25話 依頼殺到

 その日マイアは、またレイモンドに呼ばれて街まで来ていた。そしていつもの商談室でレイモンドが切り出した話の内容に耳を疑った。


「……もう一回言ってください」

「ええ、ですから……この街最大の劇場、ヴィオラ座の照明演出の仕事の依頼が来ているんです」

「照明……演出……」

「ええ、この話をまとめれば大きな取引になります。少なく見積もっても……金貨2000枚でしょうか」

「はあ……?」


 マイアは気が遠くなった。そしてなんだってこんな大きな話が舞い込んできたんだろうと思った。


「なんで私なんでしょう。もっと専門の方がいるのでは?」

「マイアさん、劇場って行った事ありますか?」

「いいえ」


 マイアは首を振ったお芝居なんて村祭りの余興でしかみた事が無い。


「劇場照明はろうそくでやっているんですが、火災が多いんですよ。今ヴィオラ座も何度目かの火災で改修中なんです」

「それってもしかして」

「はい、火を使わない魔石の照明道具を作って欲しいと」


 レイモンドの依頼内容に、マイアは目を見開いた。


「そんな大きな依頼……どうして……」

「先日の相続問題の件でマイアさんの名前は相当売れましたから。この仕事を終えたらきっともっと名声は高まるでしょう」

「そんな……」


 マイアは少し怖いと思った。それに劇場がどれほどの大きさか分からないが、額が大きすぎる。作るのは構わないが自分の手には余ると感じてしまった。

 レイモンドはそんなマイアの気持ちを察してか、一旦座り直すとじっと彼女の目を見て言った。


「マイアさん。いきなり大きな話が入って来て戸惑うかもしれませんが、打ち合わせや工程の調整は僕が間に入ります。他にできる作業はオーヴィルさんに回してもいいですから、マイアさん一人で背負う事はないんです」


 レイモンドさんはそこまで言うと、すっと立ち上がり、マイアの前に跪くとその手を取った。


「マイアさん、劇場の照明が安全になったらみんな安心して劇場でお芝居を楽しめる。人が集まる所が出来ればその周りにいる駄菓子の売り子も土産物屋も料理屋もみんな儲かる。ティオールの街がもっと大きくなるかもしれません。出来たら僕はそれに貢献したいんです」


 レイモンドの顔は真剣だった。だからマイアもきちんと返事をしなければと思った。


「レイモンドさん。レイモンドさんの気持ちは分かりました。でも、それは難しいと思います」

「なぜですか?」

「……材料の魔石が足りません」


 マイアがカイルから貰った魔石の中に光の魔石は無かったし、これまで一個ずつ作っていた魔道具と違って数がいる事を考えると技術的には可能でも無理な相談だった。


「そうか……魔石か……こっちで仕入れるにしてもそんなに沢山いっぺんに手に入れたら相場が……劇場の負担も相当だな……」


 レイモンドはハッとして考え込んだ。


「マイアさん、いままであなたはどうやって魔石を手に入れていたんですか?」

「えー……えーと」


 マイアはどう答えようか、と迷った。精霊のカイルと取引すればまた魔石を持ってきてくれるかもしれない。だけど精霊との交渉はきまぐれでなんともいえない。


「秘密です……森の中の事なので……」


 マイアはなんとかそう答えた。街の魔法使いの他に大概の街の近くの森にはアシュレイだったり黒の魔女だったりという強大な力を持つ魔法使いが住んでいる。人々は魔法使いのテリトリーを侵さない事を不文律としていた。そして本当に困った時にだけそこを訪れるのだ。そう、方向音痴の呪いを受けたレイモンドのように。


「そうですか……」


 レイモンドはがっくりと肩を落とした。マイアはそんなレイモンドに一言かけようとしてさっきから手を握られっぱなしな事に気が付いた。


「あ、あの! ……手を」

「ああ!! すみませんっ」


 レイモンドは慌てて手をひっこめた。そして気まずそうに頭をかいた。


「ごめんなさい……僕はちょっと焦りすぎたかもしれないです」

「いえっ、大丈夫です」

「これからちょっとずつ、光の魔石の買い付けをしておきます。改装工事には間に合わないかもしれないけど……やっぱり協力してもらいたいです。すぐに答えは出さなくてもいいです。考えておいてくれませんか」


 レイモンドにそう請われてマイアは頷いた。レイモンドの気持ちも分かる。あとは自分の覚悟だけなのだとマイアは分かった。


「はい、よく考えてみます」


 そう答えて、マイアはフローリオ商会を後にした。


「金貨2000枚以上……」


 もしマイアがその仕事をしたら手に入る大金である。森で質素に暮らすマイアは今だって報酬を持てあましているのだ。


「でも、いらないって言ってもレイモンドさんは聞かないだろうしな」


 今までのレイモンドの仕事の姿勢を見てきたマイアはそう確信していた。だからこそ流されるままになってはいけないと思う。

 商会を出たところで立ち止まって考え込んでいたマイアは、ふと足元によぎった影に気が付いた。


「お恵みを……」


 それは泥まみれの二人の子供だった。大きい子供は十歳くらい、小さい子供はまだ五歳くらいだろうか。


「あ……じゃあこれ」


 マイアは財布の小銭を帽子に入れてやった。子供達はにこりとして足早に去っていった。その時である。マイアに険のある甲高い声が飛んできた。


「まーったく、あんなの相手して。キリ無いわよ、物乞いなんか」


 声の主はウェーブのかかった金髪に青い瞳、赤い派手めな外出着を着ていた。ただそれは気の強そうな顔立ちに良く似合っていた。育ちの良いどこかのお嬢さんといった感じだ。


「あの……」


 マイアだってあんな少しの施しがどうなるものでもない事は知っている。だけど……もしかしたらマイアもああして日銭をせびりながら生きるしかなかったかもしれないのだ。アシュレイに拾われなければ。そう思うと放ってはいられなかった。


「ま、いいわ。あなた、マイアよね。魔道具師の」

「はい、そうですけど……」

「私はアビゲイル・ヒギンズ。あなたに依頼があるの」

「依頼……」


 マイアはアビゲイルの勝ち気そうな顔をぽかんとして見つめ返した。

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