#56

――ジャズとウェディングの二人が通学つうがくしているころ


そんな理不尽りふじんいかりをぶつけられているミックスは、病院びょういんでの検査けんさを終え、ふたた自室じしつへともどってきていた。


「なんかいま寒気さむけがした……。もしかしてたら俺が知らないところでおそろしいことでも起きているんじゃ……」


「なにをいっているのですか!? 恐ろしいことならもう起きてるでしょッ!」


アミノは何かいや予感よかんがするといったミックスにおこった。


そんなきずだらけになってさらにはらまでふかく切られているのだ。


それ以上いじょうこわいことなどあってたまるかと、彼女は声をあらげている。


また学校を休んでまで付きってもらっているミックスは、アミノに何も口答くちごたえできず、大人おとなしく聞いているしかなかった。


ただだまったままうなづき、自分はちゃんと反省はんせいしていますよアピールするため、いつなく真剣しんけん眼差まなざしを返している。


「まったく、ウェディングちゃんから連絡れんらくが来てみれば、またこんな大ケガして私をこまらせて……。ミックスくんは本当に先生がキライなんですね……」


「うわッうわぁッ!? 先生泣かないでぇぇぇッ!」


説教せっきょうはじめるかと思ってたら突然とつぜんなみだながすアミノ。


いつものことなのだが、ミックスは必死ひっしで彼女をなぐさめる。


自分のことで泣かれるくらいなら小言こごとを聞かされたほうがマシだと。


ミックスはアミノへ声をかけながら思うのだった。


それから泣き止んだアミノは、これから学校へ行くと言い出した。


もう意識いしきは取り戻したし、さすがに一日中付き添う必要ひつようもないだろうと、部屋のとびらに手をかける。


だが、そのとき彼女はあることを思い出す。


「そういえば、手紙てがみあずかっていました」


「手紙?」


「そう、あのウェディングちゃんの友だちの白いかみの子ですよ」


「それって、もしかしてクリーンのことかな?」


アミノはかばんからその手紙を出すと、ミックスへわたし部屋を後にする。


ミックスはそんな彼女のれいをいうと、おそらくクリーンがわたすようにたのんであろう手紙を見つめていた。


生まれてはじめて見るかみに書かれた手紙。


物心ものごころついたときからバイオニクス共和国きょうわこくに住んでいるミックスにとって、文字もじの書かれた手紙はとても新鮮しんせんだった。


彼は共和国の住民じゅうみんにしては紙の本を読むほうなのだが。


まさか自分が、人が手書きで書いた文章ぶんしょうを読むことがあるとは、思ってもみなかったのだ。


ミックスはうれしそうにしながら手書きの手紙を開き、中にしるされている文章を読む。


手紙はやはりクリーンからで、その内容ないようは礼と謝罪しゃざいの言葉だった。


それから病院での治療代ちりょうだいは当然クリーンがはらうことと、もしよかったらこれからもウェディングの友人としてミックスとお付き合いさせてもらえる嬉しいと書かれていた。


大変たいへんおこがましいことは重々じゅうじゅう承知しょうちのうえでもうしております。しかし、それでも私はミックスさんとの関係かんけいを続けていきたいのです》


「クリーン……。なにもできなかったおれなんかに、ここまで……」


ミックスは手紙を持っていた手にちからが入ってしまっていた。


なんとかできるだろうと思い、引き受けておいてこのていたらく。


彼女に幻滅げんめつされてもおかしくないというのに。


この子はなんてやさしく礼儀れいぎただしいのだろう。


それに引きかえなんて自分はなさけないのだろう。


言葉での説得せっとくが無理だとあきらめ、結局けっきょく暴力ぼうりょく解決かいけつしようとしたところ簡単かんたんにやられてしまった。


そんな自分がクリーンにここまでいってもらえる資格しかくはない。


そう思ったミックスは、はげしく打ちのめされてしまっていた。


「でもまあ、こんなもんだよね……」


そしてミックスはいつもいっている言葉をつぶやき、ふるえている手から手紙をはなし、しずかにうつむくのだった。

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