45話 家出
「……はっはっ……」
魔力の制御も忘れて闇雲に飛んでいたマイアは息切れをしながらティオールの街にたどり着いた。そして一直線にフローリオ商会を目指す。
「レイモンドさん、居ますか」
「あ、はい……お待ちください」
商会の従業員がレイモンドを呼んでくる。慌てて出てきたレイモンドは消耗したマイアを見て驚いた。
「とにかく中へ……」
大荷物のマイアのバッグをひとつ持ってやり、商会の中へと彼は通した。
「どうしたんですか、知らせもなしに……」
「……家を出てきました」
「え?」
「家出してきたので、どこかに置いてください!」
マイアは一気に吐き出すようにレイモンドにそう言うと、ぺこりと頭を下げた。
「……家を出た、って……森の家ですか」
「ええ。いずれちゃんと住まいを探しますからそれまでお願いできないでしょうか」
レイモンドは動揺した。こんな風にマイアが自分を頼ってきてくれたのは嬉しい。だけど家を出るなんてなにがどうしてそんな事になったのか、レイモンドにはさっぱりわからなかったのだ。
「それは……」
「いいじゃないかレイモンド」
とにかく理由を聞こうとレイモンドが口を開いた時である。低く張りのある声が響いた。
「……父さん」
「表では商会長と呼べと言ったろう、レイモンド」
「なんで第二支店に居るんです」
「商会長たるもの、常に商会のすみずみまで目を行き渡らせるのも仕事だ」
「はあーっ」
レイモンドの切り盛りするフローリオ商会の第二支店、その入り口に立っていたのはレイモンドの父親、つまりはフローリオ商会の会長である。その姿を見てレイモンドは深いため息をついた。
「ふーん、あなたがレイモンドの隠し球の『ランブレイユのマイア』さんだね。噂は知っているよ。私はサミュエル。レイモンドの父親だ」
「お父さんですか……」
「ああ。近頃第二支店が好調なのもあなたのおかげだ。何、いずれと言わずずっとうちにいたらいいさ」
「父さんっ!」
そうにこやかに答えるサミュエル。その言葉を短く遮ったのはレイモンドだった。
「マイアさんは嫁入り前のお嬢さんですよ! 彼女はアビゲイルの友人です。そういうことならアビゲイルに頼みます!」
「おやおや……まったく四角四面なやつめ」
「父さんは黙っていてください」
レイモンドはサミュエルをぐいぐいと店から追い出して、乱暴にドアを閉めた。
「……と、いう訳でアビゲイルの所に行きましょう。ここでは落ち着きませんからそっちで理由も話してくださいますか」
「はい、わかりました……」
マイアは素直に頷き、アビゲイルの元に小鳥のゴーレムを飛ばした。
「その、訳は知らないですけど……元気出してくださいね。僕はマイアさんの味方ですから」
「……はい」
その後、準備の出来た馬車で二人はアビゲイルの家へと向かった。すると、待ちかねたようにアビゲイルが飛び出してきた。
「マイア!」
「あのー……私家出しちゃったの。しばらくアビゲイルの所に置いてもらえないかしら」
「いいわよ、もちろんよ! ……とにかく中に入って。レイモンドも」
応接室に通されたマイアはアビゲイルとレイモンドの二人からじっと見つめられた。
「……で、なんで家出なの?」
「理由しだいでは……という事もありますからね。話してくださいマイアさん」
「えーっとどこから……話したらいいかしら」
マイアは齧りつくような二人の勢いに押されながらぽつりぽつりと今までの経緯を話し始めた。最初に森で迷ってアシュレイに拾われたこと、そしてそれから三年、彼に魔法を教えて貰いながら生活をしていたこと。
「そして私の十六歳の誕生日に、アシュレイさんは言ったんです。もう一人前だから独り立ちしろって。私はそれが嫌で森の家で魔道具を作る事にしました」
「それを売ったのが僕って事ですね」
「はいそうです。自分の食い扶持があれば家にいていい。アシュレイさんとそう約束したのですが……」
マイアはまた泣きそうだった。ただ、この二人にはきちんと事情を説明しなければならない。
「今朝になってまた家を出ろ、と言われました。これから仕事をしていくのに、街に住んだ方がいい。友人も仲間もいるのだから、と……」
「それで? それでマイアはどうしたいの」
アビゲイルは誰を咎めるような口調でもなく、ただ静かにマイアに聞いた。
「私……私は……今は森に戻るつもりはないわ。結局、アシュレイさんはいつか私を家から出すつもりだと思うの。そこにいつまでも居ても、って思う」
「そう……ならうちの客間を使って。身の回りが落ち着いたら借家を探したっていいし」
「そうね……」
マイアはパンパンの二個の鞄を見た。とにかく最低限のつもりで詰め込んできた荷物だが色々足りないものもあるだろう。
「じゃあ、案内するわ」
「ありがとう」
「レイモンド、マイアのことは任せてね」
「ああ、頼んだよ」
こうしてマイアはアビゲイルの家の客間に通された。
「じゃあ昼食まで少しゆっくりするといいわ」
「うん」
アビゲイルはそう言って客間のドアを閉めた。ようやっと一人になったマイアは深いため息をつく。
「はあ……」
なんとかなってしまうものだ、とマイアは思った。頼りになる仲間のおかげだ思いながら、目をつむると森の樹のさざめきが聞こえないのが寂しい。
「アシュレイさん、どうしてるかな……」
マイアはついそう呟いてしまい、ハッとしてパチンと自分の頬を叩いた。
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