番外編 Too Free To Die~死ぬには自由すぎる

享楽町ハシエンダ――。


ここは捨て子や犯罪者、住処を失った民族などが集まる小さな町。


世界を統べるバイオニクス共和国からの政治的干渉を全く受けない地域だが、けして無法地帯ではなく、住民同士の結束は非常に強い。


今夜も町の酒場では、音楽に合わせて大人も子共も、そして老人も踊っている。


「……ここでいいんだよねぇ?」


そこへ、身体の線がすごく強調されるパイロットスーツのようなものを着た少女がやって来ていた。


少女の名はブライダル。


年齢は十四歳で、頭のてっぺんから伸ばしたポニーテールと、童顔で小柄なトランジスタグラマーな体型をした傭兵だ。


その正体は、バイオニクス共和国のとある研究所で行われた増幅アンプリフィケイション計画で生まれた女の子。


実質的にどんな重傷を負おうが、どんなウイルスに感染しようがすべて正常な状態に治してしまう治癒能力――超復元グレート·リストレーションを持つ。


さらには、格闘技において天性の才能を持ち、さらに銃火器及び武器の扱いにも長けており戦闘能力は非常に高い。


彼女は、かのハザードクラス(共和国から最も優秀な人間と認定されている最高クラスの能力を持つ者のこと)、舞う宝石ダンシング ダイヤモンドことウェディングと同じ研究所で育った。


それが何の因果が、現在は世界を股に掛ける雇われ生活である。


酒場内は爆音で音楽がかかっていて、ブライダルは怪訝な顔をしてカウンターへ行き、バーテンダーに声をかけた。


「ねえねえ、さっきからEMFとかジーザスジョーンズとかダッサいのかかってんけど、もっとマシなのかけてよ。そりゃ私もダンスビートとギターサウンドは好きだけどさぁ」


ブライダルにそう言われたバーテンダーは、首を左右に振って無理だということをジェスチャーで伝えた。


それを見たブライダルが顔をしかめていると、背の低い彼女よりも小さい少女が声をかけてきた。


「あなたが傭兵のブライダル?」


「そうだけど……」


「背中に青龍刀があるから間違いないね」


「まさか、お嬢ちゃんが依頼主なんですか……?」


ブライダルはハシエンダに仕事で来ていた。


彼女はインターネットに広告を出していて、キャッチコピーは『浮気調査やペット捜索、要人警護から暗殺、さらに人類の危機に立ち向かっちゃったりと、私が気に入ればなんでもやります!』というものだ。


ちなみに料金は要相談である。


ブライダルは小さな少女を連れて酒場を後にした。


きっと落ち着いて話せるところへ移動しようというのだろう。


「いや違うし。あの店の音楽の趣味にえられなかったんだよ! まったく、ダンスミュージックだったら『セプテンバー』とか『ダンシング·クイーン』でしょ!? 定番でしょッ!? さっき店でかかっていたのなんてユーロビートとかダンスホールレゲエと変わんないんだよッ! ディスコが他のユースカルチャーと違ってたのは、人種や国境や年代の垣根を超えてあらゆる人々を巻き込みながら盛り上がったことなんだッ! それと、今私が挙げた曲を聴いてみてよ! ハッピーな気持ちにも物悲しいときでもどんな気分だって寄り添ってくれて、しかも踊れるんだよッ!」


そして誰かに喋りかけていて、そんな彼女を見た少女は首をかしげていた。


少女が声をかける。


「ブライダルは誰と喋っているの?」


「あぁ、気にしないで。それよりもマジであなたが私を呼んだの?」


少女が答える。


「うん、実は猫ちゃんが何日も木の上から降りて来ないの。このままじゃ落ちちゃうから助けてあげて」


「……子どもが貯金箱を壊して私を雇ったことは何度もあったけど。今回のはまた酷いのが来たなぁ~」


路上に転がっていたドラム缶に腰を下ろして言うブライダル。


彼女は、その依頼内容に頭を抱えながらも、その少女の頼みを引き受けることにする。


どうやらその猫が登った木は町外れにあるようだ。


ブライダルは、猫は自分が助けるからと言って少女を家に帰した。


それは、もう子供が外歩いていて良い時間ではなかったからだった。


「はぁ~ネットに広告出すのも考えものだなぁ。助けたい子がいるとかメッセージが来たからわざわざ来てみれば、まさかの猫とはねぇ~」


グチグチ言いながらも、その猫がいる木の前までやって来たブライダルは聞いていた猫の姿を確認する。


木の高さは大したことはない。


ここからなら落ちても猫の身体能力なら怪我しそうにないが、木の枝に乗っている猫は眠っているのか丸まったまま動かないでいた。


ブライダルは早速木をよじ登り、その猫のもとへと向かう。


それは、古代時代にありそうな襟飾り付けた、顔から全身にかけて灰色と黒の半分の毛色をしている猫だった。


「こいつはまた個性的な猫だねぇ~。さてと猫ちゃん、そのまま動かないでよ~」


ブライダルは猫を起さないように手を伸ばす。


すると、その猫はパッと目を見開きブライダルのことをにらみつけた。


こいつは不味いと思い、ブライダルは慌てて猫を捕まえると――。


「我の名はシストルム……。何用だ、哀れなコメディアンよ」


大人びた女性の声で語り掛けてきた。


驚いたブライダルは、シストルムと名乗った猫を抱いたまま木から落ちてしまう。


それから彼女が気が付くと、そこには真っ暗空間が広がっていた。


「勘弁してよぉ。この手の幻覚オカルトは私の趣味じゃないって……。それと喋る猫はさぁ。耳のない青い奴か、私と同じで仕事を選ばない赤いリボンの白猫だけにしてくんない?」


「我を捕まえるつもりか……。ならコメディアンよ。その前に自分自身と向き合うがよい」


「いやあのさ、私、芸人じゃないんですけど。この格好を見てなんで芸人だと思っちゃうかな? それにその仰々ぎょうぎょうしい喋り方はなんなの? あんたはそういうキャラなの? せっかくカワイイ猫なんだからもっと語尾ごびにニャーとつければいいのに。そしたら人気出るかもよ」


「この状況でよくそれだけ口が回るな。まあ、いい」


「いや、よくねぇし。さっさとここから出してよ、シストルムちゃん!」


ブライダルが叫んだ瞬間、彼女に前にパイロットスーツのようなものを着た少女が現れた。


頭のてっぺんから伸ばしたポニーテールと、童顔で小柄なトランジスタグラマーな体型をした女の子だ。


おまけにその背中には青龍刀が見える。


「ありゃりゃ? これ私じゃん? ねえねえ、誰も鏡なんか頼んでないんだけど?」


暗闇の中でシストルムへと声をかけたとき、突然ブライダルの腕が切り落とされた。


目の前にいた自分そっくりな少女が青龍刀を振ったのだ。


激しく血が噴き出すが、ブライダルは気にせずに残った腕で背にある青龍刀を握る。


「なにこれ? ひょっとして自分を殺さなきゃここから出られないってこと? 勘弁してよ~。自分と同じ奴と戦うのはヒュー·ジャックマンだけでいいって」


ブライダルが握った青龍刀で斬り掛かると、目の前にいる少女がハンドガンで応戦してくる。


顔面と心臓にそれぞれ二発ずつ喰らうが、ブライダルは穴の開いた体のまま喋り続ける。


「悪かった、私が悪かったってッ! 寝てたところ起こしたのはゴメンだけど、こっちも仕事だったんだよ! 幼気いたいけな少女に頼まれたら断れないでしょッ!? あの子はあんたを心配して私に依頼して来たんだって! そこをちゃんと理解してる! てゆーかスゲー痛いんですけど! 片腕が斬り飛ばされて顔と胸に銃弾喰らってこのまま出血多量で死んじゃうんですけどッ!」


ブライダルが何を喚こうが、目の前にいる彼女と同じ姿をした少女は無言で襲い掛かって来る。


そして、使っていたハンドガンの弾が切れたのか。


少女は再び青龍刀を手に取り、ブライダルの首を目掛けて振り落とした。


「ま、嘘だけどね。私はこんなんじゃ死なないから」


だが、ブライダルがそう言いながら笑った瞬間に、目の前にいた少女はバラバラになって暗闇へと消えていった。


それは、ブライダルが自身の能力――超復元グレート リストレーションで再生した腕で青龍刀を素早く斬りつけ、少女の体を切り裂いたからだった。


「タコスを作るときはもっと肉を切り刻まなきゃいけないからこのくらいは朝飯前ってね。さてシストルム。終わったからもうここから出してよ。好奇心は猫を殺すっていうし、この辺が落としどころじゃないかな~」


ブライダルがそういうと、周囲の景色がハシエンダの町へと戻った。


そして、何故かグッタリとしているシストルムが自分の腕の中にいることを確認する。


「今のって……私が頭打っただけ? まぼろし? ……ま、いっか」


それからシストルムを連れ、依頼主――幼い少女の家へと向かう。


少女の家は、窓もドアもない完全な廃墟だった。


ブライダルはドアのない出入り口でノックをしてから声を出し、彼女を呼び出す。


「あぁ! 猫ちゃんだ!」


少女の目が輝く。


その喜ぶ姿はとても満足そうだ。


だが、グッタリしているシストルムを見て少女は心配そうにしていた。


「猫ちゃんどうしたの? なにか言って」


「……ニャー」


ブライダルはシストルムを抱きながら猫の鳴き声を真似た。


少女がそれを聞いてニッコリと微笑むと、ブライダルは彼女にシストルムを渡して背を向ける。


「待ってブライダル! アタシはリズム! 本当にありがとね! あの、少ないけどお金を――」


「もうもらったよ~。そうそう、あと現在傭兵ブライダルはキャンペーン中だったんだよね~。そういうわけで報酬の三割が返金されま~す」


そういったブライダルは、持っていた財布を少女――リズムの目の前に置いていく。


それから何あったらいつでも連絡をくれと言ってその場から去って行った。


もう深夜だというのに、町にいる住民たちははまだ眠らずに騒いでいる。


「ここは音楽がダメだなぁ……。今度来るときはいろいろ持って来よう」


ハシエンダを後にするブライダルの頭の中に、急に大人びた女性の声が聞こえてきた。


《コメディアンよ、もう帰るのか?》


「うん? もしかしてシストルム? ありゃりゃ、あれは幻じゃなかったのか。安心しなよ、呼ばれればいつでも来るからさ。そんときにあんたとはまた会えるだろ?」


《我は神具なり……次は負けぬぞ》


「はいはい、わかりました。じゃあ、あの娘のことは頼むよ~」


ブライダルは軽い感じでそう返事をすると、そのままハシエンダを出た。

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