#74

――病院びょういん待合室まちあいしつのこされたクリーンは一人うつむいていた。


両膝りょうひざをついたまま、自分のなさけなさにかたを落としている。


「止められなかった……止めなければいけなかったのに……」


クリーンは思う。


最初さいしょはただ、ミックスがマシーナリーウイルスの適合者てきごうしゃだということだけで兄を止められるかもしれないと考えた。


しかし、彼はいとも簡単かんたんやぶれてしまい、もう自分でやる以外いがい選択肢せんたくしはないと兄と戦った。


その結果けっか惨敗ざんぱい


もはや自分のいのちを捨てなければ兄を止まられないと思ったというのに。


ミックスの――あの人のかけてくれた言葉にあまえてしまっている。


自分にはできなかったことをあの人ならやってくれるかもしれない。


そうしんじさせてくれる何かが先ほどの彼にはあったようなそんな気がしたのだ。


その理由りゆうは、彼がかつて母と共に戦った適合者だからでなく。


一人の人間としてミックスのことを見たクリーンの気持ちだった。


「あちゃ~ちょっとおそかったか」


そのとき、聞きれた声がした。


クリーンが顔を上げると、そこには銃剣じゅうけんタイプの電磁波でんじは放出ほうしゅつ装置そうちインストガンを持った少女――ジャズ·スクワイアが立っていた。


彼女はサイドテールのかみを振りながら待合室を見まわしている。


「ジャズさん……? どうしてここへ……?」


唖然あぜんとしているクリーンがたずねると、ジャズは説明せつめいはじめた。


現在げんざい、バイオニクス共和国きょうわこく中心街ちゅうしんがいに、真っ黒な日本刀にほんとうを持った少年が無差別むさべつ通行人つうこうにんおそっているというニュースを聞いた。


もしクリーンがニュースを知れば、確実かくじつかたなを持った少年――兄のブレイク·ベルサウンドを止めに行くと思い、ここへ来たのだと。


「でもまあ、どうやらあいつにさきされちゃったみたいね」


「どうして……どうしてあなたたちはそこまでして……」


ジャズは泣きながらいてくるクリーンにそっと手をばした。


そして、ニコッと微笑ほほえみながら彼女になみだぬぐうようにいう。


「あたしはさ。あんたやウェディングにはけっこうすくわれてんのよ。ほら、だってあたしって帝国ていこくから来てるわけだし、この国でたよれる人も友だちもいないからさ」


ジャズがいうに――。


現在バイオニクス共和国とストリング帝国が和平わへい協定きょうていむすんでいるとはいえ、やはり以前に敵対てきたいしていた帝国からの留学生りゅうがくせいである自分には、まだまだまわりから――学校の教師きょうし生徒せいとたちからの風当たりは強い。


そんな中で、気さくにせっしてくれているウェディングやクリーンの存在そんざいが、どれだけ自分のこころささえてくれたかと、彼女は少しれながらこたえた。


「だから、少しでもなにかできたらなぁって……。まあ、ウェディングやあいつみたいな特別とくべつちからがないあたしなんかじゃやくに立てないと思うけど……」


「そんなことはありません!」


涙を拭い、ジャズの手を取って立ち上がったクリーン。


今まで泣いていたのがうそだったかのように、力強く声を張り上げる。


彼女はジャズの気持ちが嬉しかったのだ。


「ハハハ、だといいんだけど……。まあ、あたしがここへ来た理由わけはそんなとこ。で、あいつはなんだけど……きっとこまってる人ほうっておけないってだけじゃないかな?」


「そんな理由で……?」


「たぶんね。あたしのときもそうだったし。なんか大好きな兄さんと姉さんから言われているみたいよ。困っている人がいたら手を貸してあげなさいって」


ジャズの言葉にクリーンは困惑こんわくする。


ただ困っている人がいたからというだけで、ここまで他人にしようと思うものなのかと。


ジャズはそんな彼女のかたに手をポンと置く。


「ともかくさ。あたしらも行こう。どうせあいつはブレイクのとこへ向かったんでしょ」


「ジャズさん……」


「共和国じゃ知らないけどさ。あたしのいた国じゃ女はただ待つってのはファンタジーの世界だけなんだから。あんたの兄貴あにきとあのお人好ひとよしがどうなるか、この目でバッチリ見届みとどけてやろうよ」


ジャズがクリーンにそういうと、そばにいたニコと小雪リトル スノーき出した。


自分たちのことをわすれるなといっているようだ。


ジャズがそんなニコと小雪リトル スノーあたまでると、二匹はうれしそうに鳴き返した。


「そうだね、あんたらもちろん一緒いっしょだ。さあ、行こうクリーン」


「はい!」


それから二人と二匹は病院から飛び出し、ミックスとブレイクのもとへ走り出していった。

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