#136

――ミックスは貨物車のとびらを開けると、ソファーに腰掛けているフォクシーレディの近づいて行く。


彼の後ろから追いかけていたジャガーも続き、彼女の姿すがたを見た。


あからさまに不機嫌ふきげんそうな顏をしているが、どうやらフォクシーレディにはプロコラットのちからいていないようだ。


元気にソファーから立ち上がり、そばに来たミックスの胸倉むなぐらつかんでいる。


「こんな夜更よふけにレディの部屋に勝手に入って来るなんて、ずいぶんと失礼しつれいじゃない?」


「す、すみません! でも、緊急きんきゅう事態じたいなんですッ!」


ミックスは胸倉を掴まれたままちゅうり上げられいる。


片手かたてで男であるミックスを持ち上げるなど、とても女性の腕力わんりょくとは思えない。


ジャガーは彼女には、手の平から物体ぶったいを出す能力――抹殺戯言キリングジョーク以外にも特別とくべつな力があるのかと思っていると――。


「聞いてくださいッ! あなたにたのみがあるんですッ!」


ミックスは吊り上げられた状態じょうたいで、現在げんざい状況じょうきょうを話し始めた。


まずこの科学列車プラムラインを、プロコラットとユダーティという男女二人組によって乗客じょうきゃくすべてが人質ひとじちにされていること。


それが、奇跡人スーパーナチュラルと呼ばれている人物の加護かごによって衰弱すいじゃくされられていること。


その中でも一等客室の乗客たちの状態がひどいことを。


彼は、吊り上げられてうまく言葉をけないながらも、なんとか説明した。


「それで、あたしにどうしろってんだい?」


ミックスの話に興味きょうみを持ったのか。


フォクシーレディは彼から手をはなした。


ミックスは彼女にされたことなどわすれて頼み込む。


バイオニクス共和国からもっと優秀ゆうしゅうな人間と認定にんていされている最高クラスの能力を持つ者――。


ハザードクラスにかぞえられるあなたなら、この列車での状況じょうきょうを止められる。


げんにフォクシーレディには、列車内にいる者すべてを衰弱させる加護の力がつうじていない。


どうか二人をきずつけずに止める手助けをしてくれないかと、ミックスは上半身を九十度にたおしておねがいした。


フォクシーレディは頭を下げているミックスを見下ろしながら、クスッと笑みをかべる。


「そうかい。ようするにあんたは~、強くて、うつくしくて、かしこいあたしに~、助けてくれって言っているわけね」


「そうなんです。強いあなたに助けてほしくてこうやってお願いしています!」


「言葉が足りないんじゃなかしら?」


「強くて美しくて賢いフォクシーレディさんに、手を貸していただきたいとお願いしています!」


ミックスのそのへりくだった態度たいど満足まんぞくしたのか。


フォクシーレディは高らかに笑った。


ミックスはそんな彼女の態度から、願いを引き受けてくれた思って顔を上げる。


「引き受けてくれるんですね!?」


「はッ? 誰が引き受けるって言った? 勝手に勘違かんちがいしてんじゃねぇよ」


それを見ていたジャガーはを食いしばり、やはりかとかたを落とす。


彼女――フォクシーレディは、死の商人デスマーチャントの二つ名のとおり、兵器を売るエレクトロハーモニー社の女社長である。


そもそも彼女は商人しょうにんなのだ。


それなのに何の利益りえきも出ない仕事を引き受けるはずがない。


ましてやミックスが頼んでいることはハイリスクノーリターンだ。


それは、国を動かすほどの金をかせいでいる彼女からすれば、もうけの出ない慈善じぜん事業じぎょうのおさそいと変わらない。


だが、それでもミックスは――。


「お願いします! 列車にいる人たちも……プロコラットとユダーティもみんな助けたいんですッ!」


ふたたびフォクシーレディに頭を下げるのだった。

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