【幽霊部室】文武獣道度量衡(お題:ローグライク)

(ここまでのあらすじ)

学校の片隅、意識の死角の『幽霊部室』の主人、那鶴なつるは謎だらけ。

今日もどこからか相談事を頼まれてきたらしい。

「部活・同好会の最少人数を従来の五人から増やすか、減らすか」

幽霊部室に通うようになった少年、幸路ゆきじもまた、その難題に巻き込まれていく……?


「方舟の中の部屋を、増やすか、減らすか」

「ふふ……あんまり難しく考えることはありませんよ。まぁ、大仰なこと言ってみただけです」

「大仰じゃない言い方にしても、結構重大じゃないか? うちって……」

「えぇ。県内でも特に、部活は盛んな方です。大小様々、兼部も歓迎でみんな元気にやってますよねぇ」

「だよな。……進学校でもあるのに、よくやるよなぁ」

「文武両道、ですね。いいことです」

「まぁ、悪いことじゃないんだろうが……」

「ええ、悪いことじゃないんです。でも……」

「……多すぎていいものでもない、と」

「そういうことです。残念ながらね」


「今、この学校にどれだけの部活があるか……幸路くんはご存じですか?」

「どれだけ? ……確か、部活勧誘のパンフレットだと……二十、くらいだった気がする」

「ふふ……」

「いや、二十は運動部だけか? ……じゃあ、文化系も合わせて、同好会も乗せて……合計五十、でどう?」

「いい読みですが、惜しいですね……」

「ム。じゃあ、正解は?」


「正解は、百です」


「……は?」

「おそらく、というのがポイントですね。……誰も知らないんですよ、部活と同好会の合計数を」

「……いや、いくらなんでもそれは……あり得ないだろ」

「ない、と思いますよね。私もそう思います……そう思っていました」


「では、幸路くんに続いて質問です。グラウンドの半分、正門側を使っているのは?」

「野球部」

「第一体育館のステージ側を使っているのは?」

「えーと……バスケか、バレーとか?」

「どちらも正解。曜日交代ですね。美術室を使っているのは?」

「当然、美術部」

「それと美術史研究会もですね。部室棟の一階、一番奥の部屋は?」

「映画研。上映のため、っつって廊下に分厚いカーテンして暗くしてた」

「よく見てますね。では、その真上、二階は?」

「……えーと。パス」

「では、部室棟の屋上前に秘密の倉庫を作っているのは何部?」

「は?」

「二年前、生徒会室に盗聴器を仕掛けたのは、第一新聞部? 第二新聞部?」

「新聞部に第一と第二なんてあったのか? ……え、盗聴器?」

「ふふ、では――」

「――ちょっ、待った、待った!」


「……降参。那鶴さん、降参。なんでそんなこと知ってるんだ」

「ふふん。私は幽霊なので、この学校のことはだいたい何でも知っています」

「……幽霊、ね」

「えぇ。見直しました?」

「まぁ、それは。幽霊かはともかく、見直したよ」

「ともあれ……正式な部活に、お気軽な同好会。廃部したはずなのに看板が残っているものから、看板を出さずに動いている集まりまで。高校の敷地の中だけでも、もはや収拾がついてない獣道だらけなんです」

「嫌な含みだな。……つまり、大学の方でも?」

「えぇ。大学あちら附属高校こちら……運動部の合同練習や文化部の交流、合作だけなら良いことなんですけど、大学のサークルにそのまま入り浸ってる生徒もいるとか、いないとか?」

「……」

「まぁ、それは個人の自由……ということにしておいて。今はこちらです」

「混沌すぎる部活、かぁ……ここまでとは」

「誰に何を訊いても。どこで何を調べても。前回と全く同じ、なんてことはほぼあり得ません。その極致が、あの部室棟。調べる度に様変わり」

「……まるで、ローグライク・ダンジョン……」

ろーぐlogue……? ……語り?」

盗賊rogue。……そういうゲームジャンルがあるんスよ。まさに『変幻自在の迷宮に潜る』……ってやつ」

「なるほど……そちらには疎いもので」

「那鶴さんに知識で勝ったの、初めてかも」


「……それで? そんなに好き勝手されたら困るから、人数の最少ラインを上げよう、と。予算の問題とかもありそうだもんなぁ」

「まぁ、それもなくはないんですが。同好会は学校から予算出してませんからね、実はそんなに、問題じゃない」

「じゃあ、なんで? 活動場所?」

「学校内の空き教室まで含めたら、案外何とかなるものですよ。みんな賢く譲り合ってます」

「ふむ……? じゃあ、なんで活動人数の下限を上げるって話に……?」

「ふふ……幸路くん? ひとつ、勘違いしていますよ」

「勘違い?」

「最少人数のラインは、上げる……とは限らないんです」

「……下げても、いい? そうか、つまり……大事なのは『人数を変えること』自体?」

「ふふ、正解! 流石幸路くんですね」

「ありがと、那鶴さん。……で? 人数が変わると……?」

「……がんばってっ」

「……最少人数が変わると。新しい同好会の申請のときに……」

「……うーん……」

「あ、違う? ……ヒント、ください」

「……影響は、本当に『新しい同好会』だけでしょうか?」

「新しい同好会以外、って。……既存の部活?」

「既存の部活。たとえば……今ギリギリ五人の写真部さんは、どうなるでしょうか?」

「そりゃ廃部か、同好会に格下げ」

「それをするには、ひとつ確認したいものがありませんか?」

「確認……そうか、『新しい最少ラインを満たすか』の確認が要るから……今の名簿が作り直される」

「その通り。最少ラインが厳しくなったら『本当に人数が十分いるか』を確認するため、皆さん名簿を出してくれますね?」

「逆に、最少ラインが緩和されれば……『二人でいいなら正式に手続きしちまえ』って非公式のやつらが出てくるのか」

「そうですね。そういうアングラな人たちが名乗り出てくれるなら、願ったり叶ったりでしょうね」

「つまり……本質的には『名簿を作り直したい』……『今の部活・同好会の実態を調べたい』ってことか」

「はい、その通りです!」

「こういうの、何ていうんだったか……太閤検地、だっけ」

「重ねて、大正解。……変幻自在の生徒の活動に、学校側が度量衡を持ち込んで踏み込んじゃう。ふぅ……ロマンはないけど、必要なことなんですよね……」

「まぁ……必要、なんだろうな」

「で、これを断行してもいいか、という相談でした」

「なるほど、ね……」


「……つ、疲れた。相談の根本を聞いただけなのに……途中から推理大会になってたし」

「たまにはいいでしょう? こういうのも」

「……俺は、ずっと、何も考えない水中にいたから……」

「……でも、もう泳ぐのは辞めるんですよね……?」

「……うん」

「なら、新しい楽しみを見つけないとですよ。それまでは、お喋りでも相談でも、お付き合いしますから」

「……ありがと」

「いえいえ。そのための幽霊部室ですから。……さ、お茶のおかわりですよ?」

「……いただきます」

「ふふ。ごゆっくり、どうぞ」

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