48話 忙しい日々
「うーんと、どれにしようかな……」
フローリオ商会から帰ったマイアは持ち帰ったレイモンドの作ったリストとにらめっこしていた。
「誰より目立つネックレス……は、アクセサリー屋さんに行った方がいいと思うわ。却下……と」
マイアは誰かの虚栄心を満たすような魔道具は出来るだけ作りたくなかった。マイアの魔道具を求める人が多くなっても、今まで通り誰かの助けになったり、楽しい気分になったりするような魔道具を作りたい。そう思っていた。
「これはだめ……これも」
マイアがそうぶつぶついいながらリストをチェックしていると、部屋のドアがトントン、と叩かれた。
「はい」
「私よ」
アビゲイルの声に、マイアはドアを開ける。すると妙に取り澄ました顔をしたアビゲイルが立っていた。
「どうしたの?」
「……これを」
アビゲイルは美しい蔦模様の封筒をマイアに差し出した。
「……ん?」
「いいから開けてみて」
「うん」
そう急かされて封筒を開くと、それはアビゲイルとトレヴァーの婚約披露パーティの招待状だった。
「来てくれると嬉しいのだけど」
「行くに決まっているわ」
二人の門出なら当然立ち会いたいし、なにしろ会場はこの屋敷なのだ。行かない訳がない。
「じゃ、ちゃんとドレスを仕立ててよ? 今回は正餐会だからね」
「は、はい…『ランブレイユの森のマイア』はアビゲイル・ヒギンズの招待を受け伺います」
マイアがエチケットの本に書いてあったようにアビゲイルに答えると、彼女は満足気に頷いた。
「うん、よし。じゃあ居間にいらっしゃいよ。首都の最新デザインのカタログを取り寄せたのが届いたの」
「私……アビゲイルのドレスを選ぶ自信はないわ」
「あなたのも選ぶのよ! ……あと、父様と母様が旅行から帰ってきたから紹介するわ」
「えっ、それを早く言ってよ!」
マイアは慌てて、ヒギンズ家の居間に向かった。
「やあ、マイアさん」
そこには白髪の紳士と、アビゲイルによく似たはっきりした顔立ちの夫人が並んでいた。
「申し訳ありません。ご旅行中にあがりこんで……」
「いやいや……トレヴァー君との仲を取り持ったのはあなただそうじゃないか。こちらこそ歓迎させてもらうよ」
「ありがとうございます……」
貫禄があるけれど、優しそうな両親だ。マイアがお礼を続けようとしたところでアビゲイルはカタログを持ってマイアを呼んだ。
「マイア! これこれ! このカタログよ」
「行ってやってください。あの子はちょっと気の難しいところがあるけどよろしくお願いします」
「そんな事ないですよ。アビゲイルは優しいお友達です」
マイアは心からそう答えた。気むずかしさならアシュレイの右に出る物はいない。むしろハッキリものを言うアビゲイルの性格はマイアには小気味いいほどだった。
「どれにしようかしら……」
「うーん、これとか似合いそう」
「それはマイアらしくないわ」
「……え?」
カタログを広げて二人で眺め、めぼしいデザインをマイアが指差すとアビゲイルはそう答えた。彼女の為のデザインを探しているつもりだったマイアは目を白黒させた。
「私……? それはこの間のが……」
「駄目よ、直したとしても私の古着のドレスだなんて。そうね。私はピンクのドレスにしようと思っているからマイアは薄青のドレスがいいんじゃないかしら。デザインはそうね……こんな感じで」
マイアは最初こそちょっと戸惑ったが、友人の為にふさわしく装う事も彼女の為だと思い直した。
「じゃあ、それにする」
「ではうちの贔屓の仕立て屋を呼びましょう」
「あ、それは待って。私、なにかあったらエリーに仕立てを頼むって約束しているの」
「ああ……あの子ね」
アビゲイルはエリーの顔を思い出したらしい。
「まだ見習いだから全部は無理かもしれないけど、私はあそこの仕立て屋に頼むわ」
「わかったわ」
アビゲイルは頷いて、今度は真剣な顔で自分のドレスのデザインを選び出した。マイアはそんなアビゲイルにしばらく付き合ったあとで部屋に引き上げた。
「人付き合いが増えると色々と要り用ね。さーて仕事仕事」
マイアは再び、顧客のリストと向かいあった。
「で、この方に決めたと」
翌日、フローリオ商会にリストを持って訪問したマイアは最初にやると決めた仕事の内容をレイモンドに告げた。
「はい、まずはこの方に……」
「そうですね」
レイモンドは頷いた。そしてちょっと微笑む。
「マイアさんはこの方を選ぶんじゃないかな、と思ってました」
「仕事のやり方は変えたくないですから」
「そうですね。では、僕からこの方に連絡しておきます」
「はい、よろしくお願いいたします」
マイアはレイモンドに後を託して商談室を出ようとした時だった。
「……マイアさん!」
「なんでしょう」
「あの……アビゲイルとトレヴァーの婚約披露パーティなのですが……」
「はい」
レイモンドは扉の近くに立って振り返ったマイアに近づいた。
「マイアさんをエスコートさせて貰えませんでしょうか」
「え……」
この間の劇場ではアシュレイがエスコートをしてくれたが……とても頼める状況ではないのはマイアもわかっている。
「あの、そんなお気遣い戴かなくても」
「僕がマイアさんをエスコートしたいんです。……いけませんか」
レイモンドは真剣な顔をしてこちらを見ている。
「わかりました……お願いいたします」
「その、こちらこそお願いします」
マイアがそう承諾する。思えば、観劇後の集まりで群がる人を上手くさばいてくれたのはアシュレイではなくレイモンドだったのだ。彼が横にいれば安心だろう。
「レイモンドさんがいてくれて良かったです」
「光栄ですね」
マイアがそう言うと、レイモンドはにこにこと微笑んだ。
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