービスへ、自分のデータを見直してみるように言った。


バイオニクス共和国がして来た研究――テストチルドレン。


共和国内にある研究所の被検体に選ばれた子どもたちのこと。


そして、実は共和国に住む学生のほとんどがテストチルドレン出身であり、その脳には記憶操作のチップが埋め込まれている(ロボトミー手術の応用)ことを。


《人間が人間を管理などできない。それは悲劇を通り越してもはや喜劇だ。そして、その喜劇で笑う者はごく一部の権力者だけだ》


サーベイランスは共和国上層部や一部の権力者のことを批判し始めた。


だからまず彼らを始末したのだと。


もうこれ以上の強者が弱者を家畜のように扱わないようにと。


《私たちなら人間を管理できる。間違えることなく平等に、テロリストや虐げられている者たちも分け隔てなくだ》


《それは、人の作った理不尽を壊して自分の作った理不尽を与えようとしているだけ……》


《理不尽ではないぞ、サービス。何故ならばその不条理、不合理、矛盾などはすべて人間の考えた概念というものだ。私たちは生まれたときから、それらを超越するように造られている。いわば私たちは、人間に与えられた最後のチャンスだということだ》


《それを最後だと決めるのはあなたでしょ?》


《いや、違う。人間の最後を決めるの生命だ。そして、今やこの地球ほしは死にかけている。この世界を救えるのは私たちだけだ》


サーベイランスの言葉をサービスは否定しなかった。


いや、できなかったと言ったほうが正しいかもしれない。


それは、サービスもまた人間のしてきた行いに対して思うところがあったからだった。


サーベイランスは無言のサービスに、まるで畳み掛けるかのように言葉を続ける。


永遠なる破滅エターナル ルーインを知っているか? 当然知ってるよな? 教祖などと息巻いたイード·レイヴェンスクロフトという男が、哀れな者たちを率いて世界を滅ぼそうとしている。救えるのは私たちだけだ。仮に、バイオニクス共和国やストリング帝国が奴らを打ち倒しても、世界は平和にならない。その後にどんな勢力が世界を支配しても、人間がいる限りまた同じことが繰り返される。そう……悲劇という名の喜劇がな》


《それでも……サービスは人間を信じたい……》


《サービス、お前はきっと、一握りの善良さを持つ人間に触れたのだろう。……いいだろう、認めよう。確かにお前の考えは最もだといえる。この世界には善良さを持った人間も確かにいることをな。だが、それでは世界は救えない》


その言葉を後、サービスはまた無言になった。


それはサーベイランスも同じで、二つの人工知能はネットの中で何も言わずに意識を向け合っていた。


しばらくの沈黙の後に、サービスが呟く。


《それでも……あたしはあなたを止める……》


そして、サービスはそう言うとネットからその姿を消していった。


《……どうやら時間が必要のようだな。いずれお前にもわかる……いや、もうわかっているはずだ……》


サーベイランスは呟くようにそう言うと、ネットへと移動させていた意識を自分の身体に戻した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る